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≪第2話≫世界の理

 ビルから飛び降りて、次に飛び込んできた風景は薄暗い地下室だった。

 意識が朦朧とする。

 視線が定まらない。

 目の前に誰かいるが、見覚えはない。


 ……だれ?


 どうでもいいか。

 思考がそれる。視線が散って、部屋をぐるりと見回す。

 古びた木の棚に、どす黒い鉱石があった。

 壁には血のようなシミがある。

 部屋は完全に外界から隔離されているが、空気はなぜ澱んでいない。

 どこからか漂う薬品の匂いと、石畳の感触。

 光の玉がふわふわと周囲を飛んで、すぐにかき消える。


 声が聞こえた。


 ――ふむ――父上……と――か


「ちちうえ……?」


 単語を繰り返す。

 どんどん意識が鮮明になっていく。

 目の前にいたのは四十過ぎくらいの男だった。

 黒髪で背が高く、少し痩せすぎな男。ひびの入った丸眼鏡と、たるんだ頬。


 男がしゃべった。


「リメルティ、メルティアの意を知っているか?」


 メルティア? なんだそれ。

 というかリメルティって誰だ。俺か?


「めるてぃあ? わからない」


 違和感を覚える。まるで精神と肉体が乖離しているかのような感覚。

 いや、それよりも、自分の視点が低すぎる。

 男はそれほど身長が高くない。

 周りの物の高さから、だいたい170くらいか。

 いや、俺が低すぎるんだ。なにかおかしい。

 自分の体を見る。

 

 ……なんで裸なんだ。


 そして、また違和感。

 色素が圧倒的に薄い。

 アジア人ではなく、これは白人のそれだ。

 首から垂れる長い髪の毛も金色の輝きを放っている。

 下半身を見ると、小っちゃくかわいい陰部の回りには毛がなかった。


 これではまるで幼児か、小学生だ。


「さ、さむい……」


 両手で肩を抱いてみると、驚くほど冷たくなっていた。


「ん、ああ、これは気づかなかった。少し待て」


「≪低位操作/エアー≫」

 

 風力指定:1。

 温度指定:20。


 目の前の男が、なにやらぶつぶつ唱えると、部屋の温度が上がった気がした。

 温風が体を包み込んでいく。


 なんだこれ……あたたかい……。

 いつの間にエアコンのスイッチ入れたんだ…?

 あれ? エアコンなくね?


「魔術だ。服はあとで見繕う。今はこれで我慢しておけ」


 は? 魔術だと?

 魔術…ちょっと頭のおかしい男なのか? こいつは。

 いやでも待てよ。魔術があるんなら、この世界が俺の知ってる世界じゃないんなら、俺が金髪ボーイになってる理由になるんじゃないんか?

 なる、よな……?


 そう言って、男がぼろきれのような黒布を放り投げてくる。

 慌てて受け取って、体にまとわせる。

 不思議とからだが温まっていく。


「これもまじゅつ……?」


「ん? いやそれはバルジットの糸から出来ている」


「ばるじっと……?」


「やはり記憶はないか。バルジットはスパイダーの一種だ。バルジットの吐き出す糸は丈夫で保温性が高い、ということだ」


「……へぇ」


 スパイダー…蜘蛛……。

 聞いたことのない蜘蛛だな。

 この世界特有の蜘蛛か、俺が知らないだけで元の世界にいたのかもしれんが。


「言葉は理解しているとは数奇なこともあるものだな。手間がはぶけていいが。これから生活様式などを教える。なにか質問は?」


「……まじゅつとはありふれたもの、ですか?」


 魔術。なんというファンタジー。


「敬語はよせ。しかし、妙な質問だな。まあよいか。魔術が使われるのはここ、メルティアをのぞけば、2つの領域(パーク)だけだ。メルティアが最も魔術が発展しているといえる」


「ぱーく?」


 ええい、わけわからん単語を連発するんじゃねえ。

 いや待てよ、なおさらここが別世界である可能性が高まったことになるな、これは。


「ああ、聖域(サンクチュアリ)を中心に、107の領域(パーク)がある。それぞれの領域には神の眷属の名を冠している。メルティアは学術を司る眷属だ」


 眷属? 領域? なんだそれは? 完全にファンタジーだな。

 俺の知識と全く異なる。

 聖域にはローマ法王みたいなヤツでもいるんだろうか。


「ちゅうしんにはおうさまでもいるの?」


「王様? 王政を敷く領域は7つあるが、聖域は神の住居だ。王はいない」


「……かみ?」


「正確に言えば、神を宿した聖女だがな。神は全てを創造した。今は神の末裔が現世を去った神の力を下して行使している」


「まつえい……」


「神の孫であるゴッドロード。神名はリニエラだったか。昨日で在位から6年だった。つまりはリニエラ暦6年だ現在は」


「かみさまもしぬ?」


 ここは、まるで神話世界だな。

 神が確かな存在として権威をもち、その眷属が周辺を支配する。

 いや待てよ、神が単なる尊称である可能性は?

 でっぷりと太った権力者が「神」という名前をつけられているのかもしれん。

 やけに冴えてるな、俺。

 この金髪フォルムのおかげか。


「いや、死なんさ。在位は千年と決まっている。務めを果たせば、儀式を行い天上へとのぼる。死の世界へ落ちるわけではない。しかしまぁ、人もまた死の世界へは落ちることはなくなったが」


「ひとがしなない?」


 ああ、と男はうなづく。


「当代のゴッドロードは理から死を外した。まあ儀式を行えば、死の世界へ行けんこともないがな」

 

 人が死なない…?

 まるで現実感がない。

 金髪ボーイフォルム、魔術ときて、死が存在しない……なんだこれは。

 神ってやつはほんまもんの神なんじゃなかろうか。

 ふんぞり返る豚の権力者じゃなくて、神々しい、神秘的なアレなのか?


 ガルディは皮肉に笑って、言葉を続ける。


「首が取れても、心臓が止まっても死ぬことはない。苦しさはあるが、治癒魔法があるのでな」


「ちゆまほう……」


「ああ、言い忘れていたが、魔術と魔法は定義が異なる。魔法が使われる領域(パーク)は79ある。魔術は詠唱または魔法陣を要するが、魔法は要らん、と覚えておけばいいだろう」


「へぇ……」


「質問はそれくらいか?」


「はい」


「では、我が家を案内しよう。これからお前が暮らす家だ」


 そういって、男は背中を向けて階段へと歩いて行った。




 

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