13、襲撃3
一進一退の攻防を続ける騎士の警告の声を背にしつつ、瑞穂はついに目的地――廊下の一番端にある部屋――へドアを破壊しながら転がり込んだ。
詳しく言うと、ドアは見るからに分厚い閂で施錠されていたのだが、丁寧に開錠している時間は無かった。だから少々派手に炎球の術符で破壊させてもらい、勢いのままに部屋に入ることとなってしまったというわけだ。
「私の荷物は!?」
入ってすぐに瑞穂は周囲一帯をしきりに見回した。
六畳一間ほどの大きさに所狭しと天井すれすれの背丈である棚が並べられている。随所に道具やら武器やらが並べられ……いや、無造作につくね上げられていると言った方が良いだろう。
瑞穂の大事なウエストポーチと学生鞄はこのどこかに保管されているはずだ。
ベルト型失せ物探知機のホログラムレーダーの分析が合っているならば、だが。その点は設計者である科学部の友人を信じることとした。疑いだしたらキリが無い。
(とにかく"力"がなくちゃ、どうにもならないからね!)
あの見張り番の騎士が魔物を倒してしまうか、彼の代わりに瑞穂が退ける役を買うことになるか、どちらにしろ、その後は砦脱出ルートへとなだれ込む算段だ。
とにかく、のんびり捜している暇は無い。目の前の棚からしらみ潰しに調べて行き――……。
「あった!」
かくして天は瑞穂に味方した。運良く一分ほどで目当ての品を見つけることが出来たのだ。幸運の先取りをしたような気もするが、これまでが不運続きだったのでこれでもチャラにならないくらいだと思い至る。
窓際にあった棚の中段あたり安置されていたそれらを、慌てて瑞穂は手にして中身を確認する。
「一、二、三……。うん、ウエストポーチの術符の数に変動なし!鞄も……無くなった物はないな!よっし!!」
手を付けられた痕跡が無いことに安堵する。
(調べられる前に騒ぎが起きたと考えていいかな。助かった……)
ウエストポーチを装着し直し、すぐに部屋の出口付近の壁から廊下の先を覗き込んだ。
この角度からだと騎士と魔物の姿は見えないが、戦いの音は聞こえる。――戦っているということは騎士は存命しているということだ。
(良かった)
術符のおかげで弾数が補充出来たし、瑞穂自身の魔術を加えると、一晩くらいなら切り抜けられると言って良いだろう。それだけの時間が確保できれば十分砦から離れることが出来るだろう。
(ここから反撃と行きましょうか!)
ウエストポーチから術符を一枚取り出し、構えながら廊下を進む。騎士と魔物の姿を視界に収めると、彼らが気づくよりも早く、
「私も大概お人好しよね。これで一宿一飯の恩は返したわよ!――行け、炎の矢よ!」
と言って、術を放った。
文字通り、炎の矢の術である。
現れた三本の炎の矢は騎士のすぐ側を通り過ぎて、魔物に真っ直ぐ突っ込んで行く。
ギュルルルルッ!!!
獣の奇声が響く。
矢は全て急所に命中し、魔物は吠えながらのたうち回り次第に動かなくなった。剣で切れない魔物の肉も、魔力が通った矢なら貫き通す。もちろん、魔術の質・術者の微妙な技量調整があってのことだが、その点瑞穂は抜かりない。
「君は魔術師なのか……?」
(ええ、魔術士よ。魔術師ではなく、魔術士の方、ね)
その様を呆然と剣を降ろして見ている騎士を尻目に、隙をついてそそくさと逃げようとした瑞穂であった。
が、さすがは腐っても騎士、仕事の本分を忘れなかったのか、逃げ切れると思った寸前、瑞穂は腕を掴まれてしまった。鍛えた成人男性の力に捕まると、基礎母体が一般女子高生である瑞穂は敵わない。
――こんなことになるなら、術を放った後、走り去るのでは無く、ワイヤーフックを使って階下へ一気に降りれば良かった。
咄嗟の判断ミスに嫌気が差す。
「ちっ!放して!」
「危機を救ってくれたことには感謝するが、それとこれとは話が別だ。君はディアス隊長から託された大事な"不審人物"だからな」
「その隊長様はどこにいんのよ!?砦がこんなことになってるって言うのにね!」
あっという間に階段の柱に括り付けられた瑞穂は嫌味を込めて言ってやった。恩を仇で返されるとはこのことだ。せっかく良心の呵責に耐えかねて、助けたというのに非道い仕打ちである。
一日一善なんてするもんじゃない云々と文句を垂れ流しながらも、彼女の目だけは逃れる機会を探し続けていた。
そんな彼女の考えには全く気づいていないのか、騎士はただ苦い顔をしながらも説明だけはしてくれる。
「深夜に国境で隣国と小競り合いが発生して、鎮圧に向かわれたんだよ。この現状はそれを突かれたのかもしれない」
「情報を流した奴が居るってこと?」
「それは……」
しかし、話はここで中断される。幸か不幸かノックダウンしていた魔物が起き上がったのだ。
――致命傷は受けて死んだと思っていたが、まだ反撃する力が残っていたとは。
あの炎の矢の術符一枚を作るのに過去の瑞穂がどれだけ苦労したと思っているのか。そんな瑞穂の労力に報いて一発で死んでおいて欲しかったというのが、この時の素直な感情であった。
騎士は青ざめた表情だったが、何とか魔物に向かって剣を構え直す。
「嘘、でしょ……!?ちょ、ちょっと!アンタ!アンタの剣じゃ切れないわ!ああ、もう聞いているの、騎士様!?私の縄を解いてよ!!もう一発術をはな――っ」
グルルルルッ
全てを言い切る前に魔物は咆哮を上げて、騎士の頭を飛び越えて瑞穂に迫って来た。
身体を震わせながら、体躯を押し上げて突撃してくる。
――自らを殺せる可能性がある者を先に排除する。魔物にしては良い判断だ。
鋭い爪がスローモーションで揺れるように見えた。そして、ソレが瑞穂の眼前で振りかぶる。
『魔王の右腕が柄にも無いことをするからだ』
不意に懐かし声が頭を過ぎりつつ、そのまま瑞穂は目を閉じた。
自らに起きる惨劇を直視するのは前世だけで十分だ。




