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32、聖女


「見知った定食屋があるから、そこに行って一息つこう」

 ユースロッテに言われて瑞穂は馬車に乗り込んだ。馬車は馬の調整で手間取っているらしく、動き出すまでに少し時間を要した。ユースロッテは一度乗り込んだ馬車を出て、御者とあれやこれや話し合って馬の対応をすることになってしまった。


 待っている間、瑞穂は何気なしに外を車窓から見ていると、エフィアと呼ばれていた女性と教会礼装を纏った女性達が何やら近くの建物の前を陣取って敷物を広げる作業を始めた。急ごしらえの様だったが、敷物の上には旗も掲げられた。簡易式の旗は教会の人間が動く時は誰かしら常備しているのだろうと推測出来る。


(旗の紋章は教会のものかしらね)


 細かい準備はエフィア以外の者達が請け負い、エフィア自身は肝心の役割へ移ろうとしていた。

 彼女の前にはどこから現れたのか、庶民の行列が出来はじめている。

 教会から庶民へ炊き出しでも行うのだろうか?


(いわゆる配給というやつかな。いや、彼女が聖女というならただの施しではない?)

 そうこうする間にエフィアは『作業』に取りかかった。

 列の一番目にいた右腕に包帯を巻いたいかにも怪我人らしき少女の腕をとり、患部手を当てた。


 するとどうしたことだろう!エフィアの手から放たれた白い光が少女の患部を包み込み、みるみる癒やしていくではないか!


 その瞬間を目にした人々の驚きと歓喜が広がる。

「へえっ……」

 瑞穂もさすがにその光景には声を漏らした。

(なるほど聖女と呼ばれるわけね。素晴らしい『奇跡』だわ)


 ――この行列は聖女の奇跡目当ての行列だったか。


 道理で身体の何処かしかに傷を負っている者達ばかりが集っているわけだ。

 納得して息を吐き出していると、ユースロッテがお待たせと言って、車内に入り込んできた。

(ささやかな待ち時間で面白い物が見られたわ)

 バーダフェーダへ来て一番の収穫だったかもしれない。



+++


街の片隅の定食屋は昼時を過ぎていたせいか、かなり閑散としていた。まばらにいる人々を眺めながら、空いたテーブルを選んで瑞穂とユースロッテは腰を落ち着けた。

 メニューは既に注文済だ。

 都市に着いて早々、事件に巻き込まれてお預けになっていた昼食をようやく摂れるとあって瑞穂は上機嫌である。お腹を満たすことは同時に気持ちを満たしてくれる。


 馬車を降りて歩いてこの店にやってくる途中、もう聖女の噂が街の出回っているのを耳にした。この店内でもそのことを話題にしている者がいて、興奮気味に語っているのが聞こえてきた。




「おい、昼前に聖女様の乗っていた馬車が襲撃されたのって知っているか?」

「知っているさ。先ほど他の奴等から聞いた。何でも通りがかり金髪の剣士が大活躍だったそうじゃないか」

「ああ、その男、騎士ではなかったようだけどよ、剣の腕は本物だったらしい。襲撃者を一気に打ちのめしたって話だ」

「凄ぇな。騎士じゃなかったら冒険者か?ウチの国では少ないが、今年はギルドもオープンするしな。強い奴等が集まって来てるのかもしんねぇな。こりゃ、これからのバーダフェーダが楽しみだ」

「まあそうだな。っと、いやいや、今は聖女の話だって!とにかく凄いのは聖女だよ!あの襲撃後、急遽『癒しの場』を作って様々な負傷者を癒しの力で治したらしいぜ?こんな日だからこそ、普段自分を支えてくれる街の皆に自らを還元したいってさ」

「マジか!?回復魔術か?」

「そうそう。使い手が少ない上、聖女様の属性は珍しいからな。あそこまで癒しの効果を発揮出来るのはやはり祝福されたる聖女所以だろうな」

「はあああっ、俺も一度お目に掛かりてーなぁ」

「不審者に襲撃でもされて目の前に聖女様が通り掛かったら治してくれるさ」

「それってどれだけ低い確率だよ?」

「要は余程の運でもない限り、俺たちゃ縁の無い人ってこった」

「辛ぇなぁ」

「だよなぁ」




「凄い人気ですね、聖女様は」

「そうだね、エフィア――金髪剣士さんが救った先ほどの女性だね――はルバニア王国の国教の象徴、聖女とされているんだ」


 ユースロッテは語る。


 聖女とは?世界に数人としか言われない神の祝福を受けた者達である。


 女性なら聖女、男性なら聖人と言われる。現在確認されているだけで十一人だが、自らの素性を隠して生活している者もいると言われている。

 ちなみにエフィアはルバニア王国生まれで、十六歳の時聖女の力を発現し、すぐにルバニア国教教会が彼女を囲い込んだらしい。


 神の祝福を受けた彼らは広範囲の地域に恵みをもたらす。恵みの形は様々で、ある者は回復魔術を非常に強化したものを、ある者は土地に豊饒をもたらす。

 ではエフィアの回復魔術だが、聖女であることで一般の回復魔術以上に迅速に傷を癒やす。術者の身体に負担がかかる為、普段は一人一人に術をかけるが、実は広範囲に回復魔術を発動させることも可能らしい。

