≪第27話≫分かれ道
「武器創造ね……」
プリンシペラのホテル街区。
その中心部の上級ホテルのロビーの一角、豪奢なソファに俺は腰かけていた。
数冊の魔導書にさらっと目を通す。
一つは治癒魔術、一つは武器創造という魔術技能。
中位倍加系統と低位召喚系統の派生形らしいが……。
ミハイル=オルロフが得た系統樹の中で、唯一俺に適合したものがこれか。
「倍加系統は持ってないハズだけどな」
外れなのか、当たりなのかイマイチなものが引いた気分だった。
自分の想像する武具を創り出す魔術か。
魔術技能という言い方をするらしいが、どっちもかわらんだろう。
ナイフとか、ショットガンとか拳銃なら何とか使えなくもないのかな。
いや、しかし。
あんな苦戦を強いられて、得たのがこれとは。
上位隠密を数十発と肉体魔法でじりじり攻めていった。
最後に捕食し、取り込んだ。
だが治癒魔術は得ることができなかった。
ホムンクルスの性質として他種との適合、外部の系統樹との適合がある。
それは照明された。
しかし、その適合にも限度があって、俺にはどうにも治癒系を習得できない。
俺の性質なのか……?
取得した系統樹との関係性という線もありうるな……。
再生魔法を得たために、治癒魔術や治癒魔法は使えないとか。
わかっていないらしいが、それも視野に入れた方がいいだろう。
「ふぅ……」
テーブルに灰皿があるので吸ってもいいということだろう。
一応部屋は取ってあるが、あまり使っていない。
俺は寝る必要がないし、腹も空かない。
部屋にいてもテレビもないからつまらない。
こうやってロビーでいろいろなヤツを眺めている方がいい。
落ち着いていられるのもあと数日くらいだろうが。
この死体などありえなくなった世界で、殺人に近しいことをした。
誘拐? 魔術的搾取?
なんの罪にあたるのかさっぱり分からん。
もとより俺に法を守るなんてご立派な道徳観なんてない。
前世から持ち合わせていないのに、今持ってるわけがない。
まああまり他人に言えないようなことをしてしまったし、何かしらの治安部隊が俺を探し当てるかもしれん。そういった情報収集をしてこなかったから、あくまで予想だが。
だが、証拠なんてない。
俺の姿なんてオルロフでさえ認識できたかどうか怪しい。
なにより死体がない。
調べようにも俺の内側にオルロフは生きている。
悪魔を取り込んだようなものだ。
俺に悪魔やオルロフを感知することはできないが、彼らの力を使うことができる。
それがホムンクルスとしての性質だ。
「そういや……ルミエール……」
黒い煙を吐き出して、ふと思い出した。
あの憎たらしい金髪女に吹っ飛ばされて半年身動き取れなくなり、そのまま音信不通だ。
今まですっかり忘れていた。
悔しさと力への渇望しかなかった。
すぐにプリンシペラに行ってオルロフの工房にいったから、半年と少しか。
元気にしているだろうか。
久しく開けていなかったトランクをあけて、黒い手帳を取り出す。
メッセージを受けたとき特有の光が手帳を包んでいた。
急いで開いてみる。
『アール』
『返事しないさいよね?』
書かれているのは半年ほどまえ。
俺がぶん殴られたあの日の翌日だ。
そこからは何も書かれていない。
その程度か。
俺も忘れていたしな。
俺自身ルミエールが本当に好きだったかどうか自信がない。
恋愛経験がない俺にとって、人を愛しているという感覚がわからない。
性欲だと言われればまだわかる。
体は成長しても、ホムンクルスだからか俺に性欲はまだないが、性欲が愛ならルミエールを愛せる自信がある。
でも違う気がする。
ルミエールのいう愛とはかけ離れている気がする。
わからない。
愛とはなんだろう。
誰か教えてくれ。
ホテルのロビーには様々な人間がいる。
俺のように中には人間ではない者も混じっているかもしれないが、それでもみんな人間のように見える。
人間といっても、いろいろだ。
老人から子どもまで。
でも高級ホテルだからか、とりわけ品の良さそうなヤツばかりだ。
着ている服も高価なものだろう。
一組の親子が目に留まった。
ブラウンの髪を持つ父親と、銀髪の母親。その二人の両親の間に挟まれるように歩く女の子。
プラチナブロンドの髪がまばゆく輝いていた。
一見不機嫌そうな母親と温和そうな父親、嬉しそうにキョロキョロあたりを見回す少女。
幸せそうだ。
あの二人の両親が愛し合って、娘が生まれる。
一般的な幸福の形。
愛ある光景。
「はぁあ……」
黒い煙花を灰皿に押し付けて、最後の煙を肺から吐き出した。
何度考えても答えは出ない。
鬱屈した毎日。
俺はこれからどうしたいのか。
ルミエールは? セルゲイは?
わからない。
だが、進むしかない。
進むために力がいる。
自分の意思を実現するための力を。
物語の主人公だって、弱いままでは何もできない。
力をつけて、自分の願った未来をつくっていく。
それが人生というものだ。
前世と違って、俺は恵まれている。
金もある。素質もある。
欝々とした気分を晴らすために、俺はペンを持った。
半年ぶりになるか。
『ルミエール』
謝罪から入るべきか。
いや、そこまでメッセージもなかったし、別にいいだろう。
逆に謝るとルミエールは怒るんじゃないだろうか。
色々と小難しく考えそうなルミエールだ。
数分経っても返事がなかった。
これはもう相手にされないということか?
