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反☆ケモナーの心得  作者: 夏澄
過去編
22/35

シンクロしてみる2

 ――今回もまた、異界よりひとりの少女が呼びだされた。

 仰々しくも『天空の乙女』と名付けられたその存在は、この世界においてなくてはならない存在だ。


 古くより、この世界には地上を満たす大気と同時にすべてのエネルギーの源となる魔力が満ちていた。

 魔力は生物を構成する基本元素であり必須のもの。誰しもが意識をせずとも所有するものだ。

 そしてそれらを基本として、世界にはもう一段階高い層となる魔素というものが存在していた。

 生きる者はすべて大気を通じて呼吸し、魔力を通じて体を動かす。だが、魔素は誰もそして何であっても利用のできない成分だった。


 魔素は世界に満ち満ちている。

 高純度の魔力の塊とも、また違う性質のものであるとも言われている魔素。

 魔素はその純度の高さゆえに大気を乱す。

 ときに日照りを招き、ときに山を活性化し火を噴出させ、ときに大雨を呼び込み川を氾濫させる。地を荒れさせる大きな要因となるのが魔素というものだった。


 乙女が現れる前までは、荒れる土地に住まうことができる者は本当にわずかなものだった。智を有する者で権勢を誇る者は豊富な土地などなくても生きていけるトカゲやヘビばかりだった。

 そんなとき現れたのが時の大魔導師ミアジュだ。

 ミアジュはネコ族の一人で、二つの尾を持つ変異体だった。後にネコマタと呼ばれ特別視されるようになったが、当時は差別対象として扱われていたと歴史には残っている。

 肋骨が浮き出るほどに薄い体付きをした亡霊のような姿をしていたとも、才気に溢れる雄雄しい若者だったとも言われているが、真実は定かではない。


 ミアジュは魔術をよく理解していた。後世に残る大半の術式は彼の発案だったとも言われているほどだ。

 魔術を使役するための魔力への理解と共に、ミアジュは魔素にも理解を示した。

 彼は魔素を消費するため、異界の門を開けるという術を編み出したのだ。

 陣に組み込むのは魔力。

 発動の要件に大量の魔素を組み込む。

 実験段階の術であったそれは、ミアジュの非凡な才のためか大きな成功を収めることになる。


 果たして、術の副産物として異界より呼び出されたものがある。

 それはひとりの、年端もいかないようなまだ花にもならない蕾のような少女だった。

 異界の門を開けるだけのつもりでいたミアジュは現れた異界の少女に興味を抱き、保護を申し出る代わりに自身の実験の協力を申し出た。

 調べた結果、少女の肉体は魔素を取り込み無害化することができるということが分かった。それは少女の精神が安定しているほどに力を発揮するようだった。


 やがて少女は近隣を束ねていた部族の獅子の息子と婚姻を結ぶことになる。王国の始まりだった。

 子を産み育て、やがて少女は老いて死んでいく。

 少女が死んだ後はまた魔素が増え、地は荒れていった。


 そして二人目の少女が呼び出されることとなる。初めの少女が呼ばれて五十一年後のことだった――。


 二人目の召還から六十年後の現在、呼びだされた少女は過去の二回同様に年若い少女だった。

 年齢は十七歳。カキザキ アヤメ――柿崎 菖蒲――、三回目の彼女はそう名乗った。

 ひとり目と二人目で得た経験則を元に、アヤメは下にも置かぬほどの厚遇で王宮に迎えられた。豊かになった土地を元に王国が更なる国土の拡張を始めた頃のことだった。


「アーヤ」


 発音のしにくさにそう呼ばれるようになった少女の傍には、常に一匹のドラゴンが付き従った。

 白銀のドラゴン。

 古代、獣人たちは人の姿と獣の姿と二つの姿を持つのが常だった。時を経て純粋な獣の体を失った獣人たちの中で、唯一獣の体を持ち得るのがこの白銀のドラゴンだった。


 名をカーマイン。

 白銀の鱗と鮮血の赤い瞳の、最も神に近い力を持つ最強のドラゴンだ。


 カーマインは、大魔導師ミアジュを始祖に持つネコマタの魔導師ラージュの友人だった。

 たまたまラージュの元を訪れたときにアーヤと出会い、そのまま王宮に居ついてしまった変わり者。

 ただし、変わり者というのはドラゴンにおいて特段変わった評価ではない。

 気まぐれなドラゴンはどれだけ請われようとひとつ処に居つくことはない。ドラゴンの加護を得ることは容易なことではないのだ。ドラゴンが根を下ろすとしたらそれはただ気が向いたからというだけのこと。


