≪第30話≫魔女隊
魔女隊は基本的に五人一組で構成されることになる。
ビブリア=ガーネットの隊もまた五人組で構成されていた。
魔女隊が同じ種族どうしが集まりやすいように、ガーネット隊もまたその三人が炎魔族だった。
前陣速攻の二人の炎魔族と中央に司令塔としてビブリア、遊撃として幻魔族のゼーラ、後方支援の水魔族が一人だ。
事件の規模が大きくなれば、この五人に魔女隊見習いが炎魔族十人と、魔法少女隊が二組付くのが基本だ。
ガーネット隊は火力重視のパーティー編成。
その相手はそれだけの実力を持つと判断されたということだ。
ガーネット隊とその共は今黒猫型魔獣に騎乗し、レッドラークへと向かっていた。
ビブリアの乗る魔獣に同じ毛むくじゃらの魔獣が近寄ってくる。
ゼーラだ。
「獣戦士クラスか、十二英雄級か。どちらにしろ気は抜けない」
「ええ、そうね」
ゼーラのことばに、ビブリアもまた同意を示した。
レッドラークは警護隊の管轄外だ。
警護隊は魔の都の重要拠点しか守らない。
それ以外は自衛か、ビブリア達魔女隊の管轄になる。
「許可は下りた?」
「いいえ。下りたのは第四級禁制までよ」
「……」
「でも、私たちは全力を尽くすのみよ」
「分かり切ったこと」
今回、第二級禁制武具の使用許可を申請したが通らなかったのだ。
武具の補助がなければ発動できない魔法もある。
威力も落ちる。
だが使えば、それ以上に被害が甚大となる恐れがあった。
ビブリアの腰に掴まるアメリアが不安そうな声を出す。
「……お母さま」
「アメリア、周囲に気を配りなさい」
「はい」
これでまビブリアは娘に幾たびも実戦を経験させてきた。
心配する気持ちもあるが、自分と同じ道を選ぶというのなら、最大限の力になりたいと考えたのだ。
なによりも実戦に慣れ、いち早く力をつけてほしかった。
自分自身と仲間を守る力と術だ。
娘は不安を感じている。
レッドラークに近づくにつれて漂いだす不穏な雰囲気。
事前情報以上の数のカラスたちが空を舞っている。
真っ黒に天上を覆いつくしている。
数万匹、いやそれ以上いる。
レッドラーク。
境界未定地域。
一か月ほど前までは真実の目が置かれていた場所だ。
もう取り払われているだろう。
そこから治安が悪化したか……。
遠見の魔法では犯人と思しき姿は見当たらなかったらしいが。
本当に誰かが意図的に起こしたかもわからない。
そんな不安がみなに伝播している。
今日が初めての実践だという魔法少女隊の子もいるだろう。
「もうすぐレッドラークよ! 絶対にここから気を抜かないで!」
みなを鼓舞するようにビブリアは声を張り上げた。
★
境界未定地域・レッドラーク。
その住人のほとんど亜人種だと聞く。
魔の都から迫害される者たち。
たとえば、混血や死霊系擬人種だ。
魔法と魔術を組み合わせた技術体系を崇拝する集団もいたはずだ。
そう、ここは好まれぬ者たちが住む町。
「死の臭い」
ゼーラの一言が状況の全てを物語っていた。
獣人族じゃなくてもわかる。
残留魂魄が数え切れないほど彷徨っている。
死がなくなってから、残留魂魄も増えたと聞くが、それでもこれは異常だ。
聖寵神殿の神官たちの仕事だろうこれは。
「数百、いや千はいる。でも、少ない」
「少ない? どういうこと?」
「幻魔族ならわかる。フィア」
ゼーラに呼ばれて、似た紫色の髪をもった少女が前に連れ出された。
緊張しているのか、上ずった声で、
「は、はい!」
「どういうことか説明してもらえる?」
「はい。強い魂魄がいません」
「強い?」
「え、えっと……何というか……存在値が大きい、ってことです」
「そういうこと」
魂喰らいがいる、ということか。
死霊系の魔獣にそんなのがいたはずだ。
でも、ではこの大量のカラスは何なのか。
このカラスを神格に持つ獣人族のスキルの暴走ではないのか。
「誰だッ!!!」
魔法少女隊の獣人族の子がいきなり叫んだ。
遅れて、ガサリと衣擦れの音がした。
まるで気づかなかった。
「誰が来るかと思えば全員女か……見るからに魔女だし、予想が外れたな……」
家と家との間、死角となっている路地から出てきたのは金髪の美しい青年だった。
黒いコートに白いシャツ、上品な紐ネクタイをして黒いタバコのようなものを吸っている。
青年が言葉をつむぐたびに黒い煙が吐き出される。
「あなた、ここで何をしているのかしら」
戦闘態勢に入ろうとした背後の部下を手で制して、ビブリアは相手の様子をうかがう。
読めない。
相手の正体も実力もまた未知数だ。
「べつに何も。俺はつい今しがたこの町に着いたところさ」
「どうしてこの町に?」
「いやなに、少しばかり観光しようと思ってね」
「そう。でも運悪かったわね。あなたが何もしていなかったとしても、都で事情聴取は受けてもらう。レッドラークは異常事態に陥っているのよ」
「ああ、そうかい」
言い切って、青年が手に持っていた黒いタバコのようなものを捨てる。
緊張が走る。
青年は胸ポケットに手を伸ばして、
ビブリアは魔法の発動を準備する。
だが、青年は胸ポケットから銀ケースを取り出しただけだった。
中にはさきほど吸っていたものと同じもの。
マッチで火をつけて、大きく吸い込んだ。
「はぁぁああ……」
青年が快感を味わうように上を向き、黒い煙を口から放出している。
とても無防備な態勢。
わずかに緊張がゆるんだその瞬間、
「武器創造――≪高位隠密/ダブル・リライト≫!」
青年の右手に創り出されるショットガン。
消える青年。
消える弾道。
消える銃弾。
ぶれる残像。
「肉体魔法・超速」
ビブリアの胸部が炸裂するように、銃弾が貫通した。
崩れる母の背中。
ばらまかれた多数の小さな弾丸で数人の女たちが倒れていく。
「…………ぇ」
金髪の青年が仲間たちをなぶっていく。
いとも簡単に。
虫を蹴散らすように。
アメリアは何も考えることができなかった。
血を流す母のために悲鳴の一つも出せなかった。
体が言うことを聞かなくて、呆然としたままに時だけが過ぎていった。




