18、馬車馬のように
改稿して、後書きにてこの物語における『魔術師と魔術士の違いについて』の解説を追加しました。作者のちょっとしたこだわりなので、面倒な方は読み飛ばして頂いても大丈夫です(^^;)
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アタシ、安芸瑞穂は花の16歳の女子高生☆
突然異世界に飛ばされて困ってたところを、美形の青年騎士ディアスとちょっとイジワルな青年魔術師ユースに捕らえられてしまったの!
でもでもっ、みんなとっても誠実な人って分かったから、誤解を解く努力をすればいずれ無実だと分かってもらえると思うの♪
そんな時、連れて来られたイレナド砦で騒ぎが起こって、ピンチのところを助けてくれたのはマッチョなおじさま騎士。
豪快な手腕で次々魔物を狩っていく姿に瑞穂はもうメロメロなの!!
そんなこんなで、この後待ち受けるアタシの運命って……一体どうなっちゃうの~~!?
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(こんな展開だったら良かったんですけどねー)
「死ぬ、眠い、お腹減った、死ぬ……(以下エンドレス)」
あらぬ妄想をしながら、地面に向かって、ぶつぶつ呟き続けているのは何を隠そう我らが主役の安芸瑞穂である。
目の隈を更に悪化させた表情でぶつぶつ呟き続ける瑞穂に騎士の一人がお疲れさん、と食糧を差し出してくれた。
体育座り(足を三角に折り曲げて座り込むアレである)をして独り言を続けている様はさぞや哀れに見えたのであろう。
手渡されたのは水と簡素な具が挟まれたサンドイッチだった。
空腹に耐えかねた瑞穂の胃はどんな食糧だろうとウェルカム状態なので、勢いに任せて一気に頬張った。
「うう……。もう嫌だ、お家(地球)に帰るううううっ」
「アアンッ?何だってぇ?お嬢ちゃん、おら、そっち行ったぞ。トドメ刺してくれや」
大の大人の歩幅でいうと五歩分程度の先でウェイドは残りの魔物と戦いを繰り広げていた。
一匹狩り漏れた魔物がこちらに向かってくる。分かっている、ウェイドはわざと手を抜いたのだ。
もう何もかも嫌になりながら、死んだ目で瑞穂は叫ぶ。
「風よ、切り裂け」
言葉に反応して明滅した術符が魔物を一撃で仕留める。
同時に三ヶ月かけて作成した術符が霧散した瞬間でもある。
(私の貴重な作品の数々がぁ~~~~っ!底辺魔術士を舐めんなよ~!これを作るのにどれだけ時間が掛かったと思ってんの!?ドチクショウ!)
瑞穂はウェイドの背中を憎々しげに睨み付けたのだった。
結論から言うと、ウェイドという筋肉大男は皆から慕われるに足りる実に有能な人間であった。
あの後、彼に担がれて強制的に砦に連れ戻された瑞穂は、砦に残った魔物の残党を駆逐する協力をさせられる羽目になった。
そして、ウェイドと共に戦ううちに瑞穂は彼の力を目の当たりにすることとなったのだ。
一人でも戦力としてずば抜けていることはもちろん、指揮官としても優秀で、混乱する砦の人員を次々と統率し、はびこる魔物を駆逐して行く。
魔術師(←士では無く、あくまでも師でありこの違いは後述する)は貴重な戦力だと言って、瑞穂が無理矢理付き合わされたのは言うまでも無い。
魔物の種類はあのオオカミに似たタイプのみで、それが三十匹も砦内をうようよしていたらしい。
その数の魔物退治に馬車馬のようにこき使われて、魂が抜け掛かっているのが今現在の瑞穂の状況だった。
「これで、終いだぁっ!!」
最後の一匹にトドメを刺したウェイドが雄叫びを上げる。
それを聞いた砦の騎士達は一声に歓声を上げた。互いに抱きついて喜び合ったり、冷静に後始末を行う者――様々な風景が見て取れた。
事の発端は次の通りだった。
瑞穂が捕らえられた夜遅く、イレナド砦の東塔地下牢に捕らえられていた盗掘関係者が内々で喧嘩する騒ぎを起こした。
状況を沈静化させるべく見張りの騎士が地下牢の扉に付けた小さな鉄製の窓を引き上げたところ……、捕縛者の内の一人が何か道具を使って見張りの騎士を昏倒させたのだ。
