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29、テロ遭遇3

※魔術師と魔術士を使い分けて描写しております。

 このまま炎が終息しないというのは、何とも瑞穂も収まりが悪い。運悪く、この場で魔術師らしき人影も見あたらず、瑞穂達以外で即現場検証出来る者もいないだろう。


「お客様の中に魔術師の方はおられませんか~?」などという台詞を言いたい雰囲気だ。


 じきに騎士団から魔術師が派遣されてくるだろうが……。それでも見過ごせない性分である自分を瑞穂は呪った。

 了承した瑞穂にユースロッテは満足げに頷いた。


「んー、いいお返事だね。僕としても君のお手並みを拝見させて貰う良い機会だ♪何せ洞窟では、僕は君の力を目に出来なかったからね。君の力量次第では、騎士団支部長に情状酌量の余地を進言してあげてもよいよ」


 素晴らしい程の上から目線である。自分が上位に立っていると十分に分かっているからこその態度だと言えよう。

(己の興味の為には他者の境遇すら利用するくせに、アンタにどんな進言を期待しろって!?)


「急がないと避難者も救援者もどちらも疲労で限界が近づいてきている。放っておくと炎が拡大しちゃうよ?」

「……分かってますよ」


 色々納得いかないが、渦中の人々を今は優先すべきである。心の中で散々悪態をついてから、ひとまず頭を切り換えることにした。


(ユースは自分から動く気になってない。つまり、当てにに出来ない。私自身で動くしかないわけだけだ。なら……、まずは魔力探知の精度を上げるか――)


 炎が燃え続ける原因となっている仕掛けの位置を探るには、もっとはっきりととした魔力の流れを追う必要がある。魔力発生源が仕掛けの位置であり、終着点が魔力の流れを引き寄せる誘導灯的な仕掛けがある位置というわけだ。


(うーん、あまり気が進まないんだけどね……。魔力探知の精度上げは出来なくはないのだけど、ちょっとこの技はあまり他人には見せたくないというか何というか)


 何故見せたくないのか?


 ――それはズバリ恥ずかしいからである!


 魔力レベルが底辺の瑞穂は、魔力探知魔術を扱うにも普通の魔力レベルの者ならやらなくて良い工夫を凝らさなければならない。

 まさに涙で拭いきれない努力の下でこの技は行使されるわけである。

 そして、中でも一番恥ずかしいのは一般レベルの魔術士では絶対に必要のない、魔力増幅補助を加味している点であろう。瑞穂の場合は、魔術符を二枚分を消費して魔力増幅を行っておくことで、ようやく術が発動する。宝珠を使うことも考えたがユースロッテがいる手前、まだ未検証の魔道具を迂闊に使って怪しまれたりしたら後々厄介だから使えない。


 つまりは、一般的な魔力増幅方法を使用して魔術を行使せざるを得ない。

 大切な術符も本日三枚目という地味に痛い出費だが、致し方ないことだ。……致し方ないことだと自分に言い聞かせることにした。

 

 そんなわけで、魔術士として『私は魔力が低レベルですよ』と宣言しているも同然であることを自ら示してしまうという、超恥ずかしい状況をユースロッテの前で披露する羽目になってしまった。


 一言で言えば赤っ恥である。

 屈辱に震えながらも瑞穂は懐から魔術符を取り出した。


「いいですか、絶対笑わないで下さいよ?傷つきますから」

「必死でやってる人間を僕は笑わないよ?」

(嘘付け、その言葉はニヤニヤ笑いの顔を引っ込めてから言え~!ええい、ままよっ)


 ――結果としていえば、瑞穂の術は成功を収めた。


 そしてユースロッテは、傍らでゲラゲラ笑っている。

 殴ってやりたいと思ったのは本日二度目だ。


 探知術の結果、馬車から二、三メートル離れた両脇の沿道に置かれている鉢植え二つ、三階建ての木造家屋の屋根端に二つ媒体となる魔道具が発見出来た。馬車にも魔力を受け取る媒体があることも感知出来たが、あいにく馬車自体が燃え続けているので、どんな物が媒体となっているのかまでは近くまで行かないと分からないだろう。