 勝手に居ついたとはいえ、ドラゴンが王宮にあることは喜ばしいことだ。

 国王はすぐにラージュに与えた魔術塔の隣にカーマイン用の寝床を用意した。人型のときに使うための寝所と獣型のときに降り立つための巨大な平地だ。

 突貫工事で出来上がった居場所だったが、カーマインが文句を言うことはなかった。

 カーマインはアーヤの傍にいられればそれで良かったのだ。


 カーマインはアーヤのことを大切に扱った。

 アーヤの方も同様で、カーマインに対しては何の偽りもなく接するようだった。

 陰謀ひしめく王宮内では誰も彼もが疑わしく見えたし、『天空の乙女』という神聖視された見方は本来の彼女の姿を覆い隠してしまっていたからだ。

 裏ばかり考えねばならない王宮内にいるよりも、一心に好意を寄せてくれるドラゴンの傍にいる方がアーヤにとっては心安らぐ時間だったのだ。


 しかし、心安らぐ時間を得たとしてもそれがアーヤの心を完全に晴らすことはなかった――。


 天候は晴れ間よりもうす曇りのときの方が多かった。

 周囲の状況がアーヤの心を塞いでしまっていた。

 国王も大臣たちも天空の乙女を使って外部の敵を牽制し、乙女の存在を印象付けて民に媚びることばかりを考えている。アーヤ自身のことを考える者は少なかった。

 とはいえ、まったくのゼロというわけでもない。

 彼女を召還した魔導師のラージュはアーヤのことを常に気遣ったし、他にも軍部に所属する火トカゲのジェスロはアーヤの警護を任されたということだけでなく、本心から彼女自身のために任に就いていた。


