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反☆ケモナーの心得  作者: 夏澄
飼育編
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幕間~マウィの証言1

 どうもマウィです。

 神殿に使えて早三年。まさか私が働いている時代に『天空の乙女』をお迎えできることになろうとは、夢にも思っていませんでした。


 乙女を迎えるのは前回から数えても百年ぶりのことになります。

 以前はもっと頻繁にあったそうですよ。数十年単位とか。

 乙女が迎えられる年月は代々間遠になっているそうです。魔導師のナージャ様が仰ってました。理由は私の拙い頭ではよく分かりません。色々と小難しい背景があるのだそうです。


 ナージャ様は神獣レベルとまではいきませんが、魔力の強いネコマタの家系のお生まれのサラブレッドです。エリートです。時々意地悪をされますが、基本的にお優しいお方です。

 貴族のお嬢様方からは下賤と言われるコマネズミの私にも気兼ねなく話しかけてくださる立派な方です。

 幼い見かけに反した毒舌がきついと評判ですが、その心根は貴族平民関係なく平等でいらっしゃいます。

 ネコマタの家系は成長が遅めなのが特徴です。私より三つばかり歳が上らしいですが、見かけで言えば十三か十四歳くらいです。背の低さを気にされているようで、私に向かってしょっちゅう突っかかってくるという鬱陶しい、いえ可愛らしい一面も持ち合わせていたりします。

 ――私だってコマネズミなのでそんなに普通より背が高いわけでもないのに、しつこいったら……。ごめんなさい、そんなこと思っていません。許してください。


 まあ、それは置いておいて……。

 せっかく迎えた乙女ですが、残念なことに近くでお目にかかれたことはありません。

 なにやら「あれるぎぃ」なる病をお持ちだということで、毛の有る者は遠ざけられているのです。


 神殿に勤めている者はほとんどが毛のある獣人です。

 残念ながらコマネズミである私も短いながらも毛のある獣人なので、乙女には近づくことができません。

 遠目で見かけた限り、小柄で可愛らしい感じの方でした。守ってさしあげたくなる感じでした。はあ、できれば一度くらい間近で拝見できたらなぁ――。


「死にたくなければ近づかないことだね」


 ナージャ様のお言葉です。「きみの拙いオツムでもここまで言えば分かるだろう」とも言われました。

 うっかりミスの多い私が間違って乙女の前に出ないようとの配慮なのでしょう。――思い出して涙が滲んでしまうのは何故なのでしょうね。はっきりと「バカだから」と言われていないだけマシなのでしょうか。


 そう。うっかり近づいてしまうと死を賜ってしまうかもしれない理由――、それは乙女をお守りしている方に起因します。


 ドラゴン属のヴェイグ様。


 孤高のドラゴン。冷血のドラゴン。みんな色々と二つ名を付けて呼んでいます。

 因みに私が付けている二つ名は崇高なるドラゴン、です。

 ヴェイグ様は実は私の憧れの方なのです。

 漆黒の髪、緑がかった金の瞳、整った美麗なお顔は滅多に表情を変えることはありませんが、冷徹に見える中にも炎を宿した素敵な方です。――ただし、観賞用。


 ――絶賛観賞用物件……なのです。


 だって近づくことができないのですよ!

 ドラゴン属は元々の魔力が一般の獣人とはスペックが違いすぎるのです。傍にい続けると魔力にあてられてしまうのです。魔力酔いどころか失神ものです。

 できることなら、私だってお近づきになりたい! 麗しいあの方と言葉を交わしたいです!!

