28、テロ遭遇2
ユースロッテが走って行った道を辿って行くと、その先には肩を落としたユースロッテの姿を発見した。どうやら不審者を見失ってしまったらしい。
(そんなことだろうとは思ったけど)
ハアハアッと言って膝に手を当てる姿は、普段インドアに徹している者ならではの結果だろう。もう少し鍛えた方が良いのではなかろうかと老婆心ながらに心配してしまう瑞穂であった。
「ああ……、ミズホちゃん、追ってきたの。駄目じゃん、騎士団拘束者はちゃんと馬車にいなきゃぁ」
「その監視者が業務放って出ていくのはどうなんでしょう」
「あはは、そう言われると痛いなぁ。――しかも、犯人に逃げられちゃったよ」
何だかんだで瑞穂がこの場に来たことは、彼にとってそんなに問題じゃないらしい。
彼女に固執するのはやはりディアスだけなのだろう。
「向こうもそう簡単に捕まらないように、事前に対策の一つや二つしてきているでしょう」
「だよねぇ」
必死で黒い影を追いかけたものの、建物の角へ曲がると既に姿は無かったという。相手が余程手練れなのか、魔道具を使ったのか……どちらかなのだろう。
こちら側はもう打てる手が無いだろう。ならば、馬車の方はどうなったのか。
遠目に見るだけだが、既に多くの人々が消火活動にあたっているようだった。馬車内にいた人々も何とか炎からは逃げ出せたようで、煤けた服に身を包んだ女性達が道の傍らで介抱されていた。悲痛な声が響いてこないところを見ると、死人は出ていないらしい。
避難した女性達は比較的冷静に応対しているようである。そんな彼女達の服装は黒と白で織りなされる地球の教会のシスターが着るような服で、瑞穂の目には印象的に映った。どこかの宗教的組織に所属している線が濃厚だ。
「教会礼装。狙われたのはルバニア王国の国教教会の修道女みたいだね。ということは……」
ユースロッテはそこまで言って先の言葉を呑み込んだ。
教会の修道女が狙われたとは、ただ事ではなさそうな話である。また、それを易々と受け入れているユースロッテもどうかと思うが。もしかしたら大方どういった勢力が狙ったのか、ここの住人であれば予想が付くということなのだろうか。
一方、馬車に点いた火はというと一向に消える気配が無い。
駆けつけた騎士団員や街の人々が協力して賢明にバケツリレーで水を掛けているのに効果がまるで感じられないのだ。
(――おかしい。あんな小さな出火なら普通ならもう消えてもおかしくないのに、どうしてまだ火力が衰えないの?それどころか、大きく燃え広がっている……?)
馬車の中の炎は今では馬車全体を呑み込む勢いだ。幸いにも、周囲には燃え広がらないように、騎士団員達が引火物を遠ざけているので二次被害は出ていないことが幸いだった。
「気付いた?あれ、ただの炎じゃない」
「魔術、ですか?」
「ご名答♪」
「馬車から距離はあるこの場所でも十分に炎の魔力の波動を感じますもんね」
ウエストポーチから一枚術符を取り出し、かがみ込んで地面にそれを置いて手を当てる。
目を瞑ってわずかに呪文を詠唱すると、魔力の流れが光の筋となって描かれていくのが脳裏で感じ取れた。魔力レベルの低い瑞穂にとって、宙に手を開いて魔力を感じるより、こうした方がずっと掴みやすいのだ。
有機物が存在すれば何かしら魔力の筋は空気中を行き交っているものだ。だが、人工的に干渉されている魔力は不自然な動きを見せることがしばしばであり、
「これは――魔力の流れが誘導されている……?」
瑞穂が視ている空間にもそれを示す魔力の筋が結束している場があった。
「すごいね!君、そこまで視ることが出来たんだ?」
「……ユースさんの方がもっと早くに気付いてたのに、私に探らせましたね?」
意地が悪いですと暗に込めて言ってやる。
「消えない炎というのは魔術で引き起こされている可能性が高い。そして、魔術が継続し続けるには術者がその場で魔力を放出し続けるか、魔力を放出する仕掛けを作動させておくかどちらかになる。この場合はどちらだと思う?」
意地悪は継続中のようだ。瑞穂は嘆息して答えた。
「術者が隠れて術を放っている場合もありますが、あんなに堂々と犯人が逃げていったんです。恐らく、純粋に逃げても大丈夫だと思える何かがあるから逃げたわけで……。この街道のどこかに仕掛けが施されている可能性が高いですね」
「そうかもねぇという予想だけどね。というわけで、このまま騎士団員が事を終息させるのを待つか、事件を早めに解決するのに協力するのか、どちらにしようか迷うところだね?」
(なるほど、こりゃディアスもウンザリする性質だわ)
ディアスはこうしていつもユースロッテの『関わる必要の無い厄介事に首を突っ込む癖』に付き合わされているのだろう。
だから、ユースロッテの姿を見つけた時、辟易とした表情を見せたのだ。
(だんだん実感しだしてきたわ、この男の人となりが……)
ユースロッテは周囲を巻き込み・振り回す達人で、例に漏れず瑞穂も付き合わされることになりそうだ。
「貴方に付き合うことを拒否する権利は」
「君の待遇が今以上に悪くすることなんて、僕には簡単なことだけど?」
「……フフフ」
「……ハハハ」
「……」
この男は本気だ。
「分かりました、やればいいんでしょ。事件解決に貢献しますよ」
瑞穂は肩を落とした。元はと言えば自身の野次馬根性も災いしているのだ。ここは観念するのが懸命だろう。