33、閑
+++
昼食を取りおえて、さあ馬車に乗るかとなった時、白い鳥(鳩っぽい)が室内に舞い込んできた。そして、目的を定めたように淀みなくユースロッテの肩の上に止まる。
鳥の足には円筒形の筒が括り付けられていた。ユースロッテは紐を解いて筒を取ると、早速中身を検分し始める。読み進めて行くに連れ、わずかに眉を寄せたが、すぐにいつもの軽い表情に戻すのだった。
「騎士団支部に連れて行くのは一日延期になったよ」
「そうなんですか?」
「どうにもあちらに厄介なお客さんが来ていて、対応に手一杯らしい。僕らが行っても会えなくて無駄になる可能性が高いからその間、時間潰してくれってさ」
「どこでです?」
「う~ん、本当は今日は騎士団支部の空いた仮眠室を借りて、明日から騎士団が懇意にしている宿屋を利用する手筈だったんだけど……。仕方ない、適当に僕の知っている宿を取るよ。冒険者が集うカイケロ街がいいかな。あそこなら治安も悪くないし。まあ、宿代は騎士団にきっちり出してもらうから気にしなくても良いしね」
「さすがは騎士団、太っ腹~」
そういうわけで、当初の目的だった騎士団支部行きは延期となり、瑞穂は急遽ユースロッテが案内する宿へと赴くことになったのであった。
目的の宿に着いた頃には、日はもう沈みかけていた。
ちなみにユースロッテに連れて来られた宿泊施設は正確には宿ではなく、ホテルだった。シックな銀看板にコンフォードホテルと刻まれている。建物自体は落ち着いたビジネスマン向けというのがしっくりくる。実際このホテルに泊まっているのは日本のビジネスマンではなく、冒険者などの旅人となるわけであるが……。その本質はまあ、変わらないのではないだろうかという印象である。
瑞穂はファンタジー世界特有の人情ある女将さんが迎えてくれるような雰囲気を想像していたので、少し残念な気分ではあった。
四階建ての木造の建物で、居心地よりも部屋数を優先する作りのようだ。とりあえず食事と寝床さえあれば良いという、行きがかりの冒険者やら傭兵やらにはこれで十分ともいえる。料理は決められた定食を一階カウンターで受け取り、自室で食べるという方式を取っていた。
「じゃ、部屋は一応お互いの為にこの三階両隣の二部屋を取ったから。普通なら一部屋のところを二部屋だからね。感謝してよね」
「アリガトウゴザイマス」
「僕の貞操を守るためさ。仕方ないよね」
「いやいや、逆でしょソレ!」
瑞穂は少々ブツブツと文句を言いながらも、持ってきた夕食の乗ったトレイを自室へと運び込んだ。両手がトレイでふさがっているので入り口のドアを足で開けておき、身体を素早く部屋へと滑らせる。行儀は悪いが、仕方ない。
荷物を全ておいて、ベッドの上に座る。大きく息を吐いて一心地と思いきや、
「あ、そうそう」
と言いながら、ユースロッテがドアの隙間から顔を出して来た。
「げっ、な、何ですか?ちょっと、生首っぽくてビックリしたじゃないですかっ」
(そもそも乙女の部屋にノック無しで入ってくるなんて、マナーがなってないわよ!)
「言い忘れたことがあって。今夜から明日出発するまではもう自由時間とするけど、あまり無茶はしないでよね。君は一応戦闘出来るし、強すぎる相手から退く見極めは十分出来るとここまでの旅で分かってはいるけど……。だからこそかな、忠告しておくよ。その『刻印』がある限り、君はディアスの拘束範囲から抜け出ることは出来ない。指定範囲は今はちょうどこのバーダフェーダ都市内という太っ腹設定にしてある。ディアスの優しさに感謝して、決して逃げだそうとは思わないことだね。もし、範囲から出てしまえば即座にその刻印が反応して彼に伝えるよ。そうなったら君の信用もだだ下がりだ。事態は君にとっても僕らにとっても決して良いものにはならないだろう。そいうことだから、気をつけてね♪」
それじゃ、と最後は軽く言い放ってユースロッテはドアを閉めて出て行ってしまった。
「まったく、言いたいことだけ言ってくれちゃって……」
瑞穂は大きく伸びをして、身体をベッドに放り投げた。ゴロン、と身体を傾けうつぶせになる。
「けど、それなら、許容範囲なら文字通り『自由』にしていいってことよね」
瑞穂はニヤリと笑いながら、目を閉じたのだった。