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反☆ケモナーの心得  作者: 夏澄
飼育編
9/35

07正しい接し方を学んでみる

 神殿には代々伝わる「天空の乙女への対処法」を記した記録が残っているらしい。

 私がそれを知ることになったのは、「がっかりウサ耳おじさん、温泉と勘違いして足湯を紹介する」事案に対して文句を唱えたことに端を発する。


「確かに記録を遡ると乙女は湯を好むと書いてあったのですが……」

「湯は好きだよ。でも深さと広さが全然足りなかったの。っていうか記録って何?」


 こんな会話から始まって、私はウサ耳おじさんに神殿に伝わる乙女の対処法を記した書物を紹介されたのである。


『初めに。ひとり異界に呼ばれたこともあり、乙女は精神的に脆弱になっていることを肝に銘じなければならない。貴賓以上の扱いを心がけるよう注意されたし。乙女の心が世界を救うことは明確な事実であり、何人もこれを害してはならない――』


 うん、うん。まぁ、言いたいことは分かる。しごくまともな文章だ。

 題名が『天空の乙女との正しい接し方』でなければね。なんなの、そのふざけたネーミングは。


『乙女は甘味を好む性質がある。ただし、ひがな一日与えてはならない。食事は三食規則正しく取らせること』


『室内にばかりいては体力が落ちてしまうので、散歩などをしてほどよく運動させること。肥満傾向に陥ると病気にかかりやすくなるため、気をつけること』


『夜は早く寝かせ、朝も決まった時間に起こすこと。不規則な生活は肌を荒れさせるもとになるので注意されたし』


 ……うん? 神殿に代々残すほどの記録か、これ?

 しごく真っ当というか、言われなくても分かるでしょという注意事項の羅列に頭を抱えたくなる。

「ねぇ、もうちょっとまともな記述はないの」

 ここまで聞かせておいて、正しく健康的な生活を送りましょう以外に重要な事項がまったく見当たらないんだけど。


「えぇ、もちろんありますよ。最初に乙女を呼んだ瞬間にすべきことなどは特に重要でして――」


 曰く――、

「乙女を召喚した際には、見目の良い者を傍に置いておくこと。警戒心が薄れるとあります。我々の説得を開始するにあたって気持ちを静めていただくことは大切なことですから。神殿の方でも、乙女に気に入られるよう多数の者を用意させていただいておったのですが……」

 ちらりと目を上げるウサ耳おじさんは私を見て、それからヴェイグを見た。

 あー、まぁ仕方ないよね。私、アレルギー持ちだし。

 いくら見た目が良くっても、ふわふわもこもこの時点でアウトだし。そもそもあの場にどんな顔がいたかなんて全然記憶にない。

 色んな耳があったことは覚えているんだけど。正直、あの場にいたと確かに言えるのはウサ耳おじさんとヴェイグくらいのものだ。


 そんなことより、見た目の良いのばっかり侍らせて喜んでいたのか。これまでの乙女は……。

 とあるジャンルではケモ耳属性のイケメンパラダイスは好まれるらしいけど、私にそういう趣向はないしなぁ。

 ふわふわもこもこに迫られても恐怖でしかない。――なんか最初の召喚場所でのふわもこ集団を思い出したらかゆくなってきた。かいかい。

「乙女に選ばれた者は傍仕えとして常に数人が侍るものなのですけどね」

 ウサ耳おじさんが言うには、乙女は普通は五から七人の傍仕えで身を固めていたらしい。それもほぼ男性ばかり。

 歴代の乙女たちよ……、異世界まで来て何をやっているの。


 ふとオタク趣味のある我が友りこちゃんの顔が思い出される。

『ケモ耳わっほぉい。ことちゃん、なんで動物アレルギーなの。本当に残念な子だよねぇ』

 こういうこと、りこちゃんならすごく言いそうだ。

 ――ワンコ属性じゃないからという理由で告白してきた男子をふったきみに言われたくはないよ。りこちゃんがこの状況に置かれたら……、はあはあ息をはずませながら喜びそうだ。こういう設定は有り、……なのか?


