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反☆ケモナーの心得  作者: 夏澄
飼育編
14/35

12トカゲと戯れてみる

 あぁ、そういえば、と白々しいほどの突然さで用事を思い出したのは、お兄さん騎士のムシャロさんだった。


「そろそろ昼時だ。俺の仕事はここで一旦休憩。リューゴはしっかり部屋まで乙女を護衛していくように。その後で休憩に入ること」

「ちょっと、ムシャロさん。俺が護衛なんて……」

「耳目を集めたらどうするって? それならそれで良いんだよ。乙女に取り立てられることも出世の近道だ。利用しない手はないだろう?」

 掴める機会ならしっかり掴め、とムシャロさんは笑みを浮かべながら部屋を出て行った。


「まったくあの人は、もう……」

 息を吐くリューゴ君を見上げる。その顔は困った様子半分、世話好きなお兄さん騎士への好意的な諦め半分といったところか。

「かなり気に入られているんだね、あの人に」

「貴族位にある方ですが、誰かれ構わず気安く接してくるんですよ。おかげでやっかみを受けるので大変です」

 とばっちりを受けさせることになってすみません、とリューゴ君は謝った。

「ううん。そんなことないよ。それより……」

 ムシャロさんは乙女に取り立てられることの利を唱えていたけれど、肝心の乙女が本物か疑わしいという事実をまだ彼は知らないのだろう。

 せっかく乙女と関わる機会をリューゴ君に作ってあげたのに、私と関わることの方が不利に繋がることもあるかもしれないのだ。ちょっと申し訳ない気持ちになる。


「あんまり私と関わんない方がいいかもよ。本物じゃないかもしれないし」


 ぽろっと出てしまったのは、リューゴ君なら否定も肯定もしないで話を聞いてくれるんじゃないかと思ったからだ。そんな雰囲気があるなという、勝手な私のイメージだ。


「天気があんまり良くならないのは本物じゃないからかもしれないんだって……」

 ネコ耳少年のこっちを射すくめる視線を思い出す。

 ――お前じゃない。

 そんな目をヴェイグがしたら、私は……。


「貴女は偽者なんかじゃない」――降ってきた声に顔を上げる。


「貴女は本物だ」


 さっきまで逸らし気味だった目線を、真っ直ぐに私の目に合わせてリューゴ君は断言した。

「火トカゲは気の流れに敏感な性質なんです。少々他の者とは違う目を持っていて、強さや波長を捕らえることができます」


 促されて、リューゴ君の手と私の手の平が合わさる。

 私よりサイズの大きな手の平は、剣を握る職業のためか硬く潰れた部分があった。

「この手は温かい気に満ちている。淡くて黄色い、包み込まれるような光です」

 これは乙女だけが持ちえる気だと彼は言った。

「リューゴ君は乙女の気を知っているの?」

「知ってはいません。でも、」

 初めて見たが、他の誰にもないこの気は確かに天空の乙女を感じさせるものだ、とリューゴ君は言った。

「だから貴女は本物です」

 気を遣ってくれての言葉なのかもしれない。でも不安を拭い去ろうとしてくれる言葉に、つい目じりに涙が浮かびそうになった。

「――、ごめん……」

 慌ててごしごしと水気を擦り取る。

 浮かんだ涙に気付いていただろうに、私が落ち着きを取り戻すまでリューゴ君は黙ってそこに立っていてくれた。


 本物ならいいなと思うのは、それならヴェイグが隣に立っていてくれるという結論に達することができるからだ。他の理由なんて何もない。私のためだけの打算に安堵する自分に嫌気がさす。

 だから、ごめん。

 誰のためでもなく自分のためにリューゴ君の発した言葉に安心したことに対して出た言葉だった。――こんな乙女、全然本物なんかじゃないよね。


 それからリューゴ君と少しだけ話をした。

 ムシャロさんの無茶振りで困った話だとか――新人なのに王様の護衛にしれっと混ぜられて後で上役に怒られたなど――、リューゴ君の故郷の話だったりとか。

 リューゴ君の故郷は耳無しばかりの集落らしい。鉱山の麓で鍛冶職人が多いのだそうだ。そんな場所ならアレルギー持ちの私でも遊びに行けるねと言ったら、是非来てくださいと言ってくれた。

