39、騒めく何か
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「おいおいおいおい、これじゃ何も収穫がねーじゃねーか。一体どこへ消えたんだ?俺が探し求める遺物ちゃんよ~?さすがにこれ以上待たせちゃ、依頼主もご立腹だわな~?」
深夜、冒険者が騒ぐカイケロ街で、瑞穂がカードゲームに熱中しているころ――、一人の青年がこの街の路地裏で、路上に転がった者達に無造作に蹴りを入れていた。
やられている者達はもう立ち上がる気力も無いのか、小さな苦痛の声を漏らす以外に何も出来ずにいた。そんな一連の様を同じく路地裏に放置された木箱に乗りながら、つまらなさそうに傍観してる少女が一人。
「ちょっとぉ、あんまり跡が残るような暴れ方しないでよね。私達の痕跡を消す作業って意外に面倒なんだから」
「わーってる。ただ中々事が上手く運ばなくて苛ついてんダよ」
「苛ついてるのは私も同じ。主は言ったのよ!?必ず神域の王家の泉に『遺物』はあると!なのに!なのになのに!!せっかく、賊を利用して混乱させたドサクサで王家の泉まで行けたのにっ」
「無かったっテーんだから、骨折り損の草臥れ儲けだったゼ!クソがっ!!」
暗がりの路地裏は深い闇が支配していて、二人の姿は伺いしれない。ただ、空に静かに佇む月が彼らの容貌をわずかながらに映し出した。
長い赤毛を紐で一纏めにくくり、西部劇にでも出てきそうな服装をした青年は背中に細長い剣を背負っていた。一方、少女の方はというと、まるで修道女が着ているような礼服を身に纏い、この血生臭い現場の中で埃一つ身体に寄せ付けない清廉さを維持している。だが、服装がいくら清潔でも――、表面をいくら聖人に見えるように寄せていても――、その内面は隠しきれない。我儘で傍若無人、幼く悪意を無遠慮に振りまく人間性――、それが彼女を形作っていた。
「んでんで、主が今度は、騎士団がイレナド砦に運び込んだ可能性があるって言うから、わざわざあいつらを利用して襲撃をさせてまで手に入れたと思ったら――コレだし」
少女は不機嫌そうにむくれて、左手に頬を乗せて、右手に『ある物』を摘まんで目元まで寄せていき凝視した。
彼女の手の中には赤いルビーにも似た丸い石が一つ。
ただし、それは本来の機能を失っているのか、鮮やかにただの宝石の輝きを放つだけ。
遺物としての役割は死んでいることは明らかだった。
「もしかしてサー、おまえの主ってサー、無能なんじゃね?」
バコスッ
中々に良い重低音と共に青年の胸へ少女の蹴りが決まった。
「っ痛ぇ~!!何すんだよ!?」
「主が無能な訳ないでしょ!?あの御方は『本物』なんだから!偉大なんだから!!だから神域に遺物があったのも、砦に遺物が置かれていたのも分かったの!間違いないの!」
「うぜぇ」
腹いせに足下に転がる者達にさらに男は蹴りを入れて憂さを晴らす。少女へは反撃しない。話がややこしくなるからと言う理由と、やり返したらさらにやり返してくる性分だと熟知しているからだ。ならば、反応の無いモノに当たる方がよっぽどマシというものだ。
「じゃあ、なんで成果がこんな中途半端なんだよ?コイツラは紛れもなく砦からは収穫物を得てきたわけだ。けれど、求めてたものからはいささか外れた結果しか得られてねー」
青年が蹴りを入れ続けて路地に転がっている者達は皆、イレナド砦を襲撃に隠れて侵入させた彼の手下……正式には彼の依頼主の部下だった。
イレナド砦での襲撃事件からはもう一月以上も経っている。なのに今ごろになってようやくその最中で奪取したモノを青年と少女の前に持ってきたのだ。
――明らかにおかしい。
しかし、奪取物の赤い宝石を差し出した彼らをいくら問いただしてもの、彼らは答えなかった。
ただ、青年達にその宝石を渡すことだけが任務とし、そこに己の感情は一切無いような。薄気味悪ささえ感じさせる目の前彼らに青年は容赦無い制裁を加えた。動かなくなった彼らを見ても答えが出なかったため、さらに苛つきは増しただけだったが。
「何か、特別なイレギュラーが存在するのかも」
思案する少女に青年が毒づく。
「イレギュラー、だと?何だよソレ」
「分かるわけないでしょ!でもそうとしか考えられない。私達の想像を遙かいく特異点がなければ主の探知と計画にヒビが入るわけないじゃない」
「依頼主の能力はまあ、聞き及んでいるけどよ。そんなに百発百中なのか?」
「無論!モチのロンよ!だから、主の偉大なる計画を邪魔した奴が許せない!」
「人かどうかも分からねぇじゃねーか。もしかしたら依頼主がもの凄くツいてなかっただけってことも……」
「フンッ、馬鹿言わないでちょうだい!でも、でもでもっ、これ以上失態は許せないわ!主は寛容だからお怒りはしないけど、私自身が許せない!!」
「なら今度こそ失敗は許されないよな~?」
青年は月を見上げてニヤリと嗤った。




