44、ルバニア王国騎士団バーダフェーダ支部へ その1
「……」
「……」
ユースロッテは瑞穂を午前七時ぴったりに呼びにやってきた。
時間を守るキャラには見えないが、今回は律儀に守ってきたようだ。
それは別に瑞穂も構わないのだが、ドアを開けて顔を合わせたユースロッテは表情を怪訝なものに変えたのである。
「何ですか?私の顔に何か付いてますか?」
「いや……。違うんだけど……」
ユースロッテは手を顎に当てて、どうにも腑に落ちない様子だ。
「何かあった?」
「何がです?」
「う~ん……」
瑞穂は、昨日の晩に別れてから、今日の朝までのわずかな時間で何が起きたというのだという体で自然と構えてみせた。
かなり事件は起こったが、それはあくまでも瑞穂本人に関わる個人的事情というやつで、ユースロッテに話す間柄でも無い。
恐らく魔術的素養に恵まれて、かつその点において勘の良いユースロッテのことだ、瑞穂自身が先ほどの特殊な術の残り香を帯びている事実を、違和感という形で直感的に感じたのだろう。
(絶対に言えないけど)
「何か分かりませんけど、問題なければ行きましょうよ。私、朝食早く食べたいんですけど」
「まあいっか。空腹を感じているのは僕もだ」
朝食はビュッフェ形式だ。眠たそうな宿泊者がおかずを取る為に、列を作る姿はまさにビジネスホテルそのもので、こういった宿泊施設に異世界も何もないものだ。
「すっごく現実に戻された気分……」
「何が?」
「いえ、べつに――。ただ、宿はどこでも代わり映えしないなーと思っただけです(ファンタジー要素が足りない~)」
「冒険者や仕事で来る人向けの宿だからね。ルバニア帝国の第一王子が改革を進めてからはこんな使いやすい簡素化した宿も増えたんだ」
「前はそんなに無かったんですか?」
「夫婦経営している小さな宿屋とか多かったんじゃないかな?大きくなるといっそのこと高級になるし。その間のレベルのホテルが無かったんだよ。それがここ最近で一気に増えた。なんだっけか、キセイカンワ?とか第一王子が言い出して……。ま、とにかく今はこんな感じの宿は増えてるよ」
(キセイカンワ……規制緩和、ねぇ。まさか、私以外にも日本人が転移してきてるなんて――うん、今は考えないことにしよう。というか、もし仮に来ていても私には関係ないし)
+++
「で、これからだけど、今日こそは騎士団に行けるから。本当は君の騎士団支部までの護送は、後見人かつ容疑者担当のディアスの仕事だったんだよ~。それがさー、アイツいっちょまえに多忙なもんだからさー、僕が担うことになっちゃったんだけどさー……。正直そろそろ切り上げて、研究(僕の仕事)の続きをやりたいんだよ。アイツほどタイトなスケジュールじゃないけど、僕だってそれなりに忙しいんだよ。それをウェイドさんに頼まれたから仕方なく引き受けたんだよね~」
ああ、僕はお人好しだ~と続けた。が、きっとイレナド砦からバーダフェーダ向かう一団の中で、一番暇そうだったのがユースロッテだったに違いないと瑞穂は推測している。
決して無能で暇なのではない。暇を作る…というか、暇を意図的に作るのが上手いのだ。運動に関しては不器用だが、仕事の要領に関しては良いのだろう。
「騎士団に着いて、謁見が終わって所定の手続きが終われば、どんな処遇になるにせよ僕はお役御免だ。後は僕は知らないから、まあ頑張ってよ」
「お気遣いアリガトウゴザイマス」
(よっしゃああああっ――!)
