≪第6話≫存在している確からしさ、その値
隣へ行ってララナから夕食を受けとり、ガルディを呼んだ。俺が夕食を持ってきたことは気に留めず、黙々と食事は進んだ。使用した食器は棚に置き、俺もまた自室へとこもる。
最近やっていることといえば、空き部屋の荷物あさりだ。
おっさんに許可は取ってないが、何も言わんのだからそこまで危険なものも置いていないだろう。あのおっさんは必要最低限以上の会話を嫌がるので、勝手にやっていいだろう。
「うーん……」
まあ、荷物をあさってみたはいいものの、まるで使用法がわからんのだが。
もっとも気になるのが、この悪魔の像。
よくできている。
精緻なつくりをしていて、今にも動き出しそうな予感がする。
いや、動くだろうこれは。
動かなきゃ嘘だ。
いつか絶対動かしてやる、と心に誓いながら、部屋に戻る。
就寝前にすることは決まっていた。
『ルミエール』
呼びかけるように、羽ペンを手帳に走らせる。
すると、すぐに返答がきた。
『あーる、まっていたわ』
『そうか』
『そうかってなによ。すこしはよろこびなさいよ』
『喜ぶってたってなあ……。ああ、そうだ。ルミエール、幸せってなんだと思う?』
『なによいきなり。きょうはわたしはきくばんでしょ』
『じゃあ何が聞きたいんだ』
『うーん……』
『ほら、ないじゃないか』
『ちがうのよ! いろいろかんがえてるの!』
『あっそ』
『もう……まあいいわ。しつもんにこたえてあげる。しあわせとはだれかをあいすることよ』
幸せとは誰かを愛するということ。
愛か。
『じゃあ愛って何だ』
『ふふん、そんなのことばじゃつたえられないわね』
『じゃあどうやって』
『そんなのかんたんよ。わたしがめいいっぱいあいしておしえてあげるわ』
『ほお……じゃあ俺をめいっぱい愛して愛を教えてくれないか?』
『ばかじゃないの? ひどいくどきもんくね。そんなんじゃだれもあいしてくれないわ』
『何だとこの野郎……』
まさに売り言葉に買い言葉。
この妖精、息をするように挑発してきやがる。
いつかヒーヒー言わしてやるんだからっ!
『あーる、あなたはじぶんのことがすき?』
『何だいきなり。俺はナルシストじゃないぞ』
この金髪フォルムになってから、危うく自分に見惚れてしまいそうになったが。
『なるしすとでいいのよ。みんななるしすと、ということばにいいいめーじをもっていないだけよ。じぶんをあいすることはいいことだわ』
『案外深いことを言うんだな』
頭空っぽかと思ってたぜ、とは思っても書かない。
『わたしはいつもかんがえているだけよ。だれかをあいするには、まずじぶんをあいさなければならないわ』
『よくわからんな』
『いい? かっこたるじぶんをもたないと、だれかをあいそうとしても、それはあいではなく、いぞんになってしまうの』
『へえ』
『あいは、みちたりたふたりのあいだにうまれるもの。わたしはそうかんがえるわ』
『ロクに恋愛したことなさそうなのにな』
『なっ?! あなた! おくそくでものをいうのはよくないわ!!!』
図星かよ。
ルミエールはとても分かりやすい。嘘が下手のようだ。というより、つけない性格なのかもしれないな。これは好都合だ。
でも意外だった。
本の妖精らしく、深く考えているようだ。
これは評価を上げる必要がある。
☆
ルミエールとくだらないことを話してから眠りにつき、翌朝、目を覚ます。
くすんだ天井と、おっさんの顔。
「リメルティ、学びの時間だ。机にある本を全て熟読しなさい」
言って、さっさと部屋を出ていくガルディ。
なんのこっちゃ、と考えてから思い当たる。
隠密系統を学ぶ予定だったか。
どれ、と机に視線を投げると、そびえたつ塔があった。
いや本の山だった。
なんだこれは、と手に取ってみると、じんわりと力の塊が波となって伝わってきた。魔導書だ。グリモワールだ。すぐわかった。
重厚な表紙にはガルディの名が刻まれている。
まさかおっさんの自著本なのかこれは。
絶対ただ者じゃないだろうあのおっさん。
それとも魔導書を書くのが常識なのかこの世界は。
親が優れた大学教授だったレベルのレア度じゃないのか、いや、わかんねえけど。
まあいい。学ぶんだ。俺は魔術師になって、美人の嫁さんもらって、チュッチュして、畳の上で死んでやるさ。
あれ、死ねないんだっけ……?
☆
隠密とはすなわち、おのれの存在を知られないことだ。
たぶんこの理解であながち間違いないはずだ。
そして、存在を知られないための方法がいくつかある。
一つ、音を消す。
一つ、匂いを消す。
一つ、気配を消す。
そのための隠密系統に属する魔術。黒闇系統より発生するものだ。
また、疾風系統を習得すれば質があがるが、必須ではない。微々たるものだ。
下位の隠密系魔術は、下位の察知系魔術に看破される。
中位の隠密系魔術は、中位の察知系魔術に看破される。
上位の隠密系魔術は、上位の察知系魔術に看破される。
隠れるよりも、見破る方がたやすい。
本来、黒闇系統の分派に過ぎないが、霊化系統を足し合わせれば、上位の察知系魔術に打ち勝てる。
霊化系統の極致に至れば、精神体や真実の目をも掻い潜れる。
これは禁呪だ。
存在の値を極限にまで引き下げる。それは命懸けだ。
全ての者たちは存在値によって、その存在を確保されるからだ。その値を魂と呼ぶならば、隠密系統の極みとは魂を削る行為そのものの他ならない。
危険だ。そしてあまりにも強力である。
…………。
……。
なんつうもんを学ばせる気だあのおっさん。
だが理解してしまった。
もうすでに本の山の半分を把握している。
少し理解が足りないところがあるが、この調子でいけば、三年もかからない。
二年、いや一年か。
読んで理解し実践する。下位から上位まで行い、禁呪へ。
そして極致へ。
おっさんから受け継いだ力だけじゃない気がする。
この上達スピードは。
あとでルミエールにでも聞いてみるか。