遭遇-2
白。
白い。
美しい、白に見えた。
魅せられた。
白というよりも、白銀に近い。
3年前の今日。同じような景色を見た。
僕はその白に、状況も思考も呼吸すらも忘れて、見惚れたのだ。
「こら未来!聞いてないわよ!」
はっと我に返って、目の前の白が髪の毛であることに初めて気づいた。
白髪の女子高生、伏見京が、そこにいた。
一本の日本刀を美しく構えて、そこにいた。
その足元には、東雲の投げたナイフが転がっている。その刀で、叩き落としたのだと、今更ながら思った。
「言ってないからね」
「言わないと危なかったでしょう!」
「でもあたしたちが死ぬ未来は視えてなかったから」
「それでも危なかったら言いなさい!」
「はあい」
端から見れば姉妹の喧嘩に見えるが、状況が状況だった。
「お嬢さん兎だな?」
投擲ナイフを落とされた東雲が不機嫌そうに声を上げる。伏見さんは、それに対して負けじと不機嫌そうに東雲を睨んだ。
「どうも、こんにちは。東雲さん……で合ってます?お会いするのは初めてですね」
「ふん。お互い顔がバレてるってことだな。そっちの鯨ちゃんも随分優秀なことで。……それとも亀かな?」
挑発的な東雲の言葉に、伏見さんは答えず、変わりに「東雲さんはこんなところで何をしているんです?」と質問で返した。
「何をって見りゃあ分かるだろう?そこのオニーチャンを殺し損ねてるところさ」
つい、とナイフの切っ先を向けられて、びくつく僕。
「彼は部外者ですよ」
「だから、まだ――…つまり、新入りの予定、なんだろ?」
「貴方がここで襲って来なければ、部外者のままだったかもしれないのに」
「ははっ!おいおい、そんなに俺様ばっかり責めないでくれよ。俺様はちゃんと聞いたぜ?上の馬鹿どもに怒られんのは癪だからよ!な、死を告げる者!そのオニーチャンは終着点の新入りなんだよな!」
「未来?どういうこと」
2人に凄まれて、未来ちゃんは初めて幼女らしく僕の背中に隠れた。
動けない僕は、つまり2人から睨まれる位置に来るわけで。
だんだんと状況に慣れてきた僕は、どう見てもヤバイ2人の威圧から逃れようときゅっと僕のブレザーを握る未来ちゃんをなんとかしてやりくて、「すみません」とつい話の腰を折ってしまった。
「あ?」「うん?」と視線が僕の後ろの未来ちゃんから僕自身に移る。
「あの……さっきから終着点とか、兎とか、全然、理解できないんですけど、僕は一体、何に巻き込まれているんですか」
僕のこの切実な意思表示に暫くぽかんとした2人だったが、突然「あははははははは!」と東雲が笑った。
「そりゃあそうだな!自己紹介はしたつもりだったが、説明をした覚えはねーな。そんでもってされた様子もない…。場所と時間を移そうぜ、兎。猫に説明すんのはお前らの仕事だ」
「へえ。彼に説明する時間をくれるってわけですか」
「勘違いすんじゃねえ。ここで戦ったら、部外者に被害がでちまう可能性があんだろーが」
と、すこぶる嫌そうな顔をする東雲。いい奴だと思われたくないようだった。殺されておいて、そんなこと思うほど心に余裕はないが。
「猫の方も、一応まだ、部外者なんだろ。っはー、やだやだ。いいか、時間は今夜の0時。場所はこの学校から少し離れたところにあったグラウンドだ」
「…。私たちには、このままここを離れて基地に逃げることもできますが」
「それもそうだな」
うーん、と少し考えた後、東雲はポケットから小瓶を取り出し、そこに入っている透明の液体を一口含んでから、キャップを絞めなおして僕に投げてよこした。危なく落としそうになったが、そこはなんとかキャッチする。
「飲めよ、猫」
「え、あ、はい」
とっさに言われた通りに小瓶の液体を飲んだ。
味は、特にしなかった。
よし、と僕が飲み込んだのを確認してから東雲はしれっと「そいつは毒だ」と言った。
「っぶ!!!!!!!!」
ごほ、と無理矢理なんとか吐き出してみようとするが、完全に飲み込んでしまったあとでは、無駄な行為だった。
ど、毒だと?
「飲ませた俺様が言うのもなんだけどよお、小さいときに聞いたことあるだろ?知らない人からもらったものを飲んじゃいけませんって―――…」
「だっ、だって今、あなたも飲んで…」
「そりゃ俺様が飲まなきゃ、疑って飲まねーだろうが。そいつは遅効性の毒だ。効果が出るのは1日くらい…だったかな」
「毒……」
「んで、解毒剤は俺様が持ってる。今夜、来た時に渡してやるよ」
お前らの分もあるぜ、と、同じ瓶を、伏見さんに投げる東雲。
綺麗にキャッチしたそれを、眉をしかめた後、意を決したように全て飲み干した。
毒と分かっていながらも。捨てずに全て飲んだ。
「あらら。死を告げる者の分もあったんだけど」
「飲ませられませんよ。毒って分かっているのに」
「あっそ」
「……今夜0時、ここからすぐ近くのグラウンドですね。了解しました。受けて立ちましょう」
伏見さんの言葉に満足した東雲ははじめに見せたいやらしい笑いを顔に貼り付けて、なんの前触れもなく、左手を上げた。
気が、緩んでいたのだ。
気づいたら僕の左腕をかすって、投擲ナイフは僕からさらに数メートル背後にある木にぐさりと刺さった。
「……っ!!??」
「また今夜。待ってるぜ」
ぱっくりと裂けた制服のブレザーから目を上げると、声の主はもう姿を消していた。
皮膚は、傷一つついていなかった。
月一で1作更新目標ですがもう24日なんですよね