3、後の祭
※今回は構成の都合上、短めです。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「もう!そんなに急がなくても大丈夫よ?魔物はもう倒したんだし。何がそんなに気になるのよ?事務所でこれから聴取って時に」
高校生魔術士達と自称異世界人シレーネは魔物を倒した後、魔術協会事務所に向かった。しかし、いざ詳しい話をしようとなった時、急にシレーネが大声を上げ立ち上がって事務所を飛び出してしまったのだった。
そのまま放り出すことも出来ず、上島も後を追う。そして、辿り着いた場所は先ほど戦った穂波市駅前第三ビル付近である。
既に午後八時を過ぎて、この辺りは人通りもまばらだ。洒落たネオン街というよりは、どちらかといえば寂れていく一方の街である為、街灯がきっちりと設置されていなければ正直女性がうろつくのは危険にさえ思える場所だった。特に二人のいる地点周辺は現在人っこ一人もいない。できればシレーネと二人でこの場に長居はしたくはないというのが本音である。余計なトラブルに巻き込まれるのは御免被むりたいと上島は思っていた。
「何か忘れ物でもしたの?」
シレーネの慌てふためきながらも必死に地面を手で探っている。砂や泥が付くのもおかまいなしのようだ。
半泣きになりながら少女は振り返った。
「いえ、そうじゃないんですうううっ」
「?」
「私、うっかりしてまして」
「は?」
「じ、実は……」
「うん」
「異世界転移ゲートを閉じるの忘れてました~!」
「ええええええええええええ!?」
「すみませんっ!私、昔からちょっとドジなところがあるんですぅううっ」
謝り倒しながらそれでも地面を探る手は止まらない。この怪しげな動作はどうやら異世界転移ゲートを見つける為のものだったらしい。
彼女の焦り様を見つめながらも、上島は手を口元に当てて冷静に思考を巡らせた。
「いや……、ちょっと待って。大丈夫。大丈夫よ!だって、あの場所一帯は後で魔力的痕跡を解析するから、封印結界で固めとけって言われて術を施してから去ったじゃない?まず一般人には触れることも見ることも叶わないし、悪意ある術者が触れたり起動させたりしてもすぐに分かるようになってるから。上級感知術と組み合わせて使用したんだから安全よ!」
「でもでもっ、私の世界の能力者が悪用する可能性があるじゃないですかっ。ゲートは能力者次第でいくらでも起動して使者を移送できますし」
「それこそ、結界で封印しているんだから大丈夫よ。ゲートの上に魔術の蓋で閉じているようなものだし」
魔術協会でもしっかりと機能を確立させ、業界でも信頼と共に普及している結界だ。そう簡単に破られはしない自信はある。
「うえぇえええっ、本当に信用しても大丈夫ですか~?もし既に魔物の軍団とか出てきちゃって、どこぞへ移動してしまってたら~!あわわわ!どうしよううううっ」
「だから、大丈夫だって……」
地球の魔術技術の高さをまだ伝えられる前だから仕方ないが、シレーネは半信半疑(というかほとんど信じてない)のようだった。
こめかみに手を当ててため息を一つ吐くと、上島は周囲の気配を魔力で探ってみる。伊達にランクAの魔術士ではない。彼女は広範囲に渡る索敵も難なくこなせるのである。
(どうやらゲートから異物・異世界人・魔物系統が出てきた気配はなしね)
とりあえず危険なことにはなってないみたいよ、とシレーネに告げようとした時、彼女の大きな声が響いた。
「あああ、ここですうっ!!!」
シレーネが指さす箇所は彼女達は知らないが、まさに数刻前、瑞穂が呑み込まれた路上ポイントであった。転移術が発動した時のような光は失われていた。
再び起動するには周囲一帯の封印結界を解いた後、シレーネのようなゲートを操る力が必要だろう。急いで上島とシレーネは共に確認したが、そのような行為がされた形跡は無かった。
「あ、だ、大丈夫みたいですね……!よよよよ、良かったぁ。使用痕跡もありません!」
「ほら言ったとおりでしょ?」
「は、はひ……」
安堵のあまり、シレーネは腰の力が抜けて座り込んでしまった。
「じゃあ、一度周辺の封印結界を解くから、すぐにゲートを閉じてちょうだい」
「はいですぅうう!」
すったもんだの末、なんとかシレーネは封印術を終えると再度その場にへたりこんでしまった。その様を呆れて見つつ上島は再び封印結界を施した。
「でもまあ、本当に何事もなくてよかったわ。魔物どころか上級魔族とかが来襲したり、反対にこちらから何か送り出しでもしたら大事件になっちゃってただろうし。ふふふ、もし、異世界から魔王とか来たら目も当てられない状況になってたわね」
「まっさかぁ!いくらなんでもそれは無いと思いますよオネーサマ。他世界ならいざ知らず、私の世界には魔族はいても魔王なんていませんもん。まぁ、魔王がいなくてもウチの世界は十分危機を迎えてるんですケドね」
この話は場所を移してから話しますねと、シレーネは少し自虐気味に言葉をくくった。
「それもそうね。いくらなんでも妄想が過ぎたわ。さすがに魔王とか来襲してきたら日本も大変よー。国家規模の予算を動かさなきゃならなくなるかもね」
人通りの少ない錆びれた駅前に少女達の笑い声が木霊した。
十六夜の月が市街をやさしく照らす。
――既に約一名、思いっきり犠牲者を出したことに彼女達は気づいていないのだった。