幕間~マウィの証言3
どうも、マウィです。
先日リスたちの村に住んでいる友人のシマリスに速達で手紙を書いたのですが、未だに返事が戻ってきません。
のんびり屋の土モグラなら少々返事が遅れたとしても気にはならないのですが。几帳面な気質のシマリスのあの子が速達の返信を何日も返さないなんて、とても心配です……。――どのような内容であっても、速達には速達で返すような子なのですよ、あの子は。
そして心配の種はもうひとつ。
ヴェイグ様と乙女が袂を分かってしまったという噂が――。いったいどういうことなのでしょう。
王宮に行かれたまま乙女は戻っていません。
表立っては大きな動きはないようですが、王宮は内部から徐々に慌しさを伝播させているようです。乙女とヴェイグ様が発たれたのは今朝方のことなのに、すでに連動したように薄暗い噂が使用人の隅々にまで回ってきている状況です。
その噂を裏付けるように、ヴェイグ様の友人であるナージャ様がとても落ち込まれているようなのです。
「何かありましたか」
どう話を切り出せば良いのか分からず、ただそう尋ねます。
「あったけど、きみには話せない……」
ナージャ様は誠実な方です。ごまかしをするということをしない方です。
言葉ではきっちりと線引きをされましたが、すがるように両手を握られてはそれ以上を聞き出すような無粋な真似はできませんでした。
沈む声が哀れで切なくて、理由を知らないというのに私まで胸が痛んできます。
私より少し小さめの手が耳を撫で付けてきます。
求愛の意味を持つ仕草ですが、今はただ慰めを求めているように感じられてなされるままに目を閉じます。
「マウィ……、そういえば友人のシマリスが住んでいる村のことが気になるって言っていたよね」
「え、えぇ。そうですけど……」
「行っておいで」
額に付けられる唇から漏れ出るようにかけられた言葉に、ただ「えっ」と声が出ます。
不穏な気配が王宮も、そして神殿までも多い尽くしていく今、悠長にそんなことしていられるはずがありません。
友人のことは心配ですが、それにも増して私はナージャ様のことが心配なのです。
そんなことできません、とすぐに拒否しましたが、ナージャ様は弱々しくもはっきりと首を横に振りました。
「今ボクは王の命令で各地を調査しているんだ。それにきみも加わって欲しい。手はいくらあっても足りないんだよ」
そのような大切な使命に私のような一介の使用人が赴けるはずがありません。絶対に裏があると思うのに、頭が足りないばかりに反論の材料を見つけられません。
「気負う必要はないよ。旅程にはうちの魔導師も付けるから。向かってもらうのはエノァ地域だ。きみの友人がいるところだよ。何度か足を運んだこともあるよね。道案内をしてやってくれ。そのほうがずっと効率が良い」
嫌です。そう首を振るのに、ナージャ様の手が私の頬を掴んで振ることができません。
「行くんだ。今の王都にきみはいてはいけない」
何故そのように私を遠ざけようとするのですか。まるで王都から逃げるんだなんて思わせる言動をするのですか。
それなら――、
「それならナージャ様も一緒に……」
このままこの方をここに置いていってはいけない。どうしてだかそう思ってしまうのです。
「嬉しいことを言ってくれるね。――でも、一緒に行くことはできない。ボクには責任があるから。ボクの荷物はボクが持たなければならないんだ……。きみには背負わせてあげない」
にやりと笑う顔つきは、少しだけ普段のナージャ様の顔をされていました。
意地悪を言われているのに、優しさを感じてしまうなんて、とうとう私のおバカも極まってきているということでしょうか。
「私……、すぐに戻ってきますから」
泣き顔を見られたくなくて、ナージャ様の肩に額を押し付けます。
魔導師は魔法に関して薬草を扱うこともあります。服に染み付いた草の香りは様々で、でもこれがナージャ様の香りなのだと、私はきっと目をつむっていても分かることでしょう。
「友人の無事を確認したらすぐに戻ってきます。どうか……、それまで無事で……」
「きみはもう……、何も分かってやしないおバカのくせに」
しばらくそうしていて、泣き止んだところで顔を上げます。
無理やり微笑んだところで「不細工だなぁ」とナージャ様が笑います。――えぇ、どうせノウェは不細工ですよ。分かっているので指摘しないでもらえますか。
つんとそっぽを向いていると、片方の腕を取られて内側にナージャ様の顔が近づけられました。
ちくりとした痛みを覚えた瞬間には顔は離されていましたが、腕を見るとそこは赤く色が付けられていました。
「これが消える頃には帰っておいで」
見上げられる形で合う視線に頬が熱くなります。何でしょう、この気持ちは……。今までは困った方だなぁと、漠然とそう思っていたというのに、胸が違った意味で痛んできます。
頬が熱くなる一方で、必ず帰ってこようと思います。リスの村まではほんのわずかしか距離がないというのに。旅路を不安に感じているのとは違います。戻らなければならない、と使命感のように思うのです。
――必ず戻ってこよう。この方の元に。
決意を胸に、私はナージャ様の頬にくちづけを落としました。別れを惜しむように少しだけ長いくちづけを。
――あの、ところでこの腕の印って、いつ頃消えるのでしょうか……。何日もかかるとしたら、旅路もそれだけかかってしまうということにはなりませんか? もしかして状況によっては数十日もかかるとか……。
「数十日って……、うん、やっぱりマウィはマウィだ」
私があたふたとして訪ねれば、ナージャ様がおなかを抱えて笑います。
あー、ちょっと、今のは確実にバカにされてますよね! バカはバカでも、人からバカにされているということくらいは分かるのですからね!
「うん、いいよ。帰っておいで。その印が消えても消えなくても。ボクは待っているから」
――勇気と加護を。
そういってナージャ様は私の唇にくちづけてきました。――勇気と加護を。私よりも必要としていそうなのはナージャ様だというのに。その心遣いが私の心を温めます。
この気持ちの正体を知るためにも、私は帰ってくるのだ。そう思いながら離れていった唇の感触を覚えこませるように、私は指先で自分の唇をなぞりました。
腕の印が魔法印でも何でもなく、ただのうっ血で、数日で消えるものなのだと教えてもらうのはまだもう少し先のことになります――。




