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14、襲撃4

(……痛く、無い?私、死んでない???)


 結果から言うと、瑞穂の身が切り裂かれることは無かった。

 彼女の前に立ち塞がった人物がいたからだ。

 寸でのところで、武器で魔物の攻撃を防いでくれたようだ。魔物の爪が硬い金属にぶつかる音が響いたのだ。


「嬢ちゃん、そのまま目を瞑ってろ!」

「!?」

 ギャィイイインッ

 魔物の断末魔が砦に響く。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。だがすぐに、この低い声の人物が魔物を切り裂いたのだと、そういった空気の流れを肌で読み取った。

 おそるおそる瑞穂が目を開くと、瑞穂の前には(当たり前だが)知らない男が立っており、死体と化した魔物から巨大な斧を引き抜こうとしていた。

「……っ」

 瑞穂は縛られながらも、震える左手をもう一つの手で押さえた。

 恐怖ごと生唾を呑み込んで冷静さを自らに課す。このままの空気に呑まれてはならない。


 今生に転生してから、近接戦闘のチャンスは極端に減っていた。魔力の低さに加えて人間の女性という不利な条件下であったから、遠距離から仕留める手法を好んで用いていたのだ。

(それが裏目に出たんだ。近接戦闘の経験が不足して、すぐに対応出来なくなっていた……)


 そんな瑞穂の無念さを余所に、目の前の男は鼻歌交じりに武器を魔物から引き抜いている。

 この筋肉隆々の男が、瑞穂の前に颯爽と現れ、あの魔物を手持ちの巨大な斧で一刀両断したわけだ。

 

 悔しさとみっともなさを苦々しく受けつつも、はっ、と我に返る。


(反省は後だ!この機を逃がしては駄目!)


 瑞穂は素早く風の術を手から直接放って、自ら縛られた紐を断ち切ってやる。

 そして、筋肉男と見張り番の騎士の隙を突いて一気に階下へ飛び降りた。

 着地の衝撃に備えて、落下の瞬間に七つ道具の一つであるワイヤーフックをちょうど良い柱を見つけて引っ掛けて体勢を整えることも忘れない。

「うぉ!?」

「ああ!逃げられたっ!」

 見た目ごく普通の一般人風の少女が、まだ逃げることを諦めていなかったことに驚いたのか、それとも、それを実行してしまえる実力に驚いたのか……どちらにせよ彼らは驚きの表情を浮かべる。

 これで逃げ切れる、瑞穂もそう思っていた。


 しかし、瑞穂が着地した瞬間に突然、階段横のガラス窓から緑の閃光が突き刺すように差し込んで来た。

「何?これ、眩しい――っ」

 数秒後、それが地球で言うところの閃光弾と同様のものだと気付く。そして、閉じこめられていた倉庫室で傍受した、帯状通信術のメッセージを思い出す。


『――"目的の物"は手に入れた。あとはアジトに戻って検分する』

『――"物"を安全に運び出すまで、退却の時間稼ぎをしてくれ。時間を見計らって合図を出す』


(もしかして撤退の合図!?)

「くっ」

 咄嗟に目をかばったが、少し目を焼かれてしまった。だが走り切って砦の外に出るくらいは出来るだろう。瑞穂はそのまま走ろうとしたが、

「おい!嬢ちゃん後ろだ!」

 先ほどの筋肉男が頭上から浴びせてくる一声で気づき、身体を床へ転ばせる。

 新たに現れた先ほどと同じタイプのオオカミ風魔物が、伏せた瑞穂の上を飛び越えた。

 そして、思わず手を離してしまった瑞穂の学生鞄を宙で口に挟む。誰が仕込んだのかは知らないが、素晴らしい曲芸ぶりだ。

「あああああああ!私の鞄がああああっ」

 なんとそのまま、魔物は走って行ってしまったのである。


(最悪だ。もう一匹いたんだ。そりゃそうか、こんな騒ぎになってるのに、魔物一匹だけとかありえない!)

