未来
三年前。
僕は中学生にして生まれて初めて殺人という事件に遭遇した。
詳細を語るほど大それた事件ではないので(人が亡くなっているのに大それた事件ではないというのは不謹慎ではあるが)ここで多くは語らないが、その事件で、僕はある人と出逢った。
白髪のショートカットの、上下ジャージを着た若い女の人だった。
名前を東井はじめという。
そして彼女は、中学生という一番生意気で無知で無邪気な時期の僕に対して「わたしは未来予知の力を持った、超能力者だ」と告げた。
果たして誰が信じるだろうか。
当時中学生の愚かな僕も、例に漏れず、その自己紹介に対し「いい年した大人が何、馬鹿な事いってるんです?」と嘲笑したものだ。
ナマイキだ、と殴れたのだが。
結局のところ、僕は信じた。
東井さんが未来を予知する力を持っているということを。
そして別れ際のあのメッセージ…僕があの事件から3年後の今日、命を落とすであろうというあの予言も、信じている。
その信用を勝ち得るだけのパフォーマンスを、彼女は僕と対面していた数時間のうちにしてみせたのだ。
かくして。
地元の高校に通う僕は、今朝会った奇妙な二人を思い出していた。
一人は幼女。
ロリコンの趣味は僕にはないので、幼女という響きに何かを感じるわけではないが(本当です)、ともかく、幼女。
大きな瞳で僕に対して3年前の東井さんと同じセリフを口にした。東井さんと同じ予知能力者か、僕から出ている死相を見た、そういう霊的な力を持った不思議ちゃんだ。
もう一人は、白髪の女子高生。
東井さんと違って長髪だったが、白髪は一般的ではない。同じように、東井さんを連想させた。
地元の高校ではない知らないセーラー服に身を包んでいた。
白髪の時点で十分に目立っていたが、とりわけ目を惹いたのは、腰に差した、むき出しにした竹刀だった。
最近女子高生の間では対不審者用に竹刀を常用するのが流行っているのだろうか。
少なくも現役男女共学の高校に籍を置く僕はそんな流行り知らないのだが。
ていうか普通に危ない思想の持主そうで怖い。
顔は美人だったが。
そんな奇妙と言うより異常な二人と東井さんを思い出しながらも、僕の頭を占めているのは、僕が今日死ぬということについてだった。
僕に死ぬ気がない以上、何らかの事故や事件に巻き込まれるのだろうか。
若い人間は簡単に死ぬ〜などと口にするが、それは死ぬ気がない呑気な奴らが言える、最低のジョークであり、死を宣告された僕は今まさにどうやって死という未来を回避するのか様々なパターンを考えている最中であった。
死ぬなんて簡単に言うんじゃないよ!僕と変われよ!
そんなこんなで、僕の警戒に反して何も起きないままに昼休みに入った中頃。
「クロスケ、具合悪いの?」と話しかけてきたのはクラスメイトの相原だった。
ちなみにクロスケというのは僕の愛称である。
「健康だけど」
「そう?顔色悪いしずっとそわそわしてるし、死刑宣告でもされた囚人みたいだぜ」
「え、相原お前も実はここにきて俺超能力者なんだぜ!とかいうつもりか?」
「いや、俺はなんの能力も持ってないよ」
「あっそう。……なあ、僕、今朝通りすがりの幼女にお兄ちゃん今日が命日だよって言われたんだどどう思う?」
「幼女にお兄ちゃんって呼ばれてるうちは花だと思う」
「僕にそんな趣味はねえよ!!」
クラスメイトが本気で悩んでいるのを分かっていてそういう返事を返してくる辺り、相原らしいといえば相原らしいのかもしれない。
「で、通りすがりの幼女に死刑宣告されて凹んでんの?」
「まあな」
実際のところは凹んでいるどころではなく、あまつさえ信じて、焦っているのだが、勿論そんなことは相原には言えなかった。
「相原、お前今朝白髪の女子高生見なかった?」
「白髪の女子高生?」
「うん。幼女と手を繋いでたんだけど」
「見なかったなあ。……クロスケ、薬物とかやってないよな?」
「僕は麻薬常用者じゃないし幻覚じゃない!!!」
「ホント?…俺が力になるぜ」
「隠してねーよ!!!」
相原はクラスの学級委員長で、その統率力、いわゆるカリスマ性は誰もが認めているところなので、彼の「力になる」という言葉は決して上辺だけのものではなく、実際に『力』になってくれるのだが、僕は悩みを打ち明ける気にはなれず、結局相原とくだらないやり取りを続けようと、
ーーーした、ところで。
「おい、校門に変な女子高校生がいるってよ!」
という不吉な騒めきが、聞こえた。
思わず席を立ち、ベランダに駆け寄る。一応断っておくと、教室は一階なので、転落事故の可能性はない。
校門のところにいたのは、今朝見た、白髪の女子高生だった。
敷地に入っているわけではなく、校門にもたれ掛かって、誰かを待っているようだった。
校庭で遊んでいる高校生たちはそんな不審者に近づかなかった。
或いは既にちょっかいをかけに行って玉砕しているのかもしれない。
一緒にいた幼女は、いなかった。
僕がベランダに出て行くと、遠く離れた女子高生と、目が合った。
目が合ったというより、はっきりと僕を見ていた。
僕の視力は普通の人よりも少しだけ悪い方なので(眼鏡をかけて矯正するほどではないが)、確実に僕を見ているのかと言われれば、数十メートル先の彼女が僕を見ているかどうかなんて分からないのだが、それでも彼女が一階の僕の教室の方を見ていて、まさに僕がベランダに出てきたタイミングで手を大きく振ってみせれば、流石に僕が出てくるのを待っていたのではないか、と思ってしまう。
そしてその考えは当たっていた。
「お兄ちゃん」
前ばかりに気をとられていて横から来た幼女に僕は声をかけられるまで気づかなかった。
「今日死ぬお兄ちゃん」
「ちょ、ちょっとその呼び方は…」
高校には相応しくない歳と格好で堂々と校舎の陰から出てきた幼女は、土足でベランダに上がって僕の制服の裾を掴んだ。
野次馬根性丸出しのクラスのヤツらが興味津々に僕たちを教室の窓から見ているので、取り敢えず幼女を抱えて人気のないところまで連れて行く。
コンクリートとはいえ、土足で外に出てしまった。
戻ったら担任の先生にどやされそうだ、と場違いなことを思っていると、不意に幼女が「死にたくないよね」と言った。
「え?」
「あたしは東井未来、6歳だよ。お兄ちゃんを迎えに来たの」
これからよろしくお願いします。と6歳にしては礼儀正しく、その幼女は僕にお辞儀をして見せた。