27、テロ遭遇1
瑞穂は一旦、幻影都市の謎は頭の片隅においやることにした。
あの幻影都市と、リーダルハイム王国から次元を渡って流れ着いたという宝珠ティディ……この二つはどうにも前世世界の手がかりでありそうだ。しかし、すぐに話を結びつけて事を進めることが出来るかといえば、それは難しいだろう。
なんと言っても、まずは瑞穂自身の状況を改善させることが最優先だ。バーダフェーダという都市へ連れて来られたが、これからどういった生活を送るのかも予想だに出来ないのだから。
ある程度、身辺が落ち着けばその時に改めて目を向けてみようと瑞穂は己を納得させることにしたのだった。
あれから瑞穂を乗せた馬車が進んでしばらく経つが、目的地と聞かされていた騎士団支部へ着くにはまだ時間が掛かりそうだ。
それは街の案内嬢が無料で配っていた(車窓から受け取るのは妙に恥ずかしかった)ガイドマップから推測出来る事であった。
(どれどれ……、ふうん、先ほど通り抜けた商店通りは『ノルン商店通り』というんだ。活気があって面白そうな商品が並んでたし、時間があれば見てみたいかも)
ノルン商店通りはバーダフェーダに入ってすぐ目に入ってきた場所だ。
一直線に伸びる大通りを挟んで左右に商店が並び立っていて、それがなんと一キロメートルにも及んでいる。目にしただけで壮観という感想を持つこと請け合いだ。馬車も行き来出来るように設計されている往来なので、瑞穂達を乗せた馬車もその道を抜けて来たというわけである。
続けて紙面を指でなぞって騎士団までの道筋を確認する。
(それにしてもバーダフェーダは大きな都市なのね)
騎士団支部まではいくつか行き方があるが、一番自然なルートはこのまま大通りを西に進み、先にあるラッチェ広場から北にある中央郵便局の側を通り、さらに北へ進むというものだろう。小さな路地に入ると馬車は小回りが効きにくく、何かと面倒が起こりやすいからだ。
なんとなく、前世の知識のおかげかその辺りが想像出来てしまう瑞穂であった。
「あれ?ミズホちゃんって、バーダフェーダは初めてだよね?凄いなぁ、すぐに道筋が読めるなんて」
ガイドマップ片手にルートを呟いているのがユースロッテにも聞こえてしまったようだ。
いえいえ、前世知識と経験も手伝ってますからとは絶対に言えない。
瑞穂は慌てて苦笑いしてやり過ごした。
「このラッチェ広場って、広場にしても大きく敷地を取ってありますよね。何か催し物とかをやったりする場所なんですか?」
「ああ、ここはバザーを五日に一度、開催しているんだ。だから、バザーの場所の為の面積を計算して余分に広く取って設計してあるわけ」
「へーえ、五飛び市ですか。面白そう」
「ゆとりある街作りだよねぇ」
「そうですね。街も随分綺麗ですし。あれ?街が出来たのって最近のことですか?ん?でも百年前には一代目市長が就任したとか何とかディアスさんが言ってたような」
「ああ、だってこっち側――北――は本当に新しいからね」
「それってどういう意味――」
ここで二人の会話は中断された。
「死ね!人の子らよ!我ら魔族に栄光あれっ」
どこからともなく聞こえてきた叫び声と共に爆発音に馬車が呑み込まれたからだ。
馬の嘶く声が響く。
咄嗟に車窓を開けて確認すると、一瞬で、黒い影が横切って行くのが確認出来た。
前方はというと、先に走っていた二台の馬車が炎に包まれている。
街路全体は煙が蔓延しており、ただ事ではない状況だけは分かった。
唖然としている瑞穂を余所に、ユースロッテは、
「ごめん、ちょっと待ってて」
と言い残して馬車を出て行ってしまう。
いくら瑞穂が束縛の魔術で脱走の恐れはないとはいえ、さすがに監視者失格ではなかろうか。
しかし、ユースロッテがここまでの短い付き合いの中でも、好奇心や興味といったものを強く優先させる性格であることはよく分かっていた。それ故、目の前で起こった事件を優先させるのも納得してしまう。
瑞穂はさてどうしたものかと考える。このまま馬車にいても、爆発した馬車の炎はここまではこないだろう。事の次第が収まるまで、安全にここで過ごすのが本来なら一番良策といえる。
(ユースはきっと、馬車を横切って行った犯人らしき黒い影を追ってったんだろうけど。あああ、気になる……!それにあの人の足で追いつけるとはとても思えないし)
正直、ユースロッテの運動能力はイマイチなのだ。身体を魔術で強化すれば別だろうが、彼にその用意があるかどうかは定かでは無い。
そして瑞穂はというと、野次馬根性満載な性格である。事件が起こって大人しくしているなんて耐えられない。
馬を静止する御者の奮闘ぶりを見ながら、そっと音を立てずに馬車から降りる。
(もし御者のおじさんが監視不行き届きと怒られたら、ユースのせいにするから!)
多少の申し訳なさから、ごめんねと心の中で手を合わせて謝りながら瑞穂は走っていくのだった。