 自分の身に置き換えてみれば「ないわぁ」という光景に「ふうん」と適当に相槌を打っていたら、ウサ耳おじさんが瞳をきらきらとさせてこちらを見てきた。

「そういうわけでして、如何ですかな乙女。この機会に傍仕えを増やされては」

「えぇ、いらない」

 相変わらず私のアレルギー事情を理解していない様子のウサ耳おじさんに即答で返事をする。――このおじさんの脳みそにはマジで嫌悪感しかないわぁ。私を殺す気か。

「そのようなことをおっしゃらず、ヴェイグひとりでは何かと支障が出ますでしょうに」

「いや、別に」

 むしろ至れりつくせりだけど。

 あぁ、でもセクハラ静止要因ならひとりくらいいてもいいけど。でもそれがケモ耳になるのならもっての他だ。


「乙女に忠実につき従うイヌ耳はどうです? 他にも剣の腕の立つオオカミやトラ耳など、深夜の番にはうってつけの者もおりますよ。私の遠縁にもよく気の付くウサギがおりまして」

「ないない」

 ウサ耳おじさんの提案はことごとく却下だ。

 だって、全部ふわふわもこもこ属性のケモ耳じゃん。毛のないのはいないのか。

「ですが乙女」

「うるさい。忠実につき従うのも(うっとうしいくらいだけど)、剣の腕が立って深夜の番をするのも(たまに室内まで入ってきているみたいだけど)、よく気の付く世話をするのも(セクハラ込みだけど)ヴェイグひとりでできてるし。これ以上何を増やせっていうの」


 よくよく考えてみると、ヴェイグってかなり万能なんだよね。

 乙女信仰が強すぎてうざいという反面はあれ、考えてみれば彼ひとりで十分なのだ。

 美味しい料理も食べさせてもらえるし、服もいつも可愛らしいものを選んでくるし、たいてい私が欲しかったりやりかったりすることはさせてもらえるし。


「私はヴェイグがいればそれでいいから。はい、この話はおしまい」


 このまま話を続行させていると、傍仕え候補たちと面談させられそうだ。

 空気を読まないウサ耳おじさんなら強行してきそうなので、ここははっきりと断っておく。訪問販売と怪しい勧誘は確実に断りましょう。我が母の教育のたまものである。

 私の断定にウサ耳おじさんは肩をしゅんと丸めて部屋を出て行った。


「ジルベルト様は気の良い方なのですけどね、周囲から色々とせっつかれているようで」


 換気のために窓を開けていくヴェイグがそう言い放つ。

「ふうん、偉い立場の人は色々と大変なんだね」

 同情はしないけど。だって動物アレルギー持ちの私を呼んだのは神殿の責任だ。

 暢気な世界に見えて、各所での権力闘争はあるのか。あー、面倒くさそう。でも私には関係ないし、興味もないし。


「雨が降ってきそうですね……」


 窓を開ける手を止めてヴェイグが空を見上げる。

 その横に移動して私も一緒に見上げると、確かに空は雲ってきていて今にも雨が降り出しそうに見えた。


「コトハ様、記録の一説にはこんなことが書かれてあるんですよ。――乙女は時に会えなくなった家族や愛する存在を思って心を塞ぐだろう。そういった場合、乙女には心から尽くすことが必要である。愛情を持って接することで心は開かれる。そうする場合、この世界のためにではなく、愛すべき乙女のためにすることと胸に念じよ――」


