12、襲撃2
これ以上、ここに居ても得る物はない。
拘束されているだけなら、騎士達から世界の情報を聞き出して当分過ごしても悪くないと思っていた。けれど、騒ぎが起きていてはゆっくりと周囲を観察して過ごすこともしにくくなる。下手をすれば騒ぎを起こした集団と仲間と思われる可能性もある。そうすれば、瑞穂の立場は益々悪くなるだろう。
それならば、とっととこの機に乗じて、没収された持ち物一式を回収し、とんずらした方が賢明だ。
不意に、第二波の爆発音が砦を揺るがした。地鳴りの音が、先ほどより近い。
「うわ、嫌だなぁ。なんか嫌な予感がする……」
あの偉そうな騎士、ディアスはどうしたのだろうか?彼の剣の腕は非常に高い。
彼が砦の人員を率いていたら、このような体たらくは見せていないと思うのだが。
(私の買いかぶりすぎだったかな)
今度はドゴォッと石が地面に叩きつけられたような音が、もっと近くから聞こえてきた。
倉庫のドア手前で争いが迫っているようかのようで、それを感じた瑞穂は軽く腕を揺さぶって準備運動をする。
肩をポキポキと鳴らしながら、
「術符から使っていきましょうかね」
と言ってスカート下の太ももに巻き付けた術符に手を滑らせた。
「でもまぁ、一宿一飯の恩は曲がりなりにもあるし?タダでとんずらはしないわ。うーん、最低限、脱出に立ち塞がりそうな相手だけは駆除しておいてあげるわよ。それで少しは騎士団に雨露を凌がせて貰った恩を返すことになるでしょ」
術符に魔力を流し込み、えいやと意気込んでドアノブ付近へと投げつけてやる。
途端、軽めの爆発音と共にドアノブ周辺に大きな穴が開いた。鍵の機能を失ったドアを押してやると、問題なく開く。
「うっし、最初の関門突破!」
瑞穂は勢いよく部屋を飛び出した。
(まずは持ち物回収を優先させよう)
「うげ……」
動物の爪が床を抉ったような跡が足下に広がっていた。振り返ってドアを見てみると、そちらにも刻まれた爪痕がある。
周囲には黒っぽい毛がそこかしこに落ちている。
「一体何と戦って……」
(いやいや、何でもいいか。とりあえず砦で暴れているであろう相手はこの場から去ってくれたんだし。剣の音がしたから、見張り番の兵士が追い払ってくれたのかな?)
そうなのである。
倉庫の前にいたはずの見張り番の姿がこの場には無かったのである。
おかげでこうして瑞穂は部屋の外に出ても咎められること無く悠長に立っていられるわけだ。
「じゃあ、まずは没収された荷物を取り返さなきゃねぇ。フッフーンっと……」
瑞穂は腰に巻き付けてあったベルトをするり、と外した。
一件学生服のスカートに使用しているタダのベルトに見えるが、実はお役立ちアイテムなのである。但し、魔術的要素は一切ない。基本的に魔力は節約がモットーなので、道具といえば科学の力を頼るに限るのが信条だ。
ベルトの金具部分には小さな蓋があり、その下にはボタンが隠れている。そしてボタンを押してやると……。
(まあ、なんと言うことでしょう!ボタン部分から地面へとホログラムが投射されたではありませんか!)
「くぅっ……、現代科学の勝利ね!騎士達もまさかベルトが失せ物探知機となっているとは思うまい。ありがとう!協力してくれた科学部の友よ!そして、DIY好きの自分の根性よ!ほんとにベルトに細工するの大変だったんだから!偉いわ、自分よ!これぞ、魔王の右腕の実力!オーホッホッホッホッホッホッ」
魔術業界に身をおいている職業柄、学生鞄とウエストポーチには何かと大切な魔術道具を入れている。その為、万が一の紛失に備えて準備していたのだが、まさか本当に活躍する日がくるとは思ってもみなかったというのが正直なところであった。
学生鞄とウエストポーチに付けたキーホルダーにペアリング探知機をつけいるので、今頃、起動して反応を返してくれているはずだ。無線LANの応用だと科学部の友は言っていた。
直径一メートルほどの円サイズでコンパス付きレーダーのような図が床に描かれている。探し物までの距離と方向が、表示されているのだ。差し詰め、携帯ホログラムレーダーといったところか。
「二つとも反応は同じ場所から。東に二十メートル。私を起点とした高さは同位置。ということは同じ階か……。鞄もウエストポーチも同じ場所に一カ所に纏められてたのは助かるわ」
目的地が決まれば行動あるのみだ。砦内の地図など持ってはいないが、なんとかホログラムが指し示す方向へ近づこうと歩いて行く。砦と言われるだけあって屋内は広い。湖畔のリゾートホテルくらいのイメージだ。部屋数も多く、廊下も途中で幾重にも分れているのは止めて欲しい。似たようなドアと内装が続くから、迷子になりそうで恐い。特に、この状況で誰かに見つかると面倒なことになる。
二・三分歩き進めて廊下の角を曲がると、ようやくホログラムが指し示している部屋を見つけた。
しかし……。
「うわっ」
すぐさま瑞穂は壁の角の後ろへと身体を引っ込ませた。
曲がり角の先で騎士と魔物が戦っていたのだ。
(この世界、案の定『魔物』までいるのねぇ。全く、やめて欲しいわ!)
トライディアにての第一村人ならぬ、第一魔物発見にげっそりしてしまう。魔物がいるということは、世界の危険度が格段に上がるのだ。
(出来れば楽に地球に戻りたかったんだけど……)
だんだんそうはいかなくなってきていると、受け入れるしかないかもしれない。
(それでもって、あれって、倉庫前での戦い跡を残した人と魔物かな。凄く激しくぶつかり合ってるけど、若干圧されて無い?大丈夫なの?)
オオカミを巨大化したような魔物は動きが素早く、剣で斬りかかってもすぐに避けられてしまう。
騎士の方も弱くはないが、いささか実践不足のように思える。
瑞穂の観察を余所に、彼らの戦いは続いている。ついには廊下の先の下り階段へなだれ込む。そして、階段の踊り場で魔物と揉み合い状態になってしまう。
(無視して逃げるのは、ちょっと気が退けるかも……)
目の前で生命の危機に立たされる人間を無視するほど薄情ではないつもりだ。
騎士は剣を横にして、魔物の両前足を受け止めている体勢になった。
――いつまで持つか分からない状況。
「……」
瑞穂は大きく息を吸い込んで、クラウチングスタートのポーズをとる。
「よーい、ドン!」
五十メートル走、七秒台という女子にしては速い記録を持つ俊足が唸る。
廊下に出現した少女に気づいた騎士は驚愕する。但し、つばぜり合いをしているから身体をそちらへ向けることが出来ない。
「き、君は!?どうやって出てきた!?くっ、いかん!下がってなさい!」
「……」
「お、おい!聞けー!」
(下がってろと言われて頷くなら、最初からしゃしゃり出て来ないってばっ)
瑞穂は無言のまま走り抜けた。
ちょっと中途半端なところで終わってしまいました(汗)次回はなるべく早く投稿したい……な……と思ってます(^^;)




