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規則本  作者: 上口小太
5/9

再起点

伏見京。

僕と同じ年だった。

てっきり年上だと思っていたが、そんなことを言ったら日本刀で一刀両断されそうだったので、心のうちに留めておこう。


学校から場所を移動して、時間は午後3時。

僕たちは、通学途中にある小さな公園にいた。平日の昼過ぎなので、学校が終わった小学生たちがちらほらいるくらいだった。

子供用の滑り台を独占して子供らしく遊んでいる未来ちゃんを見ながら、僕と伏見はブランコに座っていた。

ゆらゆらと。

所在なさげにしている女子高生は、絵になる。……腰に差した竹刀さえなければ惚れてるところだ。

「自己紹介はさっきしたものね。どうしよっかな。何から話そうかしら。何から話して欲しい?」

「…あー、じゃあ、取り敢えずその腰の竹刀から訊いてもいいかな」

「ああ、コレ?」

腰に差した竹刀。どう見ても竹刀だ。しかし、先程伏見が持っていたそれはどう見ても日本刀だったのだ。

「別に普通の日本刀よ。竹の鞘にしまってるだけ」

「それ鞘だったんだ……。」

持ち手は竹刀に似せているらしい。

確かに竹刀なら銃刀法違反で捕まることはないが、軽犯罪法に引っかからないのだろうか。

「所持に正当な理由があるし、隠してないもの」

どうやらそういうことなのだそうだ。

「未来ちゃんも銃、持ってたよね」

「あら。気づかなかったの?アレは玩具よ」

「玩具!?」

「実弾なんて子供に持たせるわけないじゃない。ゴム弾よ。まあゴム弾だからといって殺傷能力が0ってわけじゃないけれど」

未来ちゃんのアレが玩具だと聞いて、ようやく現実味が帯びてきた。銃とか刀とか投擲ナイフとか、実際に見たのは初めてだったし。


現実味が帯びてきたところで、そろそろ本題に入らなくてはいけない。

「あー…。未来ちゃんに言われたんだけどさ。僕が今日、死ぬってどういうこと?」

「笑わないで聞いてくれる?」

「うん」

こんな状況になって何を笑い飛ばせると言うのだろうか。僕の頭はもうショート寸前である。

「あの子…未来はね、実は超能力者で、未来予知の力を持ってるのよ」

「あー。信じるよ」

「だよね。信じないわよね……って、信じた!?」

真剣な面持ちで何を言うかと思えばそんなことか、とむしろ拍子抜けしてあっさりと頷くと、否定的な反応を予想していただろう伏見は目を見開いた。

「信じたっていうか、知ってたというか」

「未来から聞いてたってこと?」

「いや。東井さんの娘だっていうから、やっぱり同じ予知能力者なんじゃないかと、」

「東井さん?」

「東井はじめさんだろ、未来ちゃんのお母さん」

「とっ、はっ、え、えええええ!!!!???」

ガタン、とブランコを大きく揺らして興奮して立ち上がる伏見。

「はじめさんのこと知ってるの!?」

「3年前に1回会ったきりだけど」

「私知らなかったわよ!!!」

「え……?あ、うん」

そりゃ知らないだろうが。

「はじめさんと接触してたならそう書いておいてくれても良かったのに……。」

「うん?何か言った?」

ぼそっと何かを呟いた伏見は、独り言よ、と言って揺れているブランコに座り直した。


「あのね、簡単に言うと、死ぬ運命だったのを無理やり変えて回避した人間が集まったのが、私たち『終着点(ターミナル)』なのよ」

終着点(ターミナル)っていう組織?」

「組織よりは集団(グループ)に近いかな。今はもう私入れて7人しかいないし」

「今は?」

「私が入ってから最盛期では18人かな……。一番人数がいた時期が、多分32人だったけど。東雲ってさっきの人に殺されかけたでしょう」

「ああ」

「あいつらは『3R』っていう組織の連中で、私たちを殺そうとしてるの」

「……。」

32人から僅か7人。

殺された、結果なのか。

「理由の一つは、もともと死ぬ運命だった私たちが生きてるのは可笑しいのよ。…時をかける少女って観た?」

「読んだ、じゃなくて?」

「アニメ映画」

「ああ」

観たことはあった。

直接映画館に行ったわけではないが、金曜ロードショーで放送していたのを、一度だけ観た。小説は小学生の時に読んだが、確か、わりとストーリーが違かったような気がする。

「真琴が電車に轢かれるのを回避したら、功介が代わりに電車に轢かれたじゃない?」

「そうだっけ」

「そうなのよ。観たのに覚えてないの?あんな大作覚えてないなんて勿体無いわ!私のDVD今度貸してあげる」

「お、おう……。」

めちゃくちゃ推された。そんなにいい作品なのか。僕はあまり覚えてないが。