 一番甲斐甲斐しく彼女の傍にあったのはカーマインだったが、アーヤ自身を大切に扱う存在は確かにいたのである。

 アーヤが彼らと共にいるときは確かに空は晴れ渡り、優しい太陽の姿を覗かせていた。

 それでもすぐに雲ってしまうのは、アーヤが元の世界に残してきたものを思ってしまうからだ。


 アーヤには異界に残してきた幼い弟妹たちがいた。


 六つと八つになる弟と妹。母は弟妹たちがもっと幼い頃にコロリという病気で亡くなったそうだ。

 父親は戦場で足を吹き飛ばされて片足の状況。働くことは困難だった。

 必然、アーヤは一家の柱として働きに出ることになった。アーヤが働くことで、家族はかろうじて明日の糧を得ているようなものだったと言う。

 アーヤがいなくなっては、家族の生活は立ち行かなくなってしまう。

 王宮で姫のような高待遇を受けるほどに、アーヤは残してきた家族に対して申し訳ないと顔を曇らせた。


 ところで大魔導師ミアジュは、異界の扉を開きあちらのものを呼び込む術を編み出すと共に帰還する術も編み出していた。

 ただし、それを行うには多大な魔力が必要となる。魔術師十数人分の命と引き換えになるほどの魔力だ。

 アーヤはカーマインに彼の魔力を使うのはどうかと問いかけることはしなかった。

 聡明な彼女はラージュからの解説を聞くまでもなく、それが危険な術であることを理解していた。


 帰りたい。でも帰ることはできない。

 塞ぎこむ彼女に王たちはますます待遇を良くし、彼女を塞がせていった。宝石やドレスといった高価な貢物も、美しい言葉を並べた賛辞も彼女の心を慰めることはなかった――。


 カーマインはそんなアーヤを背に乗せ、よく大空へと飛び上がった。自由に飛び回るときだけは、彼女の心は自由だった。

 カーマインが彼女を慈しむほどに、アーヤの方もやがてカーマインのことを想うようになっていく。

 心を開ける者のいない状況で、裏もなく接してくれる者に惹かれることは必然の状況で、そして次の悲劇は彼らのすぐ背後まで迫ってきていた――。


 ※ ※ ※


「――魔獣の掃討戦?」


 国王からの打診にカーマインは眉をしかめた。

 地を荒れさせる理由のひとつは魔素にあるが、もうひとつ獣人たちの領土を広げにくくしている理由がある。

 魔獣による被害だ。

 魔獣は魔素を養分にしているというわけでもないのに、魔素が増えると各地に出没し始める。

 乙女としてアーヤがこちらに来てまだ半年。

 もう半年と言っても良いのかもしれないが、彼女が訪れる前まで魔素で満ちていた土地はまだ魔獣の数を減らすまでには回復していない。常なら乙女が来て四ヶ月ほども経てば数を減らす魔獣も、依然としてその数を誇っていた。


「民の暮らしを安定させるためにも魔獣の掃討は必要なことだ」


 玉座に座り、老齢の獅子王がそう述べる。カーマインは家臣としての礼を取ることもなく、その場に直立したままで王の言葉に耳を傾ける。

 家臣ではないので、カーマインが礼を取る必要がないことは当然のことだ。

とはいえ、王国を支配する者の前でのこと。カーマインが跪くことを強要されないのは彼がドラゴンという至高の生き物であるからなのだが、傍に控える重鎮たちはそれでも渋面を作って彼のことを睨んでいた。


「顔も見たことのない民の行く末など知ったことか」


 カーマインの欲するものはアーヤだけ。他の雑事など知らない。彼女だけが微笑んでいればいい。そう思ってしまうのは、ドラゴンの特性として仕方のないことだった。

 ここに来てカーマインははっきりと自覚を持っていた。


「吾の唯一はアーヤのみ。取るに足りぬ民草のことはお前たちで頭を悩ませておけばよかろう」


 獅子王はガリッと音がするくらいに強く唇を噛んだ。怒りを抑え込んでいるのだ。

 だがカーマインにとっては、誰のこめかみに青筋が立とうが気にすることではない。

 唯一ではない他者の気持ちを汲み取ることをしない。それがドラゴンというものだ。

 カーマインはドラゴンであり、それがその種族においての特性なのだ。


「民の安寧が乙女の心の安寧に繋がると言ってもか?」


 王は格別にゆっくりとした調子で話を切り出した。おそらく、そうしなければ激昂してドラゴンからいらぬ怒りを買ってしまうと理解していたためだろう。


「乙女が訪れたというのに天候は安定を欠いている。その上、魔獣もその数をほとんど減らしていない。となると、民はどう考えるだろうか」

「何が言いたい」

 アーヤの名を出されてカーマインがわずかに怒気を揺らす。あふれ出る魔力に、素養の低い大臣の数人が床に膝を付いた。

 王も額に脂汗を滲ませるが、そこは耐えて平然とした口調を保ちにかかる。


「王宮よりもまず乙女へと不信感は募るだろうな。民の悪感情が乙女に向かうのだ。おぉ、それでも我々は身命を賭して乙女を守ると誓うさ。だが民が総出となって押し寄せてきては堪えることもできなくなるかもしれない――」


 膨れ上がる魔力の圧に慄くといった体を見せつつも、王はカーマインの心の隙間を突くように言葉を重ねた。


「ドラゴンは群をなさずとも生きていけるだけの強さを持っている。だが乙女は違う。群で守ってやらねば弱ってしまうのだ。群には秩序が必要だ。……それに群を成すための安全な土地も」


 王は続ける。誰もが強くはあれないのだ。しかもアーヤは人間だ。獣人よりも弱い。悪意すらも彼女にとっては害悪となってしまうのだ。それでも良いのか、と。


「高潔で清廉なる乙女を守るためにも、そなたの力が必要なのだ。分かってくれるな?」


 いつの間にか怒気を沈めたカーマインに、王は内心で「掛かった」と拳を握った。

 その勝利の余韻はやがて王を酩酊させていくことになる。

 慢心が呼び込んだ悪夢は、過去そして長く続く王国の未来においても最悪の歴史として刻まれることになる――。





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