 でもコマネズミの私は基本的に持っている魔力が微弱で、脆弱で、弱々なのです……。あぁ、なんてこと。

 そんなヴェイグ様が乙女の傍仕えとして付いているのです。滅多なことで近づけるものではありません。何せドラゴンは最強種ですから。乙女の身の回りの警護はヴェイグ様おひとりで十分すぎるほどに、そう万全です。


 平気で近づけるジルベルト様が羨ましい……。

 のほほんとしていて日和見万歳なおじ様といった風体ですが、ジルベルト様はあれでいてただのウサ耳ではないのです。一角ウサギという特別なウサギなのですって。額の付け根を触ると小さな角があるらしいですよ。触れると恋のご利益があるとかないとか囁かれています……。

 それで恋が成就するなら簡単ですよね。神殿内はカップルだらけになっているはずです。実際はそんなことないですけど。

 あのおじ様、いえジルベルト様ったらしょっちゅう鼻息荒いお姉様方に「角に触らせてください」って囲まれているんですよ。「はうあぁっ」という桃色吐息の叫び声がよく聞こえてきます。――正直またかと思うのですが、恋に夢中な女性は必死ということですね……。


 ジルベルト様は長時間ヴェイグ様のお傍にいても何ともないらしいです。別の意味でぷるぷると震えることはあるらしいですが。


 部屋のお掃除くらいならただの使用人の私でもお傍に寄れるチャンスがあるかも、なんて思っていましたが、すべてヴェイグ様がなさっているようで叶いません。とても残念です。

 あんなに可愛らしい方のお世話の一端が担えたら幸せですのに。しかも崇高なるドラゴンであるヴェイグ様とセットとか。最高ですね!

 乙女にもヴェイグ様にも近づけない状態が続いていたのですけどね、ふふっ、でもですね、そんな私の人生において重大な事件が起こったのですよ!


 なな、なんと! あのヴェイグ様がアイロン場にいらっしゃったのです!! しかも丁度私がアイロン当番の時間に!!

 はぅぅっ。ご尊顔と魔力が眩しすぎてぶっ倒れるかと思いました。なんとか堪えましたけど。


「仕事中にすまない。アイロンの仕方を教えてほしいのだが」


 手に洗い立てのハンカチを何枚も握り締めつつ低い綺麗な声で言われたとき、涙が滲んでしまったのは恐怖のためではありませんよっ。初めてお声を聞いた感動で涙したのです。

 怖がらせてすまない、と言われていましたが誤解ですから! 鼻血を拭きそうなのを堪えていたのですよ。「美低音ボイス最高!!」なんて叫んだりはしていませんよ。


 我に返ったときは、私の他に二人いたアイロン場の担当者たちは用事があると出ていった後でした。急な用事って何なの。この後は休憩だったでしょうが。職務放棄はいけませんよ。

 そんな訳でしたので、ヴェイグ様のお相手を十七歳・神殿勤続三年目の中堅使用人の私がすることになったのです。


 アイロンくらいこちらでしますと言ったのですが、乙女専属のハンカチだったそうで、万一毛が混ざってはいけないからとヴェイグ様自らアイロンをあてると断られました。

 ヴェイグ様は私の指示通りに綺麗にハンカチにアイロンをあてられました。

 たかがハンカチと言うことなかれ。上流の方がお使いになるハンカチって、薄手である分扱いに気をつけないといけないのですよ。

 でも流石と言うべきか、ヴェイグ様は大変手際が良い方でした。良すぎて、私の指示なんて必要なかったのではとは思いましたけど。でも言葉を交わせたことが重要なのですよね。


「ヴェイグ様が自らアイロンをおあてになったと聞いたら、乙女はきっと喜ばれますね」

「そうかな……」


 感動で震える声が出てしまっていたのですが、勇気を出して私は顔をあげましたよ。それまで恐れ多くて顔を見ることができませんでしたので。すごく頑張りました。

 そのときにですね、なんと私見てしまったのですよ! あの無表情が鉄則のヴェイグ様が微笑まれるのを。天上の笑みとはああいう表情を言うのでしょうね。あんなに柔らかな表情をされるヴェイグ様は見たことがありません。はうう、素敵でした。……失礼、よだれが。


 ありがとう、とかけられた言葉がまだ耳に残っていますよ。音の永久保存ができる魔法があれば良いのに。誰か開発してくれないでしょうか。

 また来るとも言われていましたね。そのときは誰がお相手するのでしょうか。羨ましい限りです。

 できるなら毎回私が担当させていただきたいところですね……、あれ? どうしてでしょう。いえ、先ほど頂いた勤務割なのですけど、明日からの私の担当場所にやたらとアイロン場が増えているのですが。しかも私ひとりとか……。おかしいですね。あとで上の者に確認しなければ。