ユースロッテとの行動ももうすぐお終いだ。瑞穂は心の中で拳を上げて喜びの声を響かせたのだった。
+++
早く解放されたいとユースロッテは瑞穂の引き渡しを午前中に行うことに決めてしまった。なので、朝食後早々に予め呼んでおいた馬車に詰め込まれ、瑞穂は騎士団支部のある場所へと送られたのだった。
「さあ、着いたよ。ここからは徒歩だ」
馬車すら通れてしまうほど幅を取っている門とそこから左右に伸びる壁に囲まれた敷地の前で、馬車は馬の嘶きと共に止まった。
ユースロッテに続いて降り立った瑞穂はほうっ、と息を呑んだ。ほぼ一つの学校がすっぽり収まるような大きな敷地だ。
小さな庁舎のようなものを想像していた瑞穂にとってこれは想定外であった。
「大きいですね」
「当たり前だよ。さすがに五大都市にある騎士団支部だけあって、設備も揃ってる。一般市民の依頼を受け付けたり、事務処理を行う棟、演習場、騎士団詰め所、簡易的だけど迎賓館なんかもあるね。あとは騎士団の寮もある。寮が嫌で自分で部屋を借りている人もいるけど、団員の半分以上は寮を利用しているんじゃないかな。やっぱり外で借りるよりは安いし、食堂やらついてて便利だしね。夜に出動したりする部署は寮で強制的に生活をさせらているんじゃないかな。……詳しくは知らないけど」
「なるほど」
詳しくはこの案内を見てと、ユースロッテから手帳サイズの薄い冊子を受け取った。
(異世界に来てからの案内冊子の謎の出現率……。何気に凄いと思う)
瑞穂が考えていることを見通したのか、ユースロッテはこの冊子の充実も第一王子の案らしいことを告げてきた。
(どこまで登場してくるんでしょうかね、耳にするだけの第一王子さんよ……)
いつかどこかでバッタリ出会うなんてことは止して欲しい。
「さて、ここは門といっても一つ目の門なんだ。前門とか北門とか呼ばれている場所だね。ここから五百メートル先に正門がある。それで、正門まではウェイドさんが来てくれることになってるから、ちょっとそこの門番にウェイドさんへ僕らが来たことを伝えてくれるように頼んでくるよ。どうせウェイドさん、どこかの棟で時間潰しているだろうし。僕らは荷物があるからねー」
伝令は足の速い門番にお願いするのが一番とのことらしい。実に運動下手な彼らしい思考である。
「君はここで待っててよ。くれぐれも逃げないよーに」
「ここまで来て、そんなことしませんって」
ユースロッテが門番とやりとりしている間、瑞穂はお上りさんよろしく周囲を観察すことにした。
騎士団支部の前ということだけあって、そこそこの人間が行き交っている。普通に歩いている人もいれば、馬車で乗り付けている人もいる。騎士団員らしき服装の面々が門の中へ吸い込まれていくこともあった。
キョロキョロ見回していると、とある馬車が出立していく姿が見えた。一際高級だが嫌みのない、センスの良い造りである。持ち主はさぞ上級所得者層なのだろう。
「……、立派な飾りの馬車だなぁ。あんな馬車に一度でも乗って、舞踏会に行ってみたいわー」
「ああ、あれはアークレイ伯爵の馬車だよ」
「あーくれいはくしゃく?」
まあ、改めて考えてみなくても、王子がいるのだから貴族もいるのだろう。爵位の階級はどのように設定されているか分からないが……。
瑞穂の言葉を受けたユースロッテは、ん~っと唸りながら頭を掻いて空を見上げた。
「そうなんだよねぇ。あの人、伯爵なんだよなぁ~。でも、博学でね、地質学者でもあるんだよ。そんなことしなくても生きていける人なのに物好きだよね。あ、敬語使ってないけど無視してねー。僕は基本、必要な時と場所と人の前でしか敬語は使わないから」
(そういう性格なのはもう十分、分かってますぅー)
「その口ぶりからすると、よく知ってる感じですか?」
「僕も魔術研究者だからね。地質は魔素が埋まっている意味では分野が重なることもあるんだ。そうして学会があると、顔を合わせることもあって、少し話したこともある。それだけさ」
「へぇ~、そうなんですね」
ユースロッテの雰囲気は、可も無く不可も無くの関係を押し通したいといった具合である。これ以上は踏み込めないだろう。
「さあ、門番に頼んで走ってもらったから、僕らはゆっくり歩いて正門に行こう。あそこにちょうど着く頃にはウェイドさんも正門に来ているはずさ」
「りょーかいです」
瑞穂はそう答えて、サクサク歩いていってしまうユースロッテの背を眺めた。
「……ん?」
彼の手や背には"何も"荷物が見当たらない。
「は?え?えええ!!!この荷物、私が全部持っていくんですか?」
彼は愉快そうにして、頭に手を組みながら振り返った。
「僕の機嫌を取っておくのに、越したことはないよね?」
この男にして満面の笑み、である。
「あ、あはははははははっ」
(か弱い女の子になんちゅー仕打ち!)
瑞穂は貼り付けた笑みを浮かべながら、足下に転がった二人分の荷物を勢いよく持ち上げたのだった。投げつけなかったのは褒めて欲しい。
(我慢、我慢よ瑞穂!今日でコイツともお別れなんだっ!でも、いつかギャフンと言わせてやるんだから……!!)




