16、グラノーツ峡谷2
「きゃあああああ!いやぁ、助けてぇ!!」
「おいおい、お嬢ちゃん、そんな声出すなって。こんな田舎よりももっとイイとこへ連れていってやるからよぉ」
野盗集団の中でも一際身体の大きい男――恐らく首領だろう――が少女の身体を羽交い締めにする。だが、その体勢はすぐに崩れた。
「痛ぇ!」
駆けつけたディアスが短剣を男の腕に向かって投げつけ、見事命中させたのである。痛みの衝撃で男の力が緩んだ隙に少女は走って逃げていく。
「おまえ達が掲げる国旗はイーディー連合国のものだ。よって、貴国のルバニア領土侵犯と見なし、これから我がルバニア王国騎士団は制裁を下すものとする!もちろん、我が国民であるケンデス村の住人を痛ぶったことは重罪だ。皆、行けー!」
『はっ』
ディアスの口上と共に、部隊は一斉に動き出した。
少女に逃げられたことに腹を立てているのか、それともせっかくの計画が台無しにされたことが悔しいのか、とにかく腕をやられた首領らしき男は
「許さんぞ!野郎共、やっちまえぇ!!!」
と言い放ち、仲間をけしかける。
こうして、ルバニア王国騎士団国境警備隊とイーディー連合国の野盗集団の乱戦が始まった。
しばらくして、戦いはほぼ終息に向かっていた。
ユースを連れてきた甲斐あって、風の障壁を張り、そこへ助け出したケンデス村の住人を避難させていく戦法が功を奏した。
一人、また一人と風の障壁の中へ保護することにより、騎士団員達は徐々に自分たちの力を思う存分振る舞えることになる。そうしていくうちに、戦況は一気に騎士団側へと傾いた。
野盗側も、次第に気勢を削がれ、御用となっていく。残りは野盗集団の首領と思われる男と配下一人だけとなった。
騎士団に取り囲まれているのにまだ諦めていない様子には、さすがにディアスも感嘆する。
「馬鹿を通り越して阿呆だな。もう降参したらどうだ。勝敗は決しているぞ」
「アアン?おめえらの言葉一つで動揺するなら野盗稼業なんざ、やっちゃいねーや!通せんぼするってぇなら、力ずくで通るまでだぁ!!行くぞダイチ!!」
「合点承知ですぜ!お頭ァ~!!」
「言葉だけは威勢が良いな」
「言葉だけじゃねーぞ!クソ団長さんよ!」
「俺は団長じゃない。国境警備隊長だ」
「知るか!おい、ダイチ!アレを飲むぞ!」
「ういっす!キャスティから貰った秘薬ですね!?」
阿吽の呼吸で二人はそれぞれ懐から小瓶を取り出し、一気に飲みほした。
飲んだ後、無造作に投げつけた小瓶からは奇妙な色の液体がこぼれ落ちた。
不意を突かれた騎士達は焦って、二人を拘束しようと駆け寄るが……。
「グオオオオオオオッ!これはイイ!」
「ぐへへへへ!高揚しますぜ、お頭~!」
二人の野盗は異様な姿になり、まるで魔獣のような咆哮を上げそのままの勢いで取り押さえに来た騎士達を拳一つで吹っ飛ばしたのだった。
うめき声を上げて倒れ伏す騎士達の手前には、彼らの剣が粉々に砕かれて散らばっている。
野盗の頭は殴った手をさすりながらその様を満足そうに見た。
嫌らしい笑みを浮かべて配下のダイチと共に騎士達を罵倒することも忘れない。
秘薬の効果だろう。野盗達の身体中の筋肉はありえないほど膨れあがり、目は充血していた。いや、今尚、その状況が進行していっている。
みなぎる力と躍動感に身体を震わせ、口からは涎が垂れているが気にならないようだ。
「狂戦士化だよ。どこで手に入れたかはしらないけど、奴ら禁酒を手に入れていたようだね」
ちょうど一段落ついて駆けつけたユースロッテは野盗達の様を見て、そう評した。
「なるほど、奴らの自信はそれだったか」
倒れた騎士達も腐っても"騎士"である。重傷を負っている者はいないようだ。
気を失った者も致命傷は避けている。普段の戦闘訓練と場数をこなした賜物だろう。
それならばと、ディアスは落ち着いた目で野盗達を見据えた。
「おい、禁酒をどこで手に入れた?」
「アアン?どうしてそんなことをテメーに説明しなきゃなんねーんだよ!とっとと死ねや、ボケがぁあ!!」
「やりやしょう!お頭!死ね、クソ騎士団があああ!!」
野盗二人がディアス達めがけて殴りかかって来る!