「……はいはい。勤務割のことはもういいから。どう? 魔力酔いは良くなってきた?」


 ふわりと額に置かれる手が冷たくて心地良さを伝えてきます。

 ヴェイグ様が立ち去るまで頑張って耐えていましたが、結局あの後すぐに私は強い魔力にあてられて倒れてしまったのです。

 ナージャ様や他の魔導師様などはきっちりと魔力を抑え込んでいるので大丈夫なのですが、ドラゴンともなると漏れ出る魔力が半端なものじゃないのだそうで。

 魔力耐性のある者なら、あれくらいの接触では倒れることはないのでしょうね。耐性のない者は無意識のうちに漏れ出る魔力を取り込んでしまうため、体調の不良を招いてしまうのです。あぁ、情けないなぁ。


 連絡を受けてすぐに駆けつけてくださったナージャ様が私の体内に溜まった魔力を吸いだしてくださったので、事なきを得ましたが。でもしばらくはベッドから立ち上がれそうにありませんよ。


「ナージャ様、ありがとうございました。助けていただいたうえ、妙なテンションになった私のお話まで聞いてくださって」


 萌え語りって、いったん始めると止められないのですよね。しかも相手が聞いてくれていると思うとなおさらです。

 倒れてしまいましたが、今日は本当に良い日でした。脳裏にこびりついたヴェイグ様の姿に勝手に頬が熱くなります。


「でも本当にヴェイグ様は思っていた以上に素敵な方でした……」


 神殿にお迎えできた乙女をヴェイグ様自身も大切に想っていることが伝わってくるあの笑みは、とても素晴らしいものでした。孤高でどこか寂しそうないつもの表情よりもずっと。眼福でした。ごちそうさまです。


「もう黙って。まだ顔が赤いよ。もう少し吸っておこうか」


 私の言葉を遮るようにナージャ様の顔が降ってきます。

 唇を合わせると、すぅっと体内の魔力が消えていくのを感じました。

 今まで知らなかったのですが、魔力酔いの対処方法って唇同士を合わせて吸い出すのですね。同性が相手だと気持ち的に大変そうです。でも異性だからって何も感じないこともないですよ。ちょっと他の人には見られたくない光景です。

 私だって年頃ですから、いくら見た目が子供でも気にはなってしまいます。――無心だ、無心。ナージャ様は治療のためになさっているのだから。


――えーっと、他に何か考えることを。ナージャ様の唇って、柔らかでぷるんとして弾力がありますね。瑞々しい子供特有の肌質ですね。羨ましい限りで……って、何を感触を味わっているの、私。今必要なのは無我の境地ぃ。……それにしてもくちづけ長くないですか。終わりが見えない……。


「あれ、ちょっと吸いすぎちゃったかも」


 ふうっと抜ける力に脱力すると、ナージャ様がその腕で体を支えてくれました。

 多すぎる魔力も危険ですが、備わっている魔力がなくなりすぎるのも問題です。酸欠も加わり頭がぼうっとします。

「ちょっと返しておくね」

 そう言って再びくちづけられて微量の魔力が戻されます。

「どうかな。今度はまた多かったかもね」

「あ、あの……。これくらいなら大丈夫ですから」

「ダメ。完璧に治療してこそボクだから」

「えっ、あっ、ちょっと待って……むぐぅ」

 結局、自身の魔法には完璧を目指しているらしいナージャ様が満足するまで、くちづけによる魔力の譲渡と返還は続いたのでした。


 後になって鏡で確認したら唇が少し腫れていました。たかが魔力譲渡で散々唇を食まれたり付いた唾液をぬるっこい舌で舐め取られたりするのはありなのですか。――いえ、ねちっこいなぁ、なんて思っていませんよ……? えぇ、本当にそんなこと……。


 反撃に出られないのは、古来からネズミはネコに勝てないからなのでしょうかね。

 はぁ。明日までにこの唇の腫れは引くのでしょうか――。





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