幕間~???失われる風
戦へと戻っていくドラゴンの姿を見送る。遠くへ消えていく銀の光が消えてなくなるまで、ずっと――。
侍女が肩を抱いて部屋に戻るよう促す。
「さぁ乙女様、お部屋に戻りましょうね。お茶を淹れてさしあげますから。きっと心が落ち着きますよ」
「……えぇ、そうね。とても喉が渇いたわ」
白銀のきらめきが消えた空を再び見上げる。
「カーマイン……」
応える者もなく呼び声は溶けていく。
――カーマイン、貴方が好きなの。どうか傷付かないで。また私の元に戻ってきて。名前を呼んで抱きしめて……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おねがい、……………………………………………………私をひとりにしないで――。
侍女の淹れた茶を飲むと沈んだ気持ちが落ち着いていく。
穏やかになるというのとは少し違う。これは感情の起伏が平らになっていく感覚だ。
一緒に焚かれる香を嗅いでいると、この世に哀しいことはないのだと感じる。そして胸を弾ませるほどの喜びもまたないのだと――。
すべての感情が均一になっていく。
何もないのだ。戦いで大切な人たちを失ってしまうかもしれないという恐怖も、ひとりぼっちになってしまうかもしれないという予感への戦慄も。過去も未来も希望も期待も何もない。
凪いで行く。
すべてが。――心が。
※ ※ ※
最初に気付いたのは幼い子供だった。
その丘はいつも心地よい風の吹く場所だった。母親に連れられて、新しく買ってもらった風車がくるくると回るのを見て楽しむ。
ふと風が途切れてしまった。
幼い子供は待つ。
風は止まってしまってもすぐに次が吹いてくるものだ。
けれども、待てども待てども風は吹いてこなかった。
「おかあさん、風がふかないよ」
首を傾げる子に、母親はそれなら自分で吹きなさいと促した。
風を待ちきれずに口で吹く。
風車はくるくると回ったが、息を吹き掛けるのをやめるとすぐに止まってしまった。
「つまんないの。おかあさん、おなかが空いたぁ」
風車を放り投げて、子供は母親の膝にぎゅっと抱きついた。
子の頭を撫でつける母親。
優しい光景に、だが風は再び吹いてこなかった。
決定的な瞬間などなく、気付けば世界から風は失われてしまっていた――。