 鉢植えに紛れ込ませられていた媒体はすぐに破壊することが出来た。小石サイズだったので、ユースと共に一個ずつ足で踏み潰した。

「問題はあの木造家屋の屋根端の媒体か……」


 現地点からゆうに六メートルはあるくらいの高さの建物にある物体を破壊するとなると、これは中々厄介である。

「でも一番の問題は屋根端にある媒体というのが、蜂の巣ってことですよねー」

「犯人もえげつない手を考えるよねぇ」

 瑞穂の術の内の一つ、炎の矢でも十分焼き払えるのだが、相手もその手は十分承知しているようで、対策は既に為されているようだ。蜂の巣になんと、魔術防護術が展開されていたのだ。


(何という手の込みよう!その労力をもっと別の事に使えばいいのに!)

 人間の中には悪事を働く時こそ一番輝くという迷惑なタイプが存在する。


「こうなったら弓矢で落とすのが一番近道だけど、そんな物持ってないしなぁ」

 こちらが大真面目に蜂の巣駆除を考えていると、大きな悲鳴がまたしても聞こえてきた。

「きゃあああ!」

 馬車から待避し、介抱されていた女性の一人が立ち上がり、同じく介助されていた女性に襲いかかったのだ。

「死になさい、偽善者っ――!」


 予想外の出来事に周囲の者達は対処に半歩、出遅れた。


 瑞穂も慌てて手持ちの術符(風術)で加害者の短剣を吹き飛ばそうとしたが、コンマ秒間隔で間に合わない。救えない、と苦渋に目を瞑った瞬間、またしても大きな声が街道に上がる。


 ただし、湧き上がった声は歓声であった。


 一本の剣が群衆の間をきれいに縫って進み、女性を狙った短剣を突き落としたのである。

 続いて、剣を投げた持ち主が俊足で現れ、実行犯に蹴りを入れ、すぐさまねじ伏せた。


 その姿を見て周囲は安堵したが、それを狙ったかのように次の襲撃者が現れた。

 黒ずくめの装束の者が三人、燃える馬車近くに建つ家屋の影から迷い無く目的地へと突き進む。狙われたのは介抱の指示を与えていたフードを被った女性であった。羽交い締めにされた彼女は抵抗を試みるも為す術も無い。襲撃者の一人が黙らせようと顔を叩いた。


 目深に被っていたフードがはらりと落ちて、周囲にどよめきが走る。

 絶世の美女のご尊顔がお目見えしたのだ。瑞穂も思わず息を呑む。


 剣を投げて危機を救った金髪の青年はすぐに駆けつけた。そうして露わになった彼女の姿を確認して、眉間に皺を寄せた。感情はさておき、動きは的確だ。解放しろと襲撃者達に声をかける。

 だが、やはりそれは無駄だったようだ。


 羽交い締め役をしている襲撃者を中心に、残り二名は両者に陣取り背を合わせてじりじりと後ずさりしていく。このまま人質の女性とともに逃げ切るつもりだろう。


 金髪剣士は対峙して機を窺っている。

 しかし、沈黙は破られた。

 美女を羽交い締めにしていた襲撃者の一人が、声を上げて前のめりに崩れ落ちたのである。彼の背から現れたのはディアスであった。


 驚きおののく襲撃者達の隙を見逃すはずもなく、それぞれをディアスと金髪剣士は切り倒した。あっという間という言葉に相応しく、周りにいた他の騎士達は応援に入る隙すらなく呆然とするしかなかった。

「衛兵!何をぼやぼやしている!お前らはそれでも騎士団か!?引っ捕らえよ!」

『は、はいっ』

 ディアスの一声で、硬直した群衆を引かせて騎士団の者達が、次々の割入り相手を拘束したのだった。

 


 ディアスはともかく(ここ重要!あの男に見とれるなんて自身が許せないので!)、金髪碧眼の美丈夫剣士が女性を救うという物語に出てくるような素晴らしいシーンに出会えてしばらく感激していた瑞穂だが、お縄ちょうだいされている襲撃者の姿を見て頭が刺激された。


「ああ、そうだ!簡単なことだったんだわ!」


 ――あるではないか!縄から連想されるもの。自身の七つ道具、ワイヤーフックの存在が!