 ヴェイグの手が伸びてきて私の髪を梳く。

 触れる指先が私の丸い耳をなぞって離れていく。


「きっと、それを記した者は乙女のことが大好きだったんでしょうね」


 自分もだと言いたげな視線が降ってくる。そうだよね、ヴェイグは天空の乙女が大好きだもんね。思うと、ちょっと――むかっとした。


 ――もし私が乙女じゃなかったら、ケモ耳を持ったこの世界の住人だったら……、アホらし。考えるだけバカを見そうだ。


 とにかく理解はした。これだけ「愛情を持って接してますよ」という態度をヴェイグが取るのは、その一説があるためなのだと。

 神殿に残された記録やうやうやしい態度を崩さないウサ耳おじさんを見るに、乙女はとにかく大切に扱わなければならないものだったのだろうと分かる。

 だから乙女たちは愛を与えてくれる人たちをたくさん侍らせせられるようになっているのだ。郷愁を感じなくていいように。心に不調をきたさないように。


「大切にします。あちらの世界を懐かしく思って寂しくなるときもあるだろうけど、俺がその分貴女を大切にしますから。貴女は俺の元に来てくれたから――」


 切なげな表情は心に訴えかけてくるものがある。彼が心を尽くしてそう言ってくれているのがひしひしと伝わってくる。

 ヴェイグの元に来たというか、正確にはウサ耳おじさんを筆頭とする神殿のおバカさんたちが呼んだから私はここにいるわけであって、アレルギー持ちだから傍に置いておけるのがヴェイグしかいなかったというのが真実だよ、というつっこみどころはあるけれど。

 言葉を差し挟む余地も見当たらず、私は恥ずかしかゆい台詞オンパレードなヴェイグの告白を「あぁ、聞き流したぁい」と思いながら耳に入れていた。

 ヴェイグの私への評価は乙女フィルターを通しているからかかなり過剰なのだ。かゆい、かゆい。


「俺の心すべてで貴女を満たしたい。残してきた家族や、……貴女が愛しいと思うカズマの分も」


 ふんふん。あー、父さんたち今頃何してるのかなぁ。週末はすき焼きとか言ってたけど、もう食べちゃったんだろうなぁ。数馬も、あいつ何やってんだろ。私がいなくて羽を伸ばしているのかな。……で、数馬? 愛しいって、何それ?

「……はあ?」

 何故、ここで数馬の名前があがる。

 いや、好きか嫌いかで分けるなら好きだよ。弟だし。でも愛とか言われてもしっくりこないんだけど。あいつ最近生意気だし。


「カズマはコトハ様の愛する者なのでは?」

「なにその気持ち悪い解釈は」

「えっ……、でもよくコトハ様の口から耳にしますが」

 かつてここまでヴェイグがうろたえたことがあっただろうか。

「えっと、あれ? 違うの……ですか? あれだけカズマ、カズマと言っておいて」

 常に余裕を崩さず、怒り心頭であっても冷静さを残していた彼は、今にきて思いっきりうろたえていた。その硬いうろこ耳までせわしなくぴこぴこと動いて焦りを表現している。


「私に近親相姦しろって言うの? 数馬は私のなけなしのお小遣いで買ったプリンを平気で食べて、あげくの果てにデブとかのたまうバカズマなのよ。年下のくせに姉に逆らうようなすんごい生意気な弟なんだから」


 べぇっと舌を出す数馬の顔が思い浮かんで、まだプリンを勝手に食べたお仕置きをできていなかったことが悔やまれる。

 とび蹴りがいいか、コークスクリューパンチがいいか、ここは連続技で寝技に持ち込んで四の字固めが無難だろうか……。


 腕を組んで悩んでいると、ヴェイグが力が抜けたように床に座り込んだ。――どうしたの。気分でも悪くなったかい?

「はあぁぁぁっ……」

 様子を伺おうとしゃがんだけど、重たい溜め息が鳴って身を固めてしまう。あれ? 私、また何か変なスイッチ押しちゃった?


「コトハ様、抱っこを要求します」


 やっぱり何か変なスイッチ入ってるぅぅ!

