再開
場所を移すにも、白髪の女子高生と幼女を連れて帰宅するわけにも行かなかったので、僕たちは散々考えた上、高校から離れたところにあるファーストフードに、夕飯も兼ねて行くことにした。高校の近くに別のファーストフード店があるので、学校帰りの学生はよっぽどじゃなければこっちの廃れたような所には来ないだろうという安直な考えのもとだった。
というか、命を狙われているのにこんなにふらふらしていて大丈夫なのか疑問だったが、一般人は巻き込んではいけないため、人目のあるところでは、警戒レベルは下げてもいいんだそうだ。
まして、こちらには未来ちゃんがいる。
それよりももっと切迫した問題は、着の身着のままで学校から出てきてしまっていたので、僕の靴は相変わらず内履だったし、お財布も勿論持っていないということだった。
死活問題だ。
どうしようかな。「奢ってください!!」と今日知り合った女子にたかるのは男として色々失う気がする。
そんなことを悩みながらファーストフード店に着くと、自動ドアの前に、見知った人物が居た。
まるで僕を待っていたかのように、そこにいた。
僕に気づき、よお、と手を挙げる。
「学校サボってデート?」
「あ、相原――…」
ほら、と言って、学校に置きっぱなしだった僕の鞄を渡してきた。
驚いたままそれを受け取る。中身を見ると、お財布どころか教科書もしっかり入っていた。外靴も、そのまま押し込まれて入っていた。外靴のせいで若干…というかかなり鞄の中がドロドロだった。
一応、早速、履き替える。
「お前、早速制服駄目にしたのかよ」
まだ理解の追いついていない僕を他所に、人の格好を笑う相原。
「これは…、いや、ちょっと待て。相原、お前どういうことか説明してくれ」
「どういうことかって、どういうことだよ。それよりそっちの彼女、待たせてんじゃねーの?」
「あ、ああ」
「取り敢えず入ろうぜ」
くいっと親指で指示し、そのまま店内に入る相原。
言われた通りに中に入り、ハンバーガーの注文を済ませ、一番奥の相原が座るテーブル席に着いた。
相原壱。
僕の高校のクラスメイトで、学級委員長を務める、天才的なカリスマ性を持った男。
噂によれば、どうやらその天才性で小学時代から有名人らしい。尤も、僕は中学の途中でこの地に越してきたので詳しくは知らないのだが。僕らの年代で相原壱と言えば泣く子も黙るスーパーヒーローなのだそうだ。
しかし、確かにすごいやつなんだろうな、くらいは思っていても、そんなに変わりない普通の人間だと思っていたが…。
「おいおい、俺は至って普通の人間だぜ。昔からちょっとヤンチャが過ぎるってだけで」
「相原、お前も終着点の連中なのか?」
「終着点?なんだそりゃ。聞いたことねーな」
ポテトに手を伸ばしながら、あっさりと答える相原。
それならば、なぜ。
「相原、お前、なんでここにいるんだ。僕の荷物を持って」
「クロスケが来ると思ったからさ。直観っていうの?それ、必要だったろ」
「…まあね」
助かったのは事実だ。
「怪しむなよ。俺はただのクロスケのクラスメートだ。敵じゃない」
敵じゃない。
伏見に目配せをすると、どうやら3Rの人間というわけでもないようだった。彼女もまた、相原を訝しんでいるが、相原はそんなこと気にせず、平然とハンバーガーにかぶりつく。
「昼休みに言ったろ、俺でよければ力になるって」
「あ、ああ」
そういえば、気落ちした僕を気遣ってそんな心強いことを言ってくれたのだった。なんだかいろいろありすぎた衝撃で、遥か昔のことのように感じる。
何か、相原に訊くべきことがあるはずだ。
訊きたいことは山ほどあるはずなのに……焦っているせいか、言葉が、出てこない。
「ここのマックさあ、」
「へ?」
「俺の家から近いんだよね」
「へ、へえ」
「だからよく利用するんだよ」
「そうなんだ……?」
「これ、俺の連絡先」
唐突にポケットから紙切れを出すと、それを僕に寄越してきた。見ると確かに携帯番号とメールアドレスが書いてある。いや、確かにそうなのだが、僕は入学した当初に相原とは連絡先を交換したので、わざわざ今、このメモをもらう必要はなかったのだが。
「ありがとう」
それを指摘して返すほどでもなかったので、僕は素直にお礼を言って受け取った。
「自分で言うのもなんだけど、俺って割と力になれると思うんだよね」
だから、困ったことがあったら頼ってもいいぜ――、と言って相原はトレイを持って立ち上がった。気付けば相原の注文したモノは全てなくなっていた。
「お兄ちゃん」
今まで黙ってチーズバーガーにかぶりついていた未来ちゃんが、初めて相原に口を開く。
「うん?どうした、お嬢ちゃん」
「お兄ちゃん…あたしと会ったこと、ある?」
「うーん。俺は野郎はともかくお嬢ちゃんみたいな可愛い女の子に会ったら忘れないから、多分、じゃなくて、絶対ないと思うぜ。可愛い口説き文句だから、兄ちゃん飴でもあげたいところだが…悪いな兄ちゃん今、なんも持ってねーんだわ」
「そっか」
「じゃあな、クロスケ。お前の荷物と連絡先はちゃんと渡したからな」
「あ、ああ。ありがとう」
相原は、あまりにもあっさりと、僕たちを置いて店を後にした。
匂わすだけ匂わして帰って行った。
結局僕は相原に何も訊けないまま、自分の荷物と相原の連絡先だけが残った。
時計は、7時を回っていた。12時まであと、4時間。
「さっきの人―――相原くん?彼、何者なの」
「ただのクラスメイト、のはずなんだけど」
「未来は?知ってるの、あのお兄ちゃん」
「ううん。会ったことないって言われちゃったから、多分未来だね。あたしがこの先もう一回会う人だよ」
だからさっき、会ったことある?と訊いたのか。
未来ちゃんの喋っていることがイマイチ要領を得ないのは、どうやら未来ちゃん自身が、見える未来をどう言ったものか言葉に詰まっているばっかりだと思っていたが、見える未来と今現在が混同していることにも原因がありそうだった。
「3Rの人員リストに相原って名前が載ってた記憶はないし…。また会う機会があるなら、とりあえず今はいいでしょう。この後どうする、黒崎くん。一回家に帰る?」
「え?帰っていいのか?」
「最後にって、意味だけど」
やっぱり。なんとなく、送っている日常はもう終わりなんだろうなということは薄々感じていた。
おそらく、基地なる場所で共同生活を送っているのだろうというのは、話を聞く上で感じていたことだったし。
「相原くんの時は仕方なかったとはいえ、終着点のことは、他言無用だけどね」
「考えてみれば、そうだよな。ごめん」
「言わなかったからね。彼も勿体ぶってたし。で、どうする?お別れを言うのは駄目だけど、今回は最後に家族の顔見る余裕があるから、帰ってもいいわよ。私と未来のことは心配しなくてもいいから」
「いや、いいよ」
「そう」
一瞬、年の離れた弟が頭を過ったが、僕は首を横に振った。
今から帰ったところで、何かが変わるわけじゃない。
伏見も特に帰ることを推さずに、あっさりと引いた。
もとより僕を一人にするのが心配だった…と考えるのはいささか自意識過剰だろうか。