11、襲撃1
明け方頃、大きな爆発音が砦中に響き渡り、瑞穂は飛び起きた。
「地震?雷!?」
疲れが抜けきっていない身体のまま靴を履いて立ち上がる。地震ならまずは机の下に避難せねばと日本での習慣を実行しようとして、すぐにここが日本ではないことを思い出した。
(そうだここは日本じゃない。異世界だ。それに……夢で宝珠ティディと契約したんだった!と、とにかく外を確認しよう)
天井近くに一つだけある小さな窓から覗いてみることにしたが、背が足りなくて見ることが叶わない。ただ、砦からかなりの数の騎士達が外に出て、何かと戦っているようだ。土を踏みしめる音と重なる複数の剣撃の音が、この部屋まで響いてくるのがその証拠だ。
(何かと戦っているって、……誰と?)
――捕まえた盗賊達が反旗を翻したのだろうか?
いや、仮にも騎士の砦である。普通の盗賊相手ならそんな失態を起こすはずがない。
(普通じゃないなら?)
「やめやめ!彼らの事情なんて、私は関係ないじゃない」
自分に言い聞かせながら、しばらく小窓を睨んでいたが、不意に魔力が束になって紡がれた帯が視えた。それは天井から斜めに小窓を通って外へ流れている。
「これは『帯状通信術』……!また古いモンを使ってるわねぇ」
帯状通信術とは術者同士が双方でメッセージをやりとりする手段として用いられる。
使い方はこうだ。
発信者が独自の魔力を束にして帯状にまとめ、やりとりする者へと届ける。その帯には伝えたいメッセージが刻まれている。メッセージを受け取りたい魔術士は魔力の帯に手を当てて、受信呪文を使い、言葉を読み取るというわけだ。しかし、これなら一般人には分からないし、重宝出来そうな魔術なのだが、いかんせん数々の欠陥があった。
帯状通信術は非常にデリケートな術で、元来精度を高くして使いこなせる者がいない。魔力の精合が低いと可視化された色つきの透明の帯として、魔術士ならほぼ誰にでも認識できるレベルで見えてしまう。通信行為がバレやすいのは機密性を考えるならよろしくないことだろう。
「例えば、こんなふうにね」
帯状の魔力の束はまるでマラソンのゴールテープのような要領で存在していた。瑞穂は容赦なくそのテープを掴んでやった。そして、受信の呪文を唱えてやる。
トライディアの術と自分の術が合うか不安だったが、魔力の質をトライディアの色に近づけたこともあってかちゃんと反応してくれた。
次第に術によって解読され、頭の中にメッセージが流れ込んでくる。
「ちょっと!せめて内容の方くらい、暗号化しようよ。私、突破のしがいが無いじゃない!」
(何度も言うけど情報セキュリティ教育大事!小学生からやらせるべき。コレ絶対!)
というわけで、まさに情報がダダ漏れの状態であった。
瑞穂の前世世界ではメッセージを暗号化したり、知らない言語に設定したりと対策は成されたりもして術の改良が図られたが、いつも最後にはハッキングされてしまっていた。その為、大昔に主要通信手段としては欄外扱いされていたのである。
だが、目の前の魔力の帯はそんな工夫一つ成されていない、ただこの世界の言語を刻んだままの素の姿が晒されている。これには瑞穂もがっかりである。これまでの流れで薄々勘づいてはいたが、どうやらトライディアという世界での魔術レベルは、瑞穂の前世世界と比べると幾分か劣るようだ。
(今は苦労しなくて良い分、ラッキーと思うべきかな)
魔力の帯に触るとそれなりに魔術に長けた術士であれば、簡単に傍受できる。
これぞまさしく帯状通信術が廃れた根本的原因である。瑞穂の昔の仲間内では揶揄して"糸電話"とさえ言われていた悲しき魔術……。まだ運用されている世界があったなんて、なんだか感動すら覚えてしまう。
ちなみに現代地球ではその使用効率の悪さに、すぐに電子機器でのやり取りか、別の術へとシフトされてしまっている。
『――"目的の物"は手に入れた。あとはアジトに戻って検分する』
『――"物"を安全に運び出すまで、退却の時間稼ぎをしてくれ。時間を見計らって合図を出す』
魔力の帯に刻まれたメッセージはこのようなものだった。
(砦にある何かに目を付けた奴が盗みに入った、という感じかしらね)
騎士団にはご愁傷さまと言いたいが、瑞穂本人に直接関わる事件では無さそうだ。
(さて……どうする?)
そうだ、と思い瑞穂は胸元に隠してあった魔術士協会カードを引き抜いた。
魔術士協会カードには名前、ランクの他にもメンバー登録情報が記載されている。なんとICチップまで付いていて、専用機械にかざせばより詳しい情報を閲覧することも可能だ。実に近代化の波は魔術世界にも及んでいるというわけだ。
瑞穂が注目したのはカードに記載されている『魔力値』である。RPGでいうところのMPに該当するものだ。その数値が大きければ大きいほど魔力量が多く、様々な高位魔術を使えるという判断材料になっている。本人の成長があれば、魔術的仕掛けのあるこのカードは反応して値が更新されていく仕組みである。
魔術士ランクC(底辺)である瑞穂は当然の如く、魔力量も少なく表記されていた。
「確か以前は3だったはずだけど……おお!?」
瑞穂は驚愕し、目を見開く。
魔力値:3→12に更新されていた。
「ほんっとに少しだけどアップしてるううううっ」
胡散臭いティディ(宝珠)との契約の効果が示された形だ。宝珠自体が未完成で少ししか魔力が得られないとは聞いていたので、こんなものだろう。高望みはすまい、と瑞穂は思った。
(それに宝珠の完成度を高めることに協力すれば、魔力の供給も増えるかもしれないし。悲観する必要はないよね)
魔力量が10以上になれば、術符を使うだけでなく、自らいきなり魔術を放っても効果が期待できる。
今の今までが一桁の魔力量だったので、この変化だけでも感涙ものだ。
(12ということは、おおよそまともな『炎の矢』の術を一発は放てる。炎の矢の魔力の標準消費量は確か10だもの。さらに効力を押さえれば二発、目くらまし程度で使えるわね。手持ちの術符と組み合わせれば弾数が増えるし、この混乱に乗じて逃げることは可能だと思う)
「もう少し様子見したいとは思っていたけど、逃げ出すなら今が好機なんだよね。どうしよっか」
聞こえてくる喧噪から殺伐とした状況が伝わってくる。じきにこの部屋にも被害が及ぶかもしれない。
そう考えると、あまり悠長に考えている時間はなさそうだ。
……。
…………。
………………。
「よし!前言撤回、とんずらしよう!!」
瑞穂はとびきりの笑顔で決意した。