 とある地方の村が地震で多数の負傷者を出した時、緊急性を感じたエフィアが一度で全体に回復魔術を展開したことは有名な話とのことだった。


 また、傷以外にも病の回復も行うことができ、病気治療の回復魔術の使い手は希少とされる中、彼女の価値は計り知れないものとなっている。王家にとっては手放したくない存在であり、彼女をつなぎ止めるために教会と色々取引をしているという噂もたつほどだっ そのような聖女が現れたからには、大事にされるのは当たり前だろう。


 先程、エフィアはサンフェル王子に臣下の礼を取ったが、実は彼女の方がサンフェル王子より価値があると考えている者もいるほどだ。

 だというのに、エフィア自身は普通の暮らしを望む為、頻繁に市井に繰り出しては癒しの場を設けて人々と交流するのだという。


 自由で普通の人間の感覚である彼女は一般人には好ましく受け止められるだろう。しかし、彼女の価値を考えれば教会も王家もエフィアの行動には頭を痛めている。


 エフィアには『天の加護』が付与されている。彼女が命の危機にさらされたとき、身体中を防護魔術で覆うのだという。だからこそ、彼女はある意味自由に動ける自信があるのだろう。


 しかし、聖女の力を狙って攫われて利用される可能性や、逆にその力を厭い命を狙われる可能性もある。彼女の力を狙って引き起こされた騒動は彼女自身には『天の加護』が発動し、最終的に傷をつけないかもしれない。だが、周囲にいて巻き込まれた者はどうなるだろうか?最悪、命を落とすかもしれない。


 ただ、そのような事態にまだ見舞われていない為、彼女自身、ピンと来ていないところがあるらしく、その点がある意味平和慣れした『平民の少女』の感覚が残っているともいえる。

 王家から護衛をつけて余計な火種は影で消しているが、彼女は意外と奔放で予想外の動きをする為、彼らの目をかいくぐって行動してしまうことが多々ある。


 きつく縛り付けることは出来るかもしれないが、それをすればそれこそ聖女にへそを曲げられる可能性がある。彼女が力を使わなくなってしまえば、それこそ大問題である。力を行使する選択権は常にエフィアにあるのだから。


 善くも悪くもまだ十七歳。聖女として見いだされて一年しか経っておらず、世の中を見通すにはまだまだ甘い。慈愛の心は持って行動してしまうが、その行動に粗が出てしまうのである。

 しかし、そんな所も優しげで目を奪われる美貌と相まって、さらに庶民には評価されているらしい。



 なるほど、それでエフィアが羽交い締めにされフードが落ちた途端、周囲の人間が異様な雰囲気で息を呑んだ理由が分かった。

 瑞穂がただ単に美女だと驚いている最中、彼らは国の至宝を奪われそうになり、生きた心地がしない程に動揺していたのかもしれない。

「エフィアは庶民に顔が広く知られた聖女だからね。彼女は民に、国家に愛されているのさ。彼女を拠り所としている人も多い。平民出身で本人に自覚が無いのが玉に瑕ってやつかもね」

 それにしても、今日の馬車移動も護衛の影が見られなかったことから、彼らには知らされていなかったのだろうとユースロッテは推察する。エフィアの思いつきで出立してしまったと。一修道女として身を隠して慰安巡礼に出回っていたのではないかと。

「聖女様も大変ですね」

「恐らく暫くは謹慎生活だね。さすがに今日の事件は大事だったよ。教会の上の人からこってり絞られるんじゃない?お気の毒ぅ」

「お話、なかなか参考になりました。ルバニア王国のこと、少し分かってきたかもしれないです」

「それはよかった。君には早くここでの生活に慣れて欲しいしね」

「フフフ、どういう意味でですかね」

「ハハハハハハハハハハ」



(ははっ。王子に聖女にテロリストですって……!?もう正直お腹いっぱいよ。これで打ち止めにして欲しいんだけど……!)


 おまけに異世界珍入者である瑞穂を加えると、胃がもたれるどころか暴発しそうな勢いだ。

(冗談じゃないわ)


 『混ぜるな危険』という言葉が思わず頭を過ぎったのであった。


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