 異世界に来て数少ない私物が奪われたのである。痛恨の極みと言っても過言ではない。



「待て――!っちぃっ!!」

 必死で追いかけて砦玄関口を突破し、近くの林の中まで来たが、ここに来て瑞穂も体力の限界だった。

 風の術符を使って、風を背にして走るスピードを上げるという小技で魔物を追っていたが、ついに術符の効力が切れてしまった。

 前方十メートル先には魔物の後ろ姿があったが、今にも瑞穂の視界から消えそうな距離感だ。瑞穂には魔物が嘲笑っているように見えた。

 もったいないが、もう一枚術符を使うしかない。

 

「逃がすか!私の鞄っ」

 瑞穂が術符を取りだそうと、ウエストポーチに手を滑り込ませようとした時だった。

「おう、ようやく見つけたぜ、嬢ちゃん」

「えっ、ウソ――!?」

(砦からはもう結構離れてるはずなのに……撒けなかった!?てか、どうやってここへ!!!???走って?嘘でしょ?)


 一体、いつの間に追いついてきたのだろうか。

 信じられないことだが、あの筋肉男が瑞穂の背後に現れたのである。

 背後にいたということは、背後を取られたとも言い換えることが出きる。

 瑞穂は有無を言わさず米俵のように身体を持ち上げられてしまう。恐るべきことに片手でそれをやってのけたのである。掴んできた男の握力はあの見張り番の騎士の比にならない。つまり、抵抗しようとも一切無駄だ。


「ちょっと待ってな」

 この時、瑞穂は初めて筋肉男の顔をじっくりと見て、声を失う。呆気に取られている瑞穂に自信あり気に笑って、彼は背負っていた一本の中サイズの槍を、空いている手で肩に乗せて構えた。

 目標は走り去る寸前のあの魔物だ。もはやこの位置からでは米粒サイズでしか視認出来ない。


「ほーらよっ――」

 しかし、不利な状況を気にせず、脳天気な掛け声と共に槍は投げられた。美しく弧を描き、槍は魔物の背中に吸い込まれていく。そして、魔物は見事に貫かれ、悲鳴を上げて事切れた。

(魔術補助を使わず、この距離から仕留めたというの?信じられない!)

 『筋肉は正義』という言葉を魔王が言っていたのを思い出す。


『この世には魔術とかそんな物が通用しない、というか凌駕した筋肉馬鹿という存在がいてだな……。とにかく、あいつらは時として物理法則とか魔術法則とかをゆうに越えてくる……』


 どうやら、そんな存在が異世界にもいたとは――。


「これ、嬢ちゃんのモンだろ?」

 漫画のように口をあんぐりさせている今の瑞穂の姿を科学部の友人が見たら、大いに笑ってくれることだろう。急いで表情を取り繕って素直に目当ての学生鞄は受け取ったが、筋肉男に担がれたままの状況は変わらない。

(馬に縛られたり、柱に縛られたり、筋肉男に担がれたり、このトライディアという世界に来てから碌な目に遭っていないんですけど)

 ため息を吐きながら、すぐ横にある筋肉男をゆっくり観察する。

 赤褐色の肌に、黒の瞳。年齢は四十を過ぎ辺りの風貌。日焼けた短い黒髪と筋骨隆々な姿は否応なく存在感がある。イメージはどこぞの山賊の頭領だろうか。決して騎士様には見えない。斧、槍と武器はいくつか使いこなせるのだろう。 背には今回の戦闘では活躍しなかった武器が数種類括り付けられたままである。これが物々しさに拍車を掛けている。

 できればお近づきになりたくない人種である。

 

 瑞穂はもう何だかとってもヤケクソ気味な気分になっていると、先ほどの見張り番の騎士が追いついてきた。

 全てが終わった後の登場に筋肉男は顔をしかめて言う。

「おいおい、たるんどるぞ!これしきの魔物はすぐに片付けろといつも行ってるだろう!帰ったら鍛錬だな」

「そりゃ無いっすよ、ウェイドさ~ん」

 見張り番の騎士は肩を落とした。

「まあ、とにかく元気そうで良かった!」

(たった今その人、死にかけてましたけどね)

 瑞穂は心の中でツッコミを忘れない。ウェイドという男を前にして、現状の力では逃げきれる自信はもう無かった。


「この砦も久しぶりだ」

 ニカッと口端を上げてウェイドと呼ばれた男は笑った。

「……積もる話は後だ。まずはこの砦の魔物と暴れている馬鹿者どもを一掃する。どうだ嬢ちゃん、俺に手を貸してくれないか?ほら、大切な鞄も取り返してやったんだしよ?」

「……は?」

「魔術、使えるんだろ?なら十分、戦力になる」

 ガハハッと豪快に笑いながら、

「な?頼むぜ」

 と、目を剥いている瑞穂を地面に降ろして、肩をバシバシと勢い良く叩いてきたのであった。


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