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反☆ケモナーの心得  作者: 夏澄
飼育編
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幕間~マウィの証言2

 どうも、マウィです。

 先日、アイロン場で憧れのヴェイグ様と言葉を交わしてからこちら、ずっとアイロン場を担当させていただいています。


 文句? いえ、そのようなものあるはずがないですよ。ははっ。ちょっと篭っているとアイロンの暑さで汗が引かないとか喉が渇くとかはありますけど、そんなものです。普通に働いていても同じことですから。

 えっ、汗を舐めてあげようかですか。それは衛生上どうかと……。あの、飲み物を口移しでとか結構ですから。お断りの方向でお願いします。意味が分かりません。熱でもあるのではないですか? 医務室ならあちらですよ。


 ほぼ毎日、ヴェイグ様はアイロン場へいらっしゃいます。

 最初の一回はアイロン指導ということで時間がかかった分体への負担がありましたが、あれからは滞在時間がごくわずかですので、二言三言交わせばさようならとなっています。

 魔力酔いで少しふらついたりすることもありますが、いつもタイミング良くナージャ様が現れて治療していただけるのですぐに元通りです。

 きちんと人目を憚って物陰でしていただくので、変な噂も立っていないようでほっとしているところです。


 ああ、でもぶっ倒れることもなくあのご尊顔を毎日拝見できるとは、なんて素晴らしい職場でしょうか。いましばらくはアイロン場は私の天職ですよ! ふふっ。……あの、何ですか。何で睨まれないといけないのですか。


 二言三言でも、言葉を交わせば乙女とヴェイグ様の情報も詰みあがっていくというもの。貴重な情報は私の手の内に! などと言ってみますが、そんな機密情報なんてありませんけどね。

 でも、仲睦まじいお二人のご様子に少しでも触れられることはとても幸せなことです。えへへ。


 この間は、お二人でテンモヤン山脈の一角にある温泉へ出かけられたのですって。ジルベルト様ご推薦ということで。

 あれ? でもあそこにある温泉って、精々足湯程度しかないのではなかったかしら。大きな原泉が噴出す場所もあるにはありますが、高温すぎてとてもじゃないですが入ることなんて――。

 え、やたらと詳しいな、ですか? えぇ、あそこに住んでいる土モグラに友人がいるのです。自慢じゃないですが私、こう見えて友人は多いのですよ。

 幼い頃は旅行好きな両親に連れられてあちこちに出かけたものです。そこで出会った同じ年頃の子たちと今でも文通しているのです。たくさんいるのですよ。えっへん。


 えっ、その文通仲間に加えろ、ですか? えー、でも近くにいる方と文通って、何の意義があるのですか。

 ちょっと、そんなに落ち込まなくても……。

 近くにいられるなら直接言葉を交わせば良いではないですか。言葉に出して気持ちを通じ合える相手が傍にいるって大切なことですよ。……うわっ、回復早っ。


 そうだ。聞いてくださいよ。

 実はですね、あの日お出かけになられた乙女が履いていたブーツ、あれ私の推薦品なのですよ!

 ヴェイグ様に製作者のこだわりの見えるデザインの可愛らしいものはないかと聞かれてお勧めしたのです。


 これまた私の文通相手なのですけどね、主に靴や鞄を製作しているリスたちの村がありまして。その村からつい先日王都に出展した者がいるのです。村のみんなが作ったものを卸して専属的に売る店なのですけどね。

 あそこの靴は上流向けということで履くのにコツがいりますが、その分すごく洗練されていて素敵なのですよ。

 あそこまでの品は私のお給料では手が届きませんが、格安で仕事用の靴を誂えてもらっているのです。気持ちよく働くには丈夫な足が必要ですからね。多少値は張っても良いものを履きたいではないですか。

 ふふっ。ご紹介したら随分気に入ってくださったようで、ブーツを何点か購入していただいたようなのです。友人としても鼻が高いですよ。

 そのことも含めてシマリスの友人には手紙を書いたので、返信が楽しみです。


 ヴェイグ様ったら、お出かけの翌日はすごく楽しかったと報告してくださったのですよ。

 珍しくお顔がにまにまとされていて、こちらまでほっこりとした気持ちになったものです。


 次はドレスを購入されたいと言われていましたね。しかも私のお勧めで良いからどこか良い店はないか、ですって。きゃあ、私がお勧めしてヴェイグ様が購入したドレスを乙女に着ていただけるなんて、なんて至福!