やっぱりか。
俺にとってもルミエールも、ルミエールにとっての俺も、それくらいの存在だということか。
まあ忘れかけるくらいだしな。
「あ、」
俺が二本目を吸おうと、銀ケースから取り出しているとき。
背後のソファからそんな声が聞こえた。
背中合わせのソファで、後ろにはさきほどの親子が座っていたはずだ。
じゃああの女の子か。
『アール!』
返事が来た。
そのとき俺の心に沸き上がった感情は何というのだろう。
安心感? 安堵? 悲しみ? 嬉しさ?
どれも違う気がする。
ただ俺はペンを持った。
『久しぶりだな』
『……』
『どうかしたか?』
『……別に』
怒っている?
怒ってるな。
ここで謝るとルミエールの性格的にとことん追求してきそうで怖い。
ここは別に普通だろ的な空気感でいこう。
『何の用ですか?』
『……』
『アール?』
『べつに?』
いつになく丁寧な口調だし。
どうにもルミエール、普通にペンで書いているようだ。
自動筆記を使っていないように感じる。
前にも時々あったことなので、違いはわかる。
『別に、ですって?』
『ああ』
『…………』
ん?
なんか背後が騒がしい。
後ろの女の子が地団太を踏んでいるのか、わずかに振動が伝わってくる。
『あなた、半年メッセージがなかった』
『ああ、そうだな』
『だったら!!』
『それはお前も同じだろ?』
『はい?』
『半年の間、一度も呼びかけがなかっただろ?』
『は?』
『半年前に一回あったきりだろう』
『だから?』
『半年分やりとりがなかったことについてお前に責められる覚えはない』
『お前って言わないで!』
よし、これでいける。
……なんだろう。
やっぱりルミエールと話していると、楽しい。
心が安らぐ。
話してみると、わかる。
『でも半年前にあなた、返事しなかった。それについては?』
『返事できない状況にあった』
『半年の間も?』
『そうだ』
若干嘘だけど。
『その理由は?』
『プライベートなことを聞くのか?』
『……』
『どうなんだ?』
『もういいでしょう? わたしたち……』
『……』
暗黙の了解で触れないようにしてきた。
外見や性別、周囲の環境。
よく会話が続いたものだ。
今まで何を話したっけか。
魔術のこと、ルミエールの好物のこと……
ん? プリンシペラってチーズが上手いんだっけ?
ルミエールはプライベートなことは話さないと言っておきながら、べらべら喋ってくれたな。
俺は話さなかった。
俺がおちょくったり、ルミエールが日常のことを教えてくれたり。
『アールってほんと世間知らずね』なんて言われたり。
今から思えば、ルミエールは俺に対して心を開いてくれていたということか。
馬鹿だな、俺は。
『まあちょっと、動かなかったんだ。体がな』
『怪我ということ?』
『少し違うな。襲われて、身を守るために仕方なく、な』
『襲われた?!』
『いきなりな。知らない女にぶん殴られた』
『…………』
『おい、ルミ。信じてないだろ』
『……美人だった?』
『ん? そうだな、美人ではあったな』
見当違いな思い込みをしているような感じのルミエール。
事実ではあるので一応は筋が通っているのだろう。
大体の話をして、なんとか誤魔化すことに成功する。
丸め込めるか冷や汗ものだったが、なんとかいけたな。
途中後ろの少女が『きぃ――っ!』と奇声をあげたのはびびったが。
今にも暴れだしそうな様子の娘を両親が部屋へと連行していく。
数分後。
『それでアール、プリンシペラに寄る予定だったと記憶しているけど』
『どうした? 口調が妙だぞ』
『誤魔化さないで』
『たしかにプリンシペラに寄ると言ったな』
『今、プリンシペラに居る?』
『どうかな?』
『アールって恥ずかしがりだったりする?』
『どうして?』
『人見知りなんでしょ?』
『……そんなことはない』
『うそね』
『なぜわかる』
『アール、私と会うの怖がってる』
『それはお前もだろう』
『またお前って……まあいいわ、私は怖くない』
『……』
『私、アールと会ってみたい』
ドクドクと跳ね上がる心臓。
『私、分かっていると思うけど、女よ』
『……だろうな』
『アールは?』
『分かってるだろ』
『はっきりして』
『男だよ』
『年齢は?』
『お前、10歳だろ』
『そうよ。アールは?』
『当ててみろ』
『同い年でしょ?』
『…………』
『ふふっ、図星ね』
『勝手に言ってろ』
『ねえ、今どこにいるの?』
急速に近づいていく距離。
半年も会話していないのに、ルミエールはここまで俺のことを想ってくれているのか。
それなのに、俺は……
『わたし、デスタンホテルに居るわ。プリンシペラのホテル街区のサン・ストリートの角にあるわ』
デスタンホテル……?
ふっと視線をずらして、ロビーの受付を見る。
その受付嬢の背景に、豪奢な装飾に囲まれた文字。
【デスタンホテル】
「は……?」
何の冗談だ。
すぐに会えてしまう距離にいる。
今、ルミエールに会う?
……。
俺は銀ケースから黒い煙花を取り出す。
マッチで火をつけ、一気に吸い込んだ。
「…………」
口の端から漏れ出す黒い煙。
吐き出すのも忘れて、げほげほとせき込んでしまった。
『アール……?』
次の目的地は魔の都。
プリンシペラには長居できない。
そんな屁理屈を組み立てる。
俺は選択を迫られて、俺は前世のように逃げ出した。
悪運でもなんでもない。
俺の弱さだった。
臆病風が俺の心に吹き荒れていた。