「つまり、死ぬはずの私たちが生きてることで、死ぬ運命にない人が死んじゃうのを防ぐために、私たちを殺してくるのよ」

なるほど。誤植をなくそうというわけか。不正は正してこそだと。

「……理由の一つってことは、まだあるんだろ?その、狙われる理由が」

察しがいいわね、と頷く伏見。

「3Rって、元々は研究所だったのよ。人体能力開発の」

「人体能力開発?」

「そう。要するに人体実験の施設だったの。…動物実験に使ったマウスって、どうなるか知ってる?」

「いや。普通に飼うんじゃないのか?」

「殺すのよ」

「……。」

「主に薬物によって改造された遺伝子が自然に放置されると、生態にどんな影響を及ぼすか分からないでしょう?自然の摂理に反してるから、殺処分するの」

「……博識なんだな」

「教えてもらったのよ。終着点(ターミナル)は、人体実験の施設だったときに逃げ出した被験者たちが作った組織で……、まあ、被験者は今となっては1人しか生き残ってないんだけど。そしてその被験者が生態……世界に影響を及ぼした結果が私たちよ」

「及ぼしたってのは……つまり死ぬはずの人間が死ななかった、ってことか」

「そうね。被験者のうちの1人の未来予知の力によって運命を捻じ曲げたのだから、それを是正しようってわけ」

「なるほどな」

だから彼女は狙われているのか。

大体の事情は察したがーー……。

「で、(キャット)とか(ラビット)っていうのは……。」

「蔑称よ。実験動物の名残ね。まあ蔑称っていうほどみんな嫌がってないみたいだけど」

兎って、世間的には可愛いイメージじゃない。と伏見は笑った。


どれくらい話していたのか、帰宅部の高校生が下校しているのに気づいた。

見慣れない制服(しかも白髪)の女子高生と通学路の公園でいちゃついているなんて、格好の的だ。しかも僕は制服がぱっくりと裂けているときてる。

「場所を移そう。ここじゃ目立つから…。まだ訊きたいことがあるんだ。僕のこととか」

「それもそうね。未来!行くわよー」

いつのまにかジャングルジムの頂点に君臨していた未来ちゃんに声をかけ、僕たちは公園を出る。


「ところで、まだ大事なことを聞いてなかったんだけれど」

「僕に?」

「今までの話を聞いて、殺される覚悟を持って、終着点(ターミナル)に、入る気はある?」


それは。

僕が生きるために、世界への影響を無視して、僕だけに都合がいいように書き換えて、誰かの運命を曲げることを理解した上で、生きる覚悟があるのかと、訊いているのだった。


「……。本当はさ、3年前にはじめさんに言われたんだ。僕は今日死ぬって」

歩きながら、僕は答える。

「3年間、普通の人よりは生死について考えてきたつもりだったんだけど」


今日の朝、いつもより早く目が覚めた。

東雲にナイフを投げられた時、思ってしまった。


「……誰かの何かを犠牲にしてまで、僕の命に価値はあるのかな」

「あるよ」

「え」

自問自答に応えたのは未来ちゃんだった。

未来が視える、幼女。


「価値のない命はないよ。それを決めるのは誰でもない。それでもかけがえのない命はないんだ」

「どういう意味、」

「自分の命をどうするか決める時に何かの所為にしちゃ駄目だって、お母さんが言ってたよ。だから、お兄ちゃんが生きたいか、死んでもいいかの答えを訊いてるんだよ」


生きたいか、死んでもいいか。

3年前に死を宣告されてから、死んでもいいやと思ったことなんて一度もなかった。

本当の意味で死にたい人間なんか、いない。

原因がなければ、理由がなければ、死なんて認めない。認めたくない。


「なら、決定だね」


と、その時。

向かってくる通行人にぶつかって、僕は狭い歩道から車道に一歩、出かけた。

のを、

未来ちゃんが、手を引っ張ってーー予想よりも強い力で引っ張った。

同時に、もの凄い速度の車が、真横を過ぎる。


そういう、ものなのか。

心臓がドクリ、と脈を打つのを感じた。


一方的に掴まれた手を一旦離し、なんでもなかったかのように未来ちゃんは僕に向かってにっこりと笑った。

そして差し出す小さな右手。


「改めて、あたし、東井未来って言います。これからよろしく、お兄ちゃん」

「改めて。私は伏見京。よろしくね」


改めて。

ここからが僕の人生の、再起点。


「……。僕は、黒崎啓介だ。改めて、よろしく」


死の運命を、未来が視える幼女によって回避した僕は、彼女の小さな右手をしっかりと握り返した。


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