36、深夜、冒険者の集う街へ その2
「私の名はギョクラン、フリーの踊り子よ。今はバーダフェーダの一座に身を寄せてるわ。東から海を越えてこの大陸へ来たの。バーダフェーダには二週間ほど滞在しているけど、なかなか居心地が良い街ね」
貴方は?と、問いかけるようにギョクランはグラスの中の氷を鳴らした。
「……俺の名はリヒターだ。街には昨日着いたばかりだから、善し悪しはまだ分かんねーな。でも道楽にせよ事件にせよこの街は事欠かないんじゃないか?」
瑞穂は街に着いて早々遭遇したテロ事件や、華やかな市街通りのことを思い出していた。活気のある街だが闇も抱えているのだろう。得てして、街とは大きくなればなるほどそういう面は膨れていくものだ。
「そういうわけで俺に観光案内なんて依頼しないでくれよ」
「ええ、十分に見て回ったからその必要は無いわ。私が話し掛けたのはそんな用では無いの。お兄さん、こんな場末の酒場に似つかわしくない男前だから、楽しいお話でも聞けるかと思ったのよ。しかし、本当に綺麗ね。物語の王子様みたい。どこかのお貴族様?」
ギョクランは瑞穂(今はリヒターの姿)の肩に当たるぐらいの長さの髪に触れた。
やや女顔気味で、目鼻立ちの整った金髪碧眼の前世姿は、ただのシャツにスラックス姿であっても格好が良いのだ。これで馬に乗っていたら、白馬の王子様を連想する女性が出てくるかもしれないくらいに。
「残念だが、俺は平民だよ」
そう言いながら自然にギョクランの手を避ける。
「――大した持ちネタは無いぞ?」
「うっそぉ、花の話も剣の話も豊富そうじゃない?」
「花の話ねぇ……」
ここでの花は=『女性関連』の話のことだ。リヒターとしては正直、前世では相当浮き名を流したクチだった。そして、多くの失敗談も同時に持ち合わせている。
(断言しよう、絶対『女』の話はボロが出る)
「白状すると、黒歴史ばかりで話せるネタは無い」
「あら思いの外素直なのね!」
ギョクランは虚を突かれたといった風に目を見開かせた。
「女に男の嘘は通じない。大昔に学習したんでね……」
「あらあら、余程痛い目にあったのね」
「想像に任せる」
「なら剣の話をしましょうか。――貴方、相当腕が立つでしょ?」
……。
二人の間に流れる空気が変わった。
どうやら彼女はリヒターの力量そのものを推し量るのが真の目的だったらしい。
ギョクランの目に真剣味が帯びる。
それを軽く受け流し、瑞穂はその蒼い目を細めて軽く笑った。
「……分かんないんだよなぁ、これが」
「?」
「ちょっと色々(前世で勇者に倒されて力を封印されて)あって昔みたいに動けなくなったんだよ。それから剣も魔術もイマイチでね。今の自分の力がどのレベルか、己でも分からん状態なのさ」
「私、もしかして相当訳アリさんを引当ててしまったのかしら?」
(もしかしなくてもそーですよ。だから早くお引き取り下さい美女さーん。今日は私、純粋にお酒の味を楽しみたいの!頼む~どこかに行ってくれ~!!)
瑞穂の愚痴にもかまわずクスクス笑っているギョクランは良いことを思いついたと、顔を引き寄せて来た。
「ふふっ、気に入ったわ。リヒター、私夜のお仕事もしてるのよ。ねえ、これから二階に上がらない?」
彼女が指差す先には確かに二階へと上がる階段があった。だが瑞穂は知っている。この手の酒場で女性から誘って男女二階に上がるということは、夜の営みも当然あるというわけで。
(へ?ちょっと待て!待って下さい!私、現在身体は男ですが、現世は女なんでなんというか心情的にややこしいっていうか……っ)
いやいや、そういう問題じゃない。
どうやって断るか悶々と三秒ほど考えていた矢先のことだった。
彼女の背後にちょうど現れた影。
いつの間に現れたのか、目茶苦茶凶悪そうなお顔で筋骨隆々の男が、マジ切れした様相でこちらを睨み付けて来ていた。
「おい、俺の女に何してやがる……!!!???」
(あ、コレヤバイ、死ぬやつだっ)




