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19、聴取


 尋問、詰問、聴取――。世の中には人を問いただす言葉が山ほどある。けれども自身がされる側に立つことは甚だ良しとしない人が大半だろう。ましてや、事が重大になればなるほど、窮地になることは必至だ。

(まさか人生で本物の聴取をされることになるとは思わなかったわ)

「ミズホ・アキ、これがおまえの名前だな?」

「ええ」

 瑞穂を取り囲むようにテーブルに着いているのは、当の捕縛を行ったディアス、謎多き曲者筋肉男ウェイド、そして――自称ディアスの親友こと砦の居候ユースロッテであった。

 国境の諍いをディアス達が落ち着かせてから帰還した後、砦の中はしばらく事後処理に大わらわとなっていたようだ。

 その間、再び倉庫室に詰め込まれていた瑞穂にお呼びが掛かったのは三十分ほど前。埃だらけのベッドの上で二度寝に甘んじていた瑞穂は、寝ぼけながらスマホを起動させる。液晶ディスプレイのトップ画面は午前十一時過ぎと表示していた。できればそのまま昼過ぎまで寝させて欲しいものだと心底思ったがそうはいかない。


 異世界に来て初日から捕縛→魔物討伐とこなしたのだ。

 身体はまだ疲労困憊のままで、コンディションは最悪だ。

 生来の低血圧も災いしてか、鈍重に用意する瑞穂を見た騎士が呆れて部屋から引き摺り出したのはここだけの話である。


 余談だが、この異世界トライディアに来てから美形遭遇率が高い。その例に漏れず、呼びに来た騎士もそこそこ美形であった。そんな彼に白い目で対応されたのは、正直、乙女の心に小さな傷を付けてくれた。

 引き摺り出された件について、文句の一つでも言ってやろうかとも思ったのだが……。

 ……止めておくことにした。


 どうせ長居する予定の無い世界だ。必要以上に(喧嘩でも何でもして)交流をしていけばそこから新たな絆が次々と生まれてしまう。


(この世界――トライディアでは必要以上に深い仲を持つ友人は作らないわ)


 深い絆は別れ際が、辛い。


 ただでさえ、前世の仲間達との別れは瑞穂に深い傷を残している。

 これ以上は……新しい絆を作って、別れでまた傷つきたくはない。


(今生の絆は地球にある。だから、それ以上はもういいでしょう)


 この世界では真に深い絆を築かない――これが、瑞穂のトライディアで生きていくルールとして書き加えることとなった。


『おまえはたまに臆病だよな。普段は素っ気ないふりしていても俺は騙せないぞ』


 不意に瑞穂の心によく知る友の声が、瑞穂の心をチクりと突いた。



 

 擦った揉んだの末、瑞穂は砦の中央に位置する一室に通された。

 室内には彼の御三方がそれぞれの面持ちで待ちかまえていてくれたのだった。

 部屋は思いの外広かった。二十畳はあるだろうか。生活感のある長方形のソファが二つ壁際に配置され、部屋中央に広いテーブルが一つ。椅子はテーブルを囲む形で前後左右に一席ずつ置かれていた。三席は既に瑞穂と顔を突き合わせる位置にディアス、彼女の右手にユースロッテ、左手にウェイドで埋まっていた。

 てっきり一対一の……よく刑事ドラマに出てくるような薄暗い小部屋で、一対一の聴取となると思っていたから若干虚を突かれた気分になる。

 ウェイドに促され、席に着くと案内していた騎士は去り、いよいよ四人だけの世界になってしまった。

 

 名前を呼ばれ、いよいよ取り調べが始まる。



「それでは今からミズホ=アキの聴取を執り行う」

「それとウェイドさんは口を挟まないで下さいよ。それがこの場に参加する条件でしたから」

「分かっている。俺は気ままに傍観させてもらうぜ」

「本当に頼みますよ……」


 ディアスは咳払いをして、居住まいを正し直した。

「――職業は?」

「……学生です」

『……』

 最初の質問に答えてすぐ空気がざわついたのを肌で感じる。

(え?何?私答え方間違った?ただ、学生と言っただけ――あ、)