 逃げの体勢に入った瞬間、捕まる腰。お腹に顔をうずめるのはやめて。腹肉がやばい。

 これ以上の暴走はいけないので、どうどうとなだめるように頭を撫でる。

 ヴェイグのうろこ耳が依然しゅんと項垂れているままなのを確認して、そっと頭を抱き寄せた。今はこれ以上のことはされないだろう。


「……怯えていないで、もっと早く聞いておけばよかった」


 私のお腹に顔をうずめたまま言うのですごくくすぐったい。うひょう、と声をあげそうになるのを我慢して体勢をキープする。お腹にちょっと力を入れて引っ込めるのは、なけなしのプライドがあったためだ。デブとは言わせないよ。


 いい加減、腹筋がぷるぷる震えてきたところでようやく離される。ふぅ、やばかった。

 だが今度は両方の手を捕まえられて、そばにいることを強要される。

 ちゅうちゅうと額に当てられる唇はまるで動物が甘えてくるようだった。くすぐったくはあるけれど、恥ずかしさはあまり沸いてこなかった。


「これからも俺をそばに置いてくださいね」

 許可しなくても勝手にそばにいるくせに。そう思うも、まあいいかと「うん、いいよ」と頷いておく。

「これからも他の者は置きませんからね」

 これもまあそうするしかないからなぁと「うん、分かった」と答えておく。

 そこから始まる「これからも」に返事をするのも面倒になって頷きマシーンと化す。

 確認させられることはヴェイグが選んだ服を着て靴を履くということだったり、お出かけするときは一緒にということだったり、寝付くまでそばにいて、目が覚めるときも一番に見るのはヴェイグの顔であることだったり、――と、これまで甲斐甲斐しく世話をされてきた内容の復唱みたいなものだった。

 だって、どうせ私に拒否権はないし。逐一そんなのいらないと言ったところで、これまでもずっとヴェイグは押し切って実行してきたのだ。

 ここまで頑なだと、やりたければ勝手にどうぞという気持ちになっても仕方ないだろう。


「これからも俺の唯一であってくださいね」


 そして締めくくりのように言われた確認事項。

 頷きマシーンと化していた私は、ここでかくんと動きを止めた。

 私が乙女である限り、彼にとっての唯一は私なのだろう。――私の価値って……何だ?

 どうしても頷きがたくて表情を固める私に再度ヴェイグが眉をしかめる。怒っているのか。素直に頷かない私に。――でも頷けないんだもん。

 いくらヴェイグの瞳がドラゴン化したって、私にも譲れない部分があるのだ。


「コトハ様の唯一は俺だけですよね」


 断定かよ。

 でもさっきの質問よりはずっとマシな気がする。

 捕まって自由にならない手がもどかしい。おずおずと見上げると、ヴェイグの瞳が「早く肯定しろ」とせっついてくる。このまま肯定しなければ食べてしまうぞとでも言うようだった。


「コトハ様には俺だけですよね」


 念押ししてくるのがヴェイグのしつこさを物語っている。

 ――食べたいのならどうぞ。

 投げやりな気持ちでそう思う。この訳の分からないぐるぐるとしたものまで全部喰らってくれたらいいのに。

 これは頷くまで繰り返すな。思って私は頷く代わりに返答した。

「そうかもね」

 動けない手はそのままに、私は体を前に倒してヴェイグの胸に顔を付けた。

 こうして自発的にヴェイグに身を寄せたのは、召喚されたとき以来のことかもしれない。


 すぐさま反応して抱き返してくるかと思ったけれど、ヴェイグは私の手を捕まえたまま動く気配を見せなかった。

 しばらく待ってから顔を上げると、ドラゴン化した瞳を大きく広げたままヴェイグは石となって固まっていた。

 試しに手を動かしてみると、すんなりと解くことができた。よかった。


 目の前で手をひらひらと振ってもヴェイグが反応しないので、仕方無しに私は謁見室を出て、自分の部屋へと戻ることにした。

 神殿内は広くてまだあまり道を覚えていないけれど、部屋と謁見室との行き来くらいはひとりでも平気だ。

「アイス食べたいなぁ」

 初夏を迎える窓の外を見てそう呟いた。




 ――正気に戻ったらしいヴェイグが乱暴に扉を開けて、「コトハ様、食べてもいいですか!」とおかしなこと言い出し、即効で「何言ってんの」と否定するのはそれから一時間後のことになる。




……口に出ていた。

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