後は開けられた小さな窓という空間を利用して彼らの"技術"で外へ脱出。それを察知した騎士達と揉み合いになった。
だが、ここで騎士団にとって誤算だったのは、運悪く、いつも以上に人員がイレナド砦には居なかったことである。
ちょうど国境で小競り合いが起こったとの一報が入り、砦に配置されている主力の騎士達が鎮圧に向かった後だったのだ。故にこの騒ぎを居残り組だけで対応することになってしまう。
その為、盗掘者達の鎮圧に時間がかかり、他方、砦本体の方には予め手引きされていただろう魔物が放たれた。
盗掘者の再捕縛は時間は掛かったものの、何とかなった。が、魔物の方は数と強さで申し分なく、捕縛者鎮圧に割かれたさらに少ない人員で戦うこととなり、後手に回ってしまったのである。
瑞穂が砦内で騎士と一人しか出会わなかったのも、盗掘者達が暴れていた東塔地下牢付近と、魔物が多数現れた砦の北区画に人員が割かれていた結果だったのだ。
砦の西区画の倉庫に閉じ込められていた瑞穂は運が良いのか悪いのか、おかげで逃げ出すチャンスが到来したというわけだ。
……という流れを、サンドイッチを差し入れてくれた親切な騎士が成り行きを苦笑しながら教えてくれたのは、ウェイドの咆哮が上がってから数分後のことである。
巻き込まれまくった瑞穂に同情してくれたのかもしれない。
(まあ、脱出作戦も失敗したわけですけどね。あははは……)
このいたたまれない出戻り感は気まずさすらある。
気づけば清々しい朝日が昇っていることに気づく。
(しかし、これからどうなるかな。どうするのかよりも、どうなるかな~って感じだよね。このオッサンの威圧感凄すぎて、逃げるに逃げられないし)
そんなことをぼうっと考えていると、不意に頭上から声が掛けられた。
「さてさて、おまえさんの処遇を考えなきゃならんな。だが……、まぁ、悪いようにはしないさ。今回の騒動の貢献度もあるしなぁ」
ウェイドは顎の無精ひげをさすりながら、ニヤリと笑った。何か狙いでもあるような目をしている。瑞穂が魔術を使えることを知り、有効活用しようとでも思っているのだろうか。
(利用されるなんてとんでもない!)
そもそも瑞穂は底辺魔力の魔術士なのだ。大手を振って面と魔術士と言えるレベルでもない。
何か言って風向きを変える必要があると思うが、その前に遠征に出ていたディアス部隊が帰ってきた。多数の馬の蹄の音が近づいてくる。
「さぁて、主役がお帰りだ。楽しみだ、なぁおい?」
「はは……」
もはや、愛想笑いくらいしか返す余裕が無い。
交渉のテーブルに着くのはディアスだけでなく、この男も追加されるというわけだ。前途多難という言葉が瑞穂の頭を過ぎったのは言うまでもない。
魔術師と魔術士の違いは何か?
これは様々な解釈があるが、瑞穂は以下の様に認識している。
魔術師……魔術を行使する者。研究者の色合いが強く、後列から術を行使して戦うイメージが強い。動きにくいローブを着て、杖を掲げて魔術を放つイメージ。
魔術士……魔術を行使する者。実践的な現場で働く者が多い。魔術を研究職以外の"職"に落とし込んで利用する者。魔術に武術を織り交ぜて前列(接近戦)でも戦えるように工夫している者が多い。普段着や戦闘服など動き安い服装を好む。
また、魔術士が研究をしないわけではないし、魔術師が実戦現場に赴かないわけでもない。どちらに比重を置いているかという話である。
そして、魔術を扱う者の変遷としては、魔術師がやや旧時代的、魔術士の方が近代的な立ち位置にあると言えば分かって頂けるだろうか。
トライディアの住人が認識する魔術を扱う者は『魔術師』で、一方、瑞穂は『魔術士』という考え方を持っている。トライディアの言語でも瑞穂の世界の言語でも偶然発音が同じなので皆『まじゅつし』と発音している。その為、お互いがお互いの認識下で魔術を行使する者の呼び名を発している。トライディアの住人はその事に気づいていないが、瑞穂はちゃんと認識している。トライディアよりも地球の方が魔術文明レベルは上なのである。