 これは是非良い店を紹介しなくては!!

 でも、ちょっと注文が難しいのですよね。年頃の娘が着るようなもので、華やか過ぎずかといって貧相でなく可憐で愛らしいもの、ですって。しかも一人で脱ぎ着するには難しい方が無難、とか……。

 乙女の身の回りは男性であるヴェイグ様しかいないので、できれば着易いものの方が良いのではないかと思うのですが……。


「背中の胡桃ボタンが小さくてたくさんあるほど素晴らしい、とかおっしゃってましたけど。確かにデザインとしては可愛らしいでしょうが、背中留めが難しいのってどうなのでしょうね……」


 それとも最近ではそういったデザインが男性の間では人気となっているのでしょうか。周りにいるのが使用人服ばかりの私では、流行の先端を行くということは無理ですからね。幾分遅れてしまうのは仕方のないことです。

 それに王宮ならいざ知らず、ここは神殿ですからね。基本的にみんな質素堅実なものですから――。


「うーん、きみは一生その意味を理解できない方が良いかもね」


 丁度三時の休憩に現れたナージャ様にクッキーをお出ししつつ話を聞いてもらっていたところです。

 ヴェイグ様のこだわりの意味を同じ男性であるナージャ様に聞こうとしたのですが、すげなく返されてしまいました。

 これはまた私の頭が弱いのだとバカにされているのでしょうか。

 ナージャ様が答えてくれないのなら、他に誰に聞けば良いでしょう。ここまでバカにされると逆に答えが気になってしまいます。


 神殿には男性の使用人も数多くいますから、そのうちの誰かに尋ねてみようかしら。

 女性神官の身の回りの世話をしているヒツジのヨークなら、ヴェイグ様と立ち位置が近いから分かるかしら――。


「言っておくけど、ボク以外の男に同じことを尋ねてはいけないよ」

「どうしていけないのですか?」


 訳が分からなくて首を傾げます。私はただ、女性と男性では服へのこだわりが違うのかしらと思っただけなのに。一般的な意見を多く集めるほど平均値が測りやすいはずですよ。

 クッキーと一緒に出していたお茶に口をつけてナージャ様が剣呑な光を放ちます。


「教えて良いのなら教えてあげないでもないけど……。でも、いいの? 実地で教えることになるけど」


 何故でしょう。背中の冷や汗が止まりません。

 見かけが子供の容姿であるせいでついつい気安く話しかけてしまいますが、ナージャ様は時折こういった年齢相応の顔つきになります。正直、怖いです。


「あ、あの、結構です。流行のことでしたらシマリスの友人に尋ねますから。えぇ、あの子ならきっと流行のこともすごく詳しいですから! えぇ、それはもうすごくです!!」


「……っ。ふぅん、それは残念。必要ならいつでもどこでも教えてあげるから、ボクのところに来たら良いよ」


 ちょっと、今の。最初の間合いで舌打ちしましたよねっ。ナージャ様のベビーフェイスで舌打ちって地味に胸に痛いんですからね。やめてくださいよ。


「くれぐれもボク以外のところへ行ってはいけないよ?」


 可愛らしいお顔で小首をかしげていますけどね、瞳の奥が笑っていませんよっ。

 鈍い私でも分かりますよ。それは捕食者の瞳ですよね!? それを破ったらとんでもない仕置きが待っているのではないですか!? 絶対、もうすでに仕置きの仕方は決定していますよね。ひぃぃぃっ。


 この日、私は自分の就業時間を終えるとすぐさまシマリスの友人に手紙を書きました。速達で。


 もう捕食者の瞳で睨まれるのは嫌ですから――。





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