 神殿で引きこもってばかりなので、たまには遠出もいいかもしれない。いつか行けたら良いなぁと思った。


 話が中断したのは、私のお腹の虫がお昼ご飯を催促したからだ。空気を読まないお腹で申し訳ない。

「リューゴ君、今日はありがとう」

「何がですか?」

 お礼を言われるようなことを何かしただろうかとリューゴ君が首をひねる。

「話が出来たこと。ほら、私ってここではまともに話が出来る人って少ないから――」

 動物アレルギー持ちの私にとって、長時間一緒にいられる人は限られている。

 いくらヴェイグに浄化の術を使ってもらえると言ったって、その時間まで苦しい思いをするのはきついものがあるのだ。

 ナージャが使うような空間圧縮術による防御膜はヴェイグには使えないと言うのだから尚のこと。――ヴェイグのそばにいれば、その空間ごと遮断することは可能なのだそうだが。大技はできるけど繊細な術は苦手なのだと言っていた。


「ケモ耳世界って、私にはきついんだよねぇ……」

「元の世界に戻りたいですか?」

 呟いた言葉にも真摯に応えようとしてくれる態度が嬉しい。ウサ耳おじさんなんか、「乙女が元の世界に還るだなんてとんでもない」で、考えもしてくれないもんなぁ。

「……うん。出来ることならね」

 アレルギーだから嫌なんじゃない。あちらに残してきたものが多すぎるのだ。

 それでもちょっと前までなら即答で「戻る」と言っていたものが、即答できなくなっている。こちらに残すもののことを考えてしまうのだ。

「でも還る方法がないしなぁ……」

 ヴェイグの命を使うことはもっての他なので、もし還るとするなら別の方法を探さなくてはならない。

 ――三代目の乙女が帰還した方法は使えないし。また一から方法を探さないといけないのかぁ……。あるのかな? 他に還る方法……。


 見つけ出すのは遠い道のりだろうなと溜め息を吐く。そんな私を、リューゴ君は静かに見下ろしていた――。




 謁見室から自分の部屋までの短い道のりをリューゴ君に送られて戻る。すぐ近くだからいいよ、と言ったけれどそれは固辞された。

「女性をただ見送るなんてこと、騎士としてはできませんよ」

 そうさらりと言われたことに、「あぁ、ここは確実に異国だなぁ」と感じた。こんな小娘相手に女子ならぬ女性扱いだ。むず痒い。

 堅物そうに見えるリューゴ君すらこれだ。ムシャロさんなんてもっとすごいエスコートスキルを持っていそうだ。ヴェイグは別格。あれはやり過ぎて変態の域に達しているから。


「送ってくれてありがとう」

 言った言葉に目を丸くされて「いえ、そんなことは」と返されたのは、私のした反応がこの世界の一般的な女子ならしないものだったからに違いない。こういうときは華麗に流すものなのだろう。残念ながら、そういったお嬢様スキルは私には備わっていない。

「話ができて良かった。またね」

 お世辞もセクハラもない普通の会話ができる人は基調だ。できれば次の機会があると嬉しい。気を張らなくても警戒しなくてもいい日常会話に飢えているんだ、こっちは。

「……また」

 言い淀みつつも、リューゴ君はそう返してくれた。

 手を振って別れを告げる。

「あっ、コトハ様」

「何?」

 扉を開けようとしたところで動きを止められる。リューゴ君が一歩近づいてくる距離に体が跳ねる。

「髪に糸くずが――」

 思わぬ近さに驚いているうちに、リューゴ君は私の頬に熱を残して立ち去っていった。




 バタンと扉を閉め、そこに背中を預けてずりずりと落ちる。

 ――あれは糸くずを取ってくれただけだからっ。

 リューゴ君の伸ばした手が耳元を掠めてきて髪をかきあげられた。耳の形をなぞるように触れていった親指の付け根の柔らかい部分は、意図したものじゃないはずだ。

 ――なのに何でこんな……。

 あの触れ方に思い出した顔はヴェイグのものだ。目線ひとつで相手を縛るあの独特の瞳。リューゴ君が私を見つめていた目に、ドラゴン化したヴェイグの瞳を思い出したのはどうしてだろうか――。


