戦闘-2
ゴム弾は実弾に比べれば殺傷能力は0に等しいようなものだが、それでも0ではない。
0と1は、違う。
0に何をかけても0であるが、1はマイナスにも―――無限にもなる。
至近距離で発射されたゴム弾は東雲の後頭部に直撃し、力のベクトルの通りに、倒れた。
「!?……力が…!」
「脳震盪です。…多分」
「か、は……」
それでも気絶をしない東雲は、やはり人間離れしていた。
いや、気絶をしないどころではない。残った左腕を動かし起き上がろうとさえしていた。化け物のようなしぶとさだ。
僕が再度引き金に力を込めようとしたところで、音もなく近づいていた伏見が、東雲の首に刀を当てた。
動けば殺すと、言外に告げていた。
「は、はは……。俺様の負け……ってわけか」
左手のナイフは、倒れた衝撃で少し離れた場所に転がっていた。
反撃がないと踏んだのか、伏見は喋った東雲に僅かに反応したが……頸動脈を裂くことはなかった。
東雲は力なく、笑う。
「猫、お前なかなか、やるじゃねえか。どうせ死ぬなら…さっき避けずに、お前を裂いておけば良かったぜ」
「……東雲さんは」
「あ?」
「優しいんですね」
「っは、ヤダヤダそういう勘違いしちゃうやつ。それともあれか?俺様に対する同情か?」
「違います。あなたは僕を殺せたはずなのに……、殺しませんでしたね」
昼間、僕を殺すチャンスはたくさんあった。だけど殺さなかった。東雲は、僕を見逃していたのだ。
「勘違いすんじゃねえ。疑わしきは罰せず。……俺様はあの時点でお前を殺したらど変態なクソ上司に怒られると思ったから殺さなかっただけだ」
だけどお前のせいで俺様が死ぬんだったら、やっぱり殺して置くんだったぜ、と別段思ってもなさそうな調子で、とってつけたようなしかめ面で、わざと聞こえるように呟いた。
「おい兎殺すんならさっさと殺せ。どうせ見逃すつもりはねえんだろう」
「ありませんね」
あっさりと頷く伏見。
「俺様は今まで死んだことがなくってな……。気になってたんだ。死ぬっつーのはどういうことか」
「……。」
「猫。よく見ておけよ、俺の死に様を–––!」
「!!」
目を見開いた東雲が、左手で首に突き付けられた剥き出しの刃を握りしめ、それを軸に体を大きく捩った。伏見はまるで予知していたかのようにあっさりと刀から手を離し、後ろに控えていた僕の右手からナイフを奪って、東雲の首に、ナイフを刺した。
「––––––––。」
最後に何かを呟き、血を吐いて––––東雲は、事切れた。
誰も、何も言わなかった。
今更ながら、いや、目の前に死体が出来たことがきっかけとなり、血の嫌な匂いが鼻腔を刺激して、吐きそうな嫌悪感に襲われる。
「う、うう……。」
一歩、東雲の死体から離れようとして僕はふらりと受け身もせずに無様に倒れた。
借りた玩具の銃が地面に当たって音を立てる。
起き上がろうとも、左手がバカみたいにガクガク揺れて、体を支えられなかった。
なんとか顔だけあげた先で、ナイフを首に刺した東雲が視界に入り、今度こそ耐えられなくなって、倒れたままに、吐いた。胃の中のものがこれでもかというくらいに出る。吐くなんて何年ぶりだ。
死体を目の当たりにするのは初めてじゃない。殺人死体なら、3年前の今日も、見ている。
だが流石に―――殺人事態を経験したのは今日が初めてだった。
夕方食べたハンバーガーどころか胃酸まで出てきて、口の中にすっぱさが広がる。
離れたところにいた未来ちゃんが焦った様に駆け寄ってきたのが足音で分かった。
「ちょっとごめんね」
倒れた僕の隣に座り込むと、未来ちゃんは僕の制服を左肩から破く。
「…っなにを、」
「止血するから、黙ってて」
破ったブレザーで、刺されたところよりも上部分を慣れた風にきつく、縛る。
そうだ。
痛すぎて最早忘れていたが……僕は右腕を刺されているのだ。出血量も尋常じゃない。そういえば耳鳴りも酷いしなんだか視界もぼやけている……と右腕の突き刺さったままのナイフをぼんやりと見ていると、片手で僕の腕、そしてもう片方の手で突き刺さったナイフを握った未来ちゃんは、勢いよくそれを抜いた。
「あがっ!」
「ごめんね」
6歳の女の子に応急処置を致されるのは…僕が人類で初なんじゃないだろうか。
痛すぎて涙も出ない。
「基地に帰ったら、ちゃんと手当してもらおうね。大丈夫、ちゃんと治るよ」
「……、」
もう声を出す元気もなかった。
「さ、じゃあ、帰ろう」
そうだね。帰ろう。
「かっこよかったよ、お兄ちゃん」
ありがとう。
上手く笑えたかは分からない。泣いていたかもしれない。
ただ、最後に未来ちゃんが笑っている顔を見て―――僕の意識は、そこで途切れた。