22、沙汰
王家の宝を盗むと死罪――。
(死罪?死罪って、あの物語でしか聞かないような単語の?え?マジ??冗談止してよ!)
公的な機関から死を突きつけられるという事は現実、中々無いものである。ましてや、日本で花の女子高生生活を満喫していた瑞穂にとって、およそ予想だにしなかった展開であった。脳みそは既に前世時代ではなく、平和な日本人基準である。
「……」
「おうおう、嬢ちゃん、驚き過ぎて硬直しているぞ」
「本当にルバニア王国の法を知らなかったみたいだね。うん、間違いなく――君はこの国の人間では無いんだろうね」
かと言って、ウェイドが言う誘拐事件の被害者に見えるかというと、そうでも無いように感じる。
彼女から滲み出る浮き世離れ感がそうさせているのか?
いや、違うのだろう。浮き世離れじゃない。ミズホの持ち得る『理』と、ユースロッテ達の『理』の形成する土台が違うのだ。
――根本が違う。
ディアスにしろ、ウェイドにしろ、同胞たるが故にどんなに価値観や性格が違えども、根っこが同じという共有感覚がある。それがミズホからは感じ得ないのだ。
「非常に面白い観測対象だよ」
ユースが小声で呟いた台詞は誰の耳に留まることなく、霧散した。
「……全く、王家の宝物のうちでも重要な宝の一つと言われる宝珠を奪うとは大したものだな」
皮肉気に鼻で笑うディアスだったが、瑞穂は今、とてもそれに言い返す気力は無い。
「先ほども言ったけど、あれは追い詰めたディアスにも責任の一端はあるような気がするなぁ。八割方事故だったんじゃないないかと思うけど?」
「故意か無意識かは知らんが、結果は同じだ。事実、王家の宝珠はコイツの体内にある」
「あの、私、故意ではないです!なんかよく分かりませんが、その宝珠を返せるなら今すぐ返しますので!」
殺されるくらいなら、素直に宝珠を返還した方がマシだ。ティディとの約束は反故になってしまうし、魔力レベルもまた戻ってしまうが仕方ない。何よりも命あっての物種である。
それに、ティディはえぐい取り出し方法しか示唆しなかったが、長年遺物を研究している王家なら、何らかの解答を得ているのではないだろうか。そんな一縷の望みを持って、瑞穂は聞いてみたの、だが……。
「どうやって取り出すのさ?」
「えっ……!いやいやいやいや!それは私が聞きたいんですけど!ってか、方法無いんですか!?」
「う~ん、国の研究が絡んでるからなぁ。現実として、おいそれと俺達みたいな一騎士の身分まで、情報が下りて来ることはないんだよな。ううむ、王家の直属の術師なら取り出しも出来るかもしんねぇが、なぁ?」
無精ひげをなぞりながら、ウェイドは魔術関係はさっぱりだと手を上げて見せた。
王家が長年気を張って監視してきた地域である。そこに納められている宝物=遺物の情報も、そう簡単に手が出せないようにしているのは当然なわけで。
「僕も国に所属している魔術師だけれど、その手の研究話は落ちて来て無いな。恐らく中枢を担うレベルの人間じゃないと、手出し出来ない研究じゃない?」
「ううっ、やっぱりそうなんですね~」
瑞穂は机に突っ伏した。
ティディが言っていた方法は絶対に避けたいのだが……。
「それよりも、何故彼女がすんなりと宝珠に受け入れられたのか、その事自体に興味あるなぁ。以前、第二王女のカトリーヌ様が王家の儀式を同じ場所で行ったけど、ミズホちゃんのように宝珠が吸収されたなんて事件は起きなかったよね。僕とディアスだって、今まで何回もあの場所に行ったけど、今回のような現象に遭遇したことはなかったんだし……」
――どうして、ミズホだけが?
それに対する解答は瑞穂のみが知っている。けれども彼女も真実を簡単に喋るわけにはいかない。
(私は前世エンフェリーテという世界の人間だったので、紆余曲折を経てこの世界に流れ着いた同郷の宝珠がその魔力に反応しちゃって、吸収されちゃいました♪……とか、死んでも言えない)
「ほう、そりゃ不思議なこともあるもんだ。おまえらと、この嬢ちゃんの違いってなんだろうな?……もしかしたら、誘拐された少女達もミズホ嬢ちゃんと同じ性質があったりしてな?そこを狙われたとしたら、下手したら彼女達を利用して王家の宝が狙われるかもしれん。なるほど、誘拐犯はそれが目的なのかねぇ。となると、王家としても見過ごせなくなってくるなぁ?」
「……」
いよいよ突飛な憶測が飛び交い始めて、話がまとまらなくなってきた。これ以上の話の進展もなさそうな頃合いだ。
察したウェイドは陽気な空気を纏ったまま、ディアスの肩を叩いた。
「――はあっ、仕方ない。ウェイドさんがそこまで言うのなら俺はもう知りません。そもそも貴方の方が階位が上なんだから、貴方の決定に俺が反対出来るはずないでしょう。……では、王家の術師に状況を報告し、彼女から宝珠を取り出す方法を考えるということで、今は手打ちにしておきましょう。そして然るべき後に、暫くの監察処分後、真に盗掘犯の一味であるなら処罰を、誘拐事件の被害者なら母国への送還手続きに移る。それまでは騎士団保護下に置く。手続きの詳細は追って伝えます。これでいいですね?」
ウェイドは満足そうに頷いているのを確認してから、「以上」とだけ言ってディアスは席を立った。そして、大岡越前よろしく沙汰を下したディアスは、そのまま部屋から出て行ってしまったのであった。
ちょっと待ってよーという声と共にユースロッテも後を追う。
「おいおい、せっかちな奴だなぁ。まだもう一つ用件があったってぇのに」
「へえ?どんなことですか?」
「まあ、嬢ちゃんにとっては朗報かもな。端的に言うと、アイツの都への召喚命令だ。となれば、アイツが固執している嬢ちゃんも連れて行く羽目になるし、王家の術師も、こちらに呼ぶよりはもっと早くに会える算段が付くはずだぜ」
「うっわっ!本当ですか。ところでどこへ向かうんですか?」
「王国五大都市が一つ、バーダフェーダだ」
ウェイドは腰元から通達書を引き出して、手に挟んでひらひらと舞わせた。
『ディアス・クレンディ 辞令』と記された文字が宙を踊った。