「……自意識過剰すぎ」


 神様、仏様。汚れた思考を払いたまえ。

 のぼせそうになる頬を手でパタパタと扇いで、私は急激な熱を抑えようと深呼吸をした。


 その日、ヴェイグは夜遅くまで帰ってくることはなかった――。


 ※ ※ ※


 乙女に会った。

 小さくて可愛らしい人だった。

 遠目から見るばかりで触れてはいけない人なのだと思っていた。するりとこちらの懐に入り込んできたことには驚かされた。

 あえて『耳無し』のそばを選ぶ乙女など、これまでいなかったのではないだろうか。

 毛のある獣人を意図的に寄せ付けない様が「風変わり」と呼ばれていることを知っている。

 あの人で良かった。

 短い時間の会合。それだけの時間に、「風変わり」な乙女の代で騎士であれたことを幸運に思う。


 戻りたいかと尋ねたときの、寂しげに頷いた顔が印象に残っている。

 力になりたいと思う。彼女のそばには、誰よりも力の強いあのドラゴンがいるけれど――。

 話せて良かったと言ってくれた。

 また、と次の機会はあることを約束してくれた。

 ふにゃりと笑った顔。つるりとした耳。手触りの良い黒い髪の質感が、いつまでも脳裏にこびりついて消えていかない。

 ドラゴンの加護を得てなお孤独であるというのなら、他の手を必要とするのなら――、彼女の助けの一助となりたい――。


 コンコンと宿舎の窓を叩く音に我にかえる。

 カーテンを開けた先に見えた顔に息を呑む。


「プラネス。なんでお前がここに……」


 窓の外にいたのは、華奢な体つきをした少年だった。ここは騎士宿舎だ。故郷に置いてきた彼がこんな夜中に訪れて良い場所ではない。


「兄さん、こんな夜中にごめん」


 故郷までの道のりは数日を要するというのに、長い旅路の用意もしていなさそうに見える。着の身着のままで訪れたらしいが、その足元は綺麗なものだ。旅で付くはずの土も泥もない普段使いの履物だ。

 置いてきたはずの嗅ぎ慣れた日常が、そのままの姿で、あるはずのない場所に現れた。そのことが大いなる違和感として胸の中にしこりを作る。


「何故ここにいる。お前の役割は郷を守ることだろう」

「……ごめんなさい」


 申し訳なさげに項垂れる顔はまさしく弟のものだった。

 プラネスの役割は郷を守ることだ。

 火トカゲには生まれもって備わっている不思議な力がある。それは不可視のものを見る力だ。プラネスは生まれつきその力が強かった。兄であるリューゴよりも、だ。だからこそ郷の守りに身を置いているというのに――、郷を出てはいけないだろう。


「兄さん、乙女に会ったでしょう?」


 一度下唇を噛んで決心を固めたようで、プラネスはきっと顔を上げてリューゴに対峙した。

 遠く離れた地にあったはずの弟が何故それを知っているのか。しかも乙女に会ったのはつい数時間前のことだ。情報が伝わるのが早すぎる。疑問に思うが、ここは素直に頷いておく。そうでなければ話が先に進みそうにない。


「会ったがそれがどうかしたか」

「兄さん、乙女は元の世界に還りたがっているんでしょう?」


 被せ気味にプラネスが言い放った台詞に息を詰まらせる。先ほど彼女の一助になりたいと胸の内で呟いたことを言い当てられたような気がした。

 心を読む。――プラネスは神子だ。そういうこともできるかもしれない。


「乙女は故郷を奪われたんだよ。僕らと一緒だ」

「プラネス。それは違う」


 確かに耳無しの住まう場は荒れた土地が多い。だがそれには理由があるのだ。

 荒地でも暮らしていけるだけの胆力があるからこそ、その土地を任されているのだというのに。いつの間にか耳無したちは「追いやられた」と言い、それ以外の者たちは「荒地に住まう蛮族」と揶揄するようになっている。後付けの根拠のない差別だ。

 神子である彼がそれを知らないわけがないのに、真っ直ぐな瞳でプラネスはこちらを見てきた。


「カーマイン様がね、手伝ってくれるんだって」


 そう言って、プラネスがおもむろに懐から取り出したのは、小さな蛇の像だった。

「お前、それは――」

 ひとつ材から切り出した神々しいほどの光沢を持つ真っ白な蛇。瞳の位置に真っ赤な鮮血色の石が嵌められている。


 『白の大蛇』


 かつて多大な魔力を以ってして王都を奮わせ封印された邪悪の蛇。

 奉られることによって土地の守りとなり、その怨みを鎮めていた神に近い存在――、カーマイン。


「プラネス……、お前……、神子なのにそれを持ち出したのか」


 神子は王から邪神カーマインの封じを任ぜられた者。奉じる者ではなく、封じる者。けしてそれを郷から出さず、異変あればすぐに王に報告する役割を持つ邪神の番人。それが神子だ。


 プラネスが蛇像を高く持ち上げる。

 ――蛇神と目を合わせてはいけないよ。

 先代の神子であった祖母の言いつけを思い出し、腕を持ち上げ目元を覆う。

「兄さん、ちゃんと見て」

 そっと添えられた手が腕を引き剥がしにかかる。強い力ではなかったというのに、あっさりと腕は下に降りていった。


 ――くそっ。邪神の術か。


 思ったときには遅く、意志に反して閉じていた瞼が持ち上がっていく。

 目の前にせまる蛇像の白い光沢。

「兄さん、一緒に乙女を救ってあげよう。そして、僕らが本来いるべきだった場所を取り戻すんだ」

 その奥に見えた弟の瞳は、蛇像と同じ鮮血の赤色を宿していた――。





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