 現代日本生活が長過ぎたせいか、勘が鈍っていたかもしれない。

 瑞穂の前世時代もそうだが、世界や国単位、ひいては都市単位ですら瑞穂のような若人が学生という身分に就ける世界は意外と多いわけではない。

 この異世界トライディアでも皆が皆、学校に通っているわけではない可能性が高い。

(中世ファンタジーっぽい世界観なんだもの。学校に通えるなんて、貴族の子女か庶民でも頭の良い特待生とかが普通なのかも)

「へぇ、ミズホちゃん、頭良いんだね~」

 案の定な反応が返ってきた。瑞穂の予想は存外、外れていないかもしれない。

「いえいえいえ、私の故郷は学制が整っていたものでして、凡人の私でも通えるようになっていただけですよ――……あはははは」

(やばい、話の方向性を変えなきゃ、ボロが出そう~っ)

「何を学んでいる?」

「いや、普通科ですんで、取り立てて目立った教科を習うわけではないですよ。英語、数学、国語、社会、化学……いわゆる基礎教養中心です」

「何となく分かるけど、聞いたことのない学問だね。それとも、君の故郷の言葉と僕たちの言葉が上手く噛み合ってないだけなのかな?面白いね」


「なるほど、極端な嘘を吐いているわけではないようだな。――それで、魔術はどこで習得した?その通っている学校の教科の一つにあるのか?」

(げ、私が魔術使えること、この男にもバレてる!?)

 俺は話してない、とウェイドは聞いてもいないのに手を振って否定の意を示してくる。


 ――分かっている。


 ウェイドは軽口を叩くタイプだが、大切な部分は触れないし喋らないと、ほんのわずか行動を共にしただけでも感じ取れていた。

 それよりも、あれだけ魔術を使って魔物退治に貢献したのだ。

 彼が喋らなくても、砦にいた騎士達から自然と報告に上がっているのだろう。

 ため息と共に肩を落として瑞穂は答えた。

「確かに、私は魔術を使えます。但し、学校では習ったのではないですよ。魔術は母が術士でしたので、母から教えられたのです。ですが、私自身は魔力も少ない底辺魔術士ですよ?それは先ほどの戦いぶりをご覧になっていた騎士様達ならご存じでしょうに」

 嫌味も込めてウェイドを睨んでやった。しかし、ウェイドには一ミリも効き目が無いようで、面白そうにニヤついているだけだった。


 瑞穂の説明は半分は嘘で半分は真実だ。

 今生の母親は正真正銘の普通の人間で、魔術師では無い。父親も、弟も然りだ。瑞穂だけが転生者故に魔力を覚醒させ、魔術世界に足を踏み入れたのだ。そのことは家族全員預かり知らぬところであるはずだ。

 そして、魔力が少ない底辺魔術士であるとことは真実だ。前世で勇者に掛けられた術が瑞穂の魂に深く絡みついて、本来の力を封印されてしまっているから。



 瑞穂はウエストポーチから術符を取り出して彼らの目線で見せて回り、三枚程をテーブルの上に置いた。


 術符の形状は様々であるが、瑞穂はB6サイズの文庫本の半分くらいの面積を持つ"札"を好んで使用している。

 この札に魔術的要素を施し、己の魔力を巡らせるとすぐに収められた術が発動できるようにしてある魔道具――これが、術符といわれているものだった。


 ちなみに、札以外にも色々な物が符として使われている。例えばその辺に転がっている鉛筆ですら、魔道具の様式化を行っていれば『符』として扱うことは可能なのである。


「この術符が私の魔術道具になります。術は私が起動させる切欠を与えないと発動しません。どうぞお手に取って見て下さい」


 ディアス達は各々興味深そうに術符を手にして検分し始めた。特にユースロッテが一番嬉々としているのは気のせいでは無いだろう。


 イレナド砦の魔物退治で随分と術符を消費してしまった。残念なことに、取り出した術符以外で実際に使える分は五枚程度しかない。

(ティディの助力で多少は魔力が増えたとはいえ、新しく術符を作成するとなるとあと一ヶ月は掛かるわね。それも最低限、術として体を為すレベルの術符を作るならの話だし。強力な術符を作るのなら、月光の魔力も相当必要だし、三ヶ月は掛かるわ……。全く、困ったモンよねぇ)