二人とディアスとの距離はわずか十メートルにも満たない。
「ディアス!」
「分かっている」
話にならないな、と肩を竦めたディアスは腰元の鞘から一振りの剣を抜いた。
「はん!そんななまくらな剣一つで俺らをどうにか出来るってか!?おまえもそこら辺に転がっている、騎士共と同じように地面に沈めてやるよぉおおお!!」
殴り掛かってくる野盗の頭の拳を剣で受け止めてやる。
(重い)
ディアスの靴が地面にのめり込む程の圧力が敵の拳から掛けられてくるのを体感する。
しかし、その重圧を押し切るかのようにディアスは何度も斬り込んで行く。
重ねられた剣圧は大きな壁のように重なり、やがて野盗の頭の拳を弾き返した。
驚くべきことに、禁酒で狂戦士化した男の身体は鋼のように硬くなっていて、小さな傷をつけることは出来ても肉体を切断することまでは敵わなかった。
「ほう……」
些細なことだが少しだけ感嘆の声が漏れる。
続けざまに今度は配下の野盗が襲って来た。上記と同じ行為で弾き返したが、やはり敵の腕を切り落とすまでには至らない。
尻餅をついた野盗達は信じられないという面持ちでディアスを見上げた。
「俺たちの拳を跳ね返しただと?」
「信じらんねぇ!!」
だが、馬鹿の一つ覚えのように野盗達はまた立ち上がり、ディアスに殴りかかる。
「確かにおまえ達の力は大した物だ。いや、禁酒の力が凄いと言った方が正しいのか。肉体の硬質化は面白い秘薬作用だ」
ディアスの言葉などお構いなしに殴り掛かる野盗二人。
もはや言葉にならない奇声を上げながら繰り出される拳はまたしてもディアスの剣技によって弾かれた。
「それに加えて、狂戦士化の禁酒による作用は肉体の機能の格段な向上だ。俊敏さや力の劇的な向上はもはや獣並だね。知能は人並み以下になるみたいだけど。あ、御免。知能は元から低かったか」
「まるで魔物だな。ならば、魔物に対する作法で相手した方が良さそうだ」
「うわあ」
ユースロッテは野盗達に同情の視線を送った。
「何をゴチャゴチャと!今度こそ――死ねぇえええ!!」
「死んでしまええええ!!」
二人の野盗は今度は連携して拳を繰り出す戦法に出た。
「おまえ達の相手はもう飽きた」
ディアスは剣の柄に付いた紋章に手を触れて、剣を握り直した。
「いくぞ」
一瞬の閃光と共に、ディアスは野盗二人の間を駆け抜けた。
「が、があああああっ!!」
「そ、その力はああああ!ぎゃあああああ」
野盗二人は苦しみながら同時に膝を付いた。
彼らの両腕は剣に貫かれ、血が噴き出していた。
「切り落とされなかっただけ、感謝しろ」
振り向いたディアスは光り輝く剣をそのまま鞘に収めた。
すると、すぐに鞘から漏れていた光は終息する。
地面に崩れ落ちながらも喚く野盗二人は、無傷の騎士達が取り押さえに掛かった。
もうこれで野盗の脅威は無いだろう。
ほっと、一つ息を吐いてディアスは騎士達にこの後の指示を出していく。
その隣でユースロッテはニヤニヤしながら話しかけた。
「聖剣、イルデヴァラン。恐いねぇ、遺物の所持者に出会うなんて、野盗達も相当な運の無さだね」
野盗達は確かに強かった。
狂戦士化の禁酒は『禁酒』とされるほどの魔術秘薬酒だ。
その力を手に入れられてしまっては、ある程度の腕のある剣士が数十人掛かりでも相手するのに苦労する怪物と化す。
最初に倒された騎士団員達が決して弱かったわけではないのだ。
「いや、それだけじゃないか。対した相手が、前回武術大会覇者だったのがいけなかったんだねぇ」
「うるさい」
茶化すユースロッテにディアスは拳骨をくれてやった。




