20、聴取2
「どうにもおまえが話に参加すると脱線するきらいがある。しばらく黙って聞いておけ」
「はーい。ごめんねぇ」
「おめーら、面白れぇなぁ」
口出ししないと約束しているウェイドは、腹を抱えて笑って見守っている。
「では魔術師というわけだな」
「残念な底辺レベルですけど」
ちなみに、瑞穂は根に持つタイプである。
「――どうしてあの場所(王家直轄領)にいた?出身は?」
「どうしてって言われましてもですね……。気付いたら平原にいて、彷徨っているうちに森へ入ってディアスさん達が盗賊と争っている現場に着いたというか……」
実際はこの世界に引き込まれた原因は異世界少女の放置した術のせいだろうが、それを目の前の人物に言ってもさらに怪しまれるだけなので若干脚色しておくことにする。
「正直、私も困っているんです。突然こんな所に連れて来られて」
「誘拐か事件に巻込まれたか、か?」
それまで見守りに徹していたウェイドがまともな意見を口にした。真面目な意見なのでディアスも注意はしない。
「にわかには信じられんな」
(ですよねぇ)
逆の立場なら自分も迷わずそう否定するだろう。自らの言葉が相手を納得させるに足りうる材料となっていないことは承知してはいたが、かと言ってこれ以上言い様がない。
「そう思いますよね。言ってる自分も信じられないですから」
「底辺とは言えど、魔術士自体は数は多くない方だし。彼女を利用する目的で誘拐された可能性はあるね。……どんなふうにこの地へ来たのか分かる?」
「帰宅途中に地元を歩いていたら、突然足下に白い光が現れて、引きずり込まれたんです」
(嘘は言っていない。原因も分かっている。問題は帰還方法だけなんだけど)
瑞穂の胸中など知らずに彼らの推測は続く。
「嬢ちゃんは通達書に載っていた事件の被害者の一人かもしんねぇな」
ウェイドがボソッと呟きながら、上着の内ポケットから一通の封筒を取り出した。
「――これは?」
「俺がここへ来た本当の目的がコレなわけだ。なんたって俺は伝令役も仕事の内だ。すぐにでもおまえ(ディアス)に渡したかったんだが、昨日の夜着いた時からこの騒動だったからな。今まで暇を見つけることが出来なくて渡せなかった。この聴取後でも良いと思っていたんだが……、ほらよ、軽く目を通してくれ」
ディアスは受け取った通達書とやらを読み始めたが、要約はウェイドが語って聞かせてくれた。
通達書は王都騎士団本部からの注意喚起と指令が書かれていたものであった。
ここ数ヶ月にわたり、ルバニア王国のみならずアランガルド大陸全土で誘拐事件が発生。いずれも誘拐対象は十三歳以下の少女らしく、共通して魔術士の素養を持つ卵達ばかりが狙われているらしい。
運良く誘拐未遂で済んだ者達の話を聞くにも、『突然白い光に呑み込まれた。その際、人影は無く、気付けば見知らぬ土地に放り出されていた。一緒に被害に遭った友人がいたが、同じ場所おらず、とりあえず自身のみ這々の体で道行く旅人に助けを求めた』や、『白い光に呑み込まれた後、よく分からない牢屋みたいな場所に転移して閉じこめられていた。しかし、運良く牢の柵が老朽化していたことを見抜いた少女は習得したばかりの術を放ち、牢を壊すことに成功した。外に出ると、そのまま街道を見つけ出し助けを求めた』とのことだった。他にも助かった者の話はいくつかあるが全部似たりよったりである。
しかし、助かった者達は本当に幸運だったのだ。多くが未だ行方不明のままであるのだから。
ルバニア王国騎士団に出された誘拐被害届け出は既に十件近くに昇っていた。
そして、この程、協力関係を結んでいる他国の機関から連絡が入り、事件が大陸全土でという大がかりな事件に発展していると分かったのだ。
結局、助かった少女達はその国の騎士団などが保護し、実家へ帰る手はずを整えてやっているらしいとのことだった。
今回、通達書にはその事が事細かに記されており、さらには大陸のどこに少女失踪・誘拐事件の犯人がいるか分からない今、注意を張り、犯人を見つけたら逮捕へ全力を注ぐようにと強く指示されていたのである。
どうやら異世界でも大きな事件が起きているようだ。
そして瑞穂はそれに巻き込まれたらしい。
別件の事件に巻込まれて異世界に来て、さらに別件の事件が起きていて、瑞穂はその被害者の一人と解釈されたようだ。
はっきり言って頭の中で状況を整理するだけで手一杯の瑞穂である。
(と、とにかくこの流れに乗っておこう……!私が大陸全土誘拐事件の被害者の一人であると捉えられるのは都合が良いわ。十三歳以下という点が条件を満たしてはいないけど、この際、嘘であるとも見抜きにくいでしょうし)
なんと言っても、彼らは瑞穂の事を本当の年齢よりも低く見積もっている節がある。接し方云々もそうだが、このトライディアの住人にとって普通よりも瑞穂は若く見えるらしい。
まだ年齢を明かしてなかったことに瑞穂は感謝した。
『……』
四人それぞれの面持ちで嘆息する。
「うわぁ、ミズホちゃんの言うことと重なる部分もあるし、彼女が被害者である可能性も出てきたねぇ。被害者の保護と帰還補助は騎士団の務めとする――だってさ、ディアス?」
ユースロッテは一通の通達書によって状況が一転したことに気分を害するわけでもなく、むしろ面白そうにディアスへ視線をやる。当のディアスは不機嫌そうで、通達書ごときで瑞穂を不審人物から外すつもりはないと顔が物語っていた。
「上層部と現場の意見差異はつきものだ。早急にミズホが黒から白へ変わったとは断定出来ない。……真実、捕えた盗賊たちと同じで盗掘に来たというわけではないのなら、あの洞窟でのことは何と説明する?」
洞窟の中へ入っていった行為は不審がられる状況に拍車を掛けてしまった。行動選択としては失敗だったのかもしれないと瑞穂は反省した。
(どうにか風向きを変えたい……)
「あの時はディアスさんが追いかけてくるから、盗賊と勘違いされて斬られたら恐いと思って奥へと逃げて行っただけなんです……!」
瑞穂お得意のか弱い少女風の仕草&声をしてみたが、周囲の反応は冷ややかだった。
(おかしい。これで日本の魔術通販業界のお得意様のおじ様達はイチコロだったのに!)
流行のアイドル風の仕草を徹底的に研究した瑞穂の仕草は完璧だったはずなのだ。
「それで品を作っているつもりか?吐き気がする」
「う~ん、それ、どこのご令嬢の真似?イマイチだよねぇ」
「はははっ、嬢ちゃん、勉強が足りねぇな!」
「なっ、なんですって……!」
(こ、これがカルチャーショックというものなの……!?)
「と、冗談はさておき、この様子だと彼女、本当に気付いていないんじゃないの?」
何を気付いてないというのか。瑞穂は眉をしかめた。だが、次のディアスの言葉にさらに眉間の皺を深くすることとなる。
「おまえはあの洞窟で成り行きにしろ何にしろ、国宝をその身に宿してしまった。国宝の窃盗は"死罪"だ」
さてどうするよ?
いや、どーするって、ねぇ……?
沈黙が部屋をそれから五分ほど支配したのだった。(合掌)