 瑞穂は聴取の場であることを一瞬忘れて、心の中でため息を盛大についた。


「なるほど、魔術といっても君の場合はこの術符を使うのが主なのかい?魔術を詠唱して直接は使わないの?」

「ええ、先ほども申し上げた通り私は魔力量が少ないので。予め魔力を染みこませた術符を使わないと魔術として機能させることが出来ませんから」

(ティディのおかげで小さな術なら詠唱だけで起動できるようになったけど、その回数もほぼ一回の戦闘で一度切りじゃ情けないしなぁ)

「ああ、やっぱり。薄々感じてはいたけど、君、魔力量が一般魔術師と比べても低いんだね。ていうか、魔術師じゃない人間より多少は魔力があるってレベル?」

「まあ、そうなりますね」

「うわ~、可哀相!それでよく魔術師やろうなんていう決意が出来たね!僕、感心しちゃうよ!!」

「お褒め頂きありがとうございます」

 米神がピクピクと引き攣ったが、瑞穂は何とか笑顔を維持したままで応える。

(落ち着け私、コイツは私を苛立たせてボロを出させようとしているんだから)

 生来の性質が"S"であることはだんだん気づいてはいるが、今はそれ以上に誘導しようとしているようにも感じられる。


「いやはや、魔力が少ないと大変だねぇ。僕、魔力には困ったことないんだよねぇ。でももし、そんな性質で魔術師やれって言われたら悲観しまくるよ。心底同情するよ~」

「古来母から子へと継承されてきた魔術の変遷ですから。私の魔力が少なかろうが、その流れを断つわけにはいかなかったんですよ。次代の……私の子が魔力豊富であると良いと思っています。せっかくの魔術ですし、ちゃんと才ある者が開花させ運用してくれれば嬉しいとは思っていますから。それまでは私がなんとしても繋いでみせます。そういう決意で私は魔術を母から継承したんですよ」

(口から出任せで偉いことを言ってしまった……!嘘がどんどん私を健気な子という設定にしてくれるけど……。私の性格とはちょっとかけ離れているというか何というか……いたたまれなくなってきたわ……。止まれ私の口よ……!)


「――そうか」

 あわやユースロッテと口争いになるかと思われたが、水を差したのはディアスであった。

「おまえの性格云々は置いておいて、魔術師(職業)として魔術を行使するにあたっての努力は言動から伝わってきた。実際、砦での働きも騎士達から聞いた。なかなかやると決めたら、真摯に働いていたようだしな」

「へ、あ、ハイ……」


「でもやっぱり底辺魔術師であることには変わらないよね。それは同じ魔術師として同情するよ~」

「ははははは……」

 せっかくディアスが話の方向性を変えてくれたのに台無しである。

(コイツ、分かってて煽ってんなぁ!底辺術者の悲哀も知らん奴めぇえええ!いつかギャフンと言わせてやるううううっ)

「おい、馬鹿ユース、おまえはもう黙っておけ」

 ディアスは頭を抱えながら、ユースロッテの頭をポカリと叩く。

 ユースロッテは怒られちゃった~と悪びれも無く頭をさすっていた。

 ディアスの行いは瑞穂を救う為ではなかった。ユースロッテの悪癖で場を掻き乱されることに辟易しているだけだ。もう何度もそれで大変な目にあったと、疲れた表情がそれを物語っている。そういえばディアスも徹夜明けだったのだと、瑞穂は思い出した。


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