30、いつかのやりとり
過去回。今回は短めです。
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「くだらないわ。人と魔族の争いなんて」
「あと何年続くのだろうな」
魔王の恋人であり隣国の姫君であるアウローラと魔王は庭園で一時の安息を得ていた。その二人の世界に割って入ったリヒターは魔王の右腕として方々を巡り、先ほど帰還したばかりである。城に戻って早々、姫君達に見つかり無理矢理お茶会へと引き込まれたのだ。
「俺は早く休暇を取りたいな。彼女と旅行に行きたいんだよ。ったく、面倒なご時勢だ」
「……。女、女なぁ。何人目の彼女だ?本当におまえの女癖の悪さはどうにかならないのか?昨日、ホバロフ卿が俺に泣きついてきたんだぞ。泣きつかれた身にもなってみろってんだ」
「素晴らしい陳情劇だったわ」
「あれほど人妻には手を出すなと言っただろう」
「あれは反省している。まさか人妻とは思わなかったんだ」
悪びれない表情でリヒターは手を上げて肩を竦めた。リヒターの周囲に女の影が尽きることはない。それは周知の事実であった。
しかもこんな性格なのに、『清純派系』の優男の風体をしているから性質が悪い。この姿と甘い声にコロッと騙される女性が多数いるのだ。
実のところ、リヒターの女癖の悪さは魔王の悩みの種一つと噂されるほどである。
「……しばらくは控えてくれ」
「分かってるさ。どうせ東方と西方の両方がきな臭いんだ。当分真面目に仕事に徹するしかないだろ」
ふて腐れて肩肘をつき、リヒターはお茶会用に用意されたクッキーに手をつけた。
「きな臭いと言えば、東西の国よりも北東の……ファランドゥース大陸のカーデン王国の話を知っているか?」
「いや?」
ここのところ、近隣周辺国の対応で飛び回っていて、遠方の情報に疎くなっていた。昨今の情勢を鑑みて、もっと幅広いアンテナを張らねば国を守れない。少し反省しながら、リヒターは魔王の話に耳を傾けた。
「そのカーデン王国が滅ぼされたとの一報が昨日入った」
「なっ!滅ぼされた……だと?」
「文字通りだ。彼の国の惨状は相当なものだという。文字通り無に帰されたと言う者もいた」
まさか、そんなはずはないだろうといった面持ちでリヒターは魔王達を見た。
対する魔王は神妙に頷いた。アウローラも沈痛な表情である。
この手の話で彼らが嘘を吐く理由がない。
つまりは事実の話なのだ。
「信じられない……」
カーデン王国は中規模ながら軍事力に優れた魔族の王国の一つ。魔族で構成されている国は人間で構成されている国より魔力的に優勢で、総合的な面からしても軍事力的には優勢であることが多い。最近はその定石も崩されつつあるようだが、まだまだ魔族優勢であることには変わりなかったはずだ。
「純粋魔族の国だろう?――あの国は混血を嫌う。信じがたい事実だな。俺が遠出している間に何が起きたんだ?」
「昨日の今日だからな。すぐに調査をやったが、結果はまだだ。後に詳しいことも分かるだろうが……。一つ確実に分かっていることがある。」
「生き残った王国民はいないらしいの」
悲痛な面持ちでアウローラは言い切った。
「人間の勇者が……現れた、と」
「……な!?あんな勇者伝承、眉唾物に過ぎないと言われていたはずだぞ!?実在したというのか?勇者が!!??」
「カーデン王国に押し寄せたのは確かに人間の国の軍勢だったそうだ。しかし、最後に王国の息の根を止める大規模破壊を行ったのはたった一人の男で、その手には異様な光を放つ剣を持っていたという。彼が勇者であるかどうかは俺もどうでもいい。問題はその剣だ――」
リヒターは天を仰いだ。
新しい彼女とのバカンスはまだまだ先になりそうだ。