 幸い、建築の感覚は狭い。これなら、壁面にワイヤーフックを引っかけて、ロッククライミングの要領で登っていけば辿り着くことが出来る。問題は蜂の巣の駆除方法だ。殺虫剤なんていう物はこの場には無い。

(あの方法ならあるいは可能かもしれない)

 こうして瑞穂は異世界生活一ヶ月目にて、とある街の住居壁面をロッククライミングして蜂の巣を駆除する羽目に陥ったのであった。問題の蜂の巣は消火用水入れとして持ってこられていたものの、打ち捨てられたバケツを拝借して見事収めたのである。地面に静かに足音立てずに着地した後、ユースロッテに頼んで持ってきて貰った水入りバケツを受け取る。


「これをどうするって?」

「こうするんです」


 瑞穂は蜂の巣を収めたバケツに水を一気に入れ、瞬時に術符を用いて呪文を唱えた。

「招雷!」

 小さな電撃魔術を水面に向かって落とし込む。

 しばらくすると、蜂の燻った死骸と焼け果てた蜂の巣が出来上がった。もちろん、蜂の巣に内包されていた魔術の媒体も焼け焦げて機能を失ったはずだ。

 その証拠に、全ての術指令媒体が消失したせいか、馬車の炎の勢いは一勢に失われ始めたのである。


「蜂の巣には防護魔術が張られていたはずだよね?」

「ええ、だから水に電撃を落としました。水には防護魔術は張られていないから、素直に電撃を通します。水に伝われば、水に浸かっている物質――即ち、蜂の巣もろとも焼き尽くしてくれますから」

「なるほど、間接的なら確かにこの程度の防護魔術の意味は無くなるねぇ」


 理科は苦手な瑞穂であるが、電気の水伝導性ぐらいの知識はある。

 穴の空いた蜂の巣から魔術符の残骸が流れ出てきてつまみ上げてやる。記された魔術語は間違いなく、この世界――トライディアのものだ。ただし、前世世界や地球と同様に感じ取れた懐かしい同族の魔力波長も感じ取れた。同族――つまりは魔族である。どの世界の魔族もある種の特徴的な魔力性質を持つ可能性が高い……ということは、地球に生まれ変わってから体感し得た知識である。偶然にもこの世界にも瑞穂の知る魔族波長と出会ってしまったのは何の因果だろうか。


 魔族の魔力波長は一見人間と変わらないものだが、よくよく精査してみると型が違う部分があることが分かる。高度な術士ならばそれを感知することも可能で、瑞穂は昔取った杵柄で低魔力ながら判別が可能であったというわけだ。


 バーダフェーダに来て、賑わう大通りには人間種族しかいなかった。だが、この残り香魔力は間違いなく魔族のもの。そして、爆破事件を起こした容疑者のものであろう。捕まった襲撃者達の中にも魔族がいるかもしれない。

(もしくは全員が魔族か)


 イレナド砦襲撃事件、今回の爆破襲撃事件からふと頭を過ぎったのは、前世瑞穂が死んだ戦の根本原因の『魔族と人間の軋轢』である。地球で言えばある種の民族紛争に近いかもしれない。どこの世界でも似たり寄ったりの問題を抱えているものである。


 魔族と人間の戦いはどの時代・世界でも長きにわたる厄介な問題の定番だ。一朝一夕で解決するものでもない。

「くわばらくわばら」

 遠くから再び歓声が響いて来る。どうやら収まらなかった馬車の炎もようやく鎮火したようだった。



主人公は異世界にきてまで蜂の巣の駆除をしております。彼女は一体どこに向かっているのか……(笑)

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