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≪第26話≫オルロフ

 くそっ! くそっ! くそったれが!!!


 身動きが取れなかった。

 レナドとレッドラークの狭間にある森で、俺は半年動くことができなかった。

 悪魔族の種を手に入れていなかったら、俺はもっと酷い状況になっていた。


 睡眠・食事不要はでかい。

 疲労もないので、俺は森の真ん中でおそらく上を向いて寝転がり続けた。

 存在値がさっぱり戻せなかったのだ。

 じわじわとやっと元に戻せた時には三か月が経っていた。


「くぅ……」


 あの女は圧倒的だった。

 俺が苦労して手に入れた力などカスのように思えた。

 ぷるぷると震える両腕。

 立ち上がれない。

 筋力はあるのに、体がうまく制御できない。

 これが存在値を失うということ。

 絶大な効果を発揮する秘術の裏側、後遺症。


 もう半年が経って、冬が過ぎ、春が過ぎ、もう夏に入ろうとしている。

 領域間の移動規制は解かれているだろう。

 間に合わなかった。

 直接この目で見たかったが……。


 順路を変更するか……。

 先にプリンシペラへ行こう。


「力を……もっと力を……」


 より強い力を手に入れなければ……。

 強き者の生き方をするために、力が要る……。

 あの女をも打倒するほどの力が……。

 俺に力を……!!



  ☆



 城塞都市プリンシペラ。

 芸術と学問が交流する場。

 白亜の城壁が整えられた街並みを囲っている。


 ここはかつてメルティアが別荘とした場。

 中心部である学術都市メルティアで学問を究める傍ら、芸術を楽しんだという言い伝えが残っている。

 そう、ここは人間種の崇高な欲を満たし、癒しを得るための地……。

 そんな白亜の領域に、邪悪を背負った男が一人、のらりくらりと歩いていた。


 大通りより三本外れた路地を突き進み、右に曲がり、左に曲がり、赤いレンガの家の三軒左隣、青くペンキで塗られた一軒家。

 その一軒家が、プリンシペラで有数の治癒魔術師、ミハイル=オルロフの自宅であり研究所でもあった。

 治癒魔術とはとても希少なものであり、低位でも百八人、中位なら十八人、高位になると三人になってしまう。

 高位でも人間種に限ると二人だけ。

 ミハイルと、二十六師”ブガリレーダ”の現当主のみなる。

 もう一人というのは、魔の都にある魔法学校校長で、彼は悪魔族である。


 こう見ると、高位治癒魔術というものの稀少さがよくわかるだろう。

 治癒魔術を頼みに、ミハイルを訪ねてくる者も少なくはない。

 当代の神族が理から”死”を外してからは、なおさらだ。

 だから、金髪の青年もまたそんな多くの来客の一人だった。


 なに、珍しいことではない。

 ミハイルは根が良い人間であったし、彼自身、治癒以外にも強力な自衛手段を持っていたことから、面会を拒まなかったのである。

 あまり身分の知れぬ者は断ることがあったが、それでも多くは受けれ入れていた。

 人々の助けになることが彼の望みだというふうに……。


「なんと……部位欠損を……。それが本当ならば君は再生魔法の使い手ということになるな……」


 青年が話すには、とある事情により獣人族の肉体魔法が使えるようになったらしい。のだが、その肉体魔法の一つ、再生を部位欠損を治すレベルで使えるという。

 そうだとしたら、学術書の定義によれば、それは肉体魔法の一つではなく、再生魔法へと昇格したことになる。

 ミハイルは魔の都で治癒魔法の使い手と話したことがあるが、再生魔法の使い手に会うのは初めてあった。


「どうにか再生魔法から治癒魔法に発展させることはできないものですか」

「…………」


 ミハイルは押し黙った。

 治癒魔法を使うのは、天使族(エンジェル)竜族(ドラゴン)妖精族(フェアリー)といった上位種族しかいない。

 ミハイルが以前会ったのだって、竜族と人間の混血種(ハーフ)の少女だった。

 獣人族(ビースト)では治癒魔法は使えない、だろう。

 今は魔法族の一角と呼ばれる獣人族だって、もとは人間種と魔獣の混血種だ。魔獣も人間も治癒魔法を使えないのに、獣人族が使えるはずがない。


「不可能だろう。獣人族の変化魔法と幻魔族(イリューノ)の透明魔法も似てはいるが両方とも派生することはない。変化という性質と、透明という性質も共通点はあるが、本質的には違うものだからね。再生と治癒も似ているが……」

「なるほど……」

「残念だが君の力にはなれないようだね……」


 いえいえ、と青年は首を振る。


「もう一つお聞きしたいことがあるのですが」

「なんだね?」

「ホムンクルスについてです」

「やはりか……」


 青年がホムンクルスという語を出したとたん、ミハイルは得心がいったというふうな表情をした。


「やはりというのは?」

「君は……ホムンクルスだろう? その獣人族の種を得たというのも、ホムンクルスの性質だ」

「ええ、そうです。ホムンクルスは他種との適合率が高いと聞きました」

「それで……君は何を聞きたいのかね」

「予想されている通りですよ。ホムンクルスならば、種だけでなく他人の魔術系統樹とも適合できるのではないのかと」

「……できるはずがない」

「おや、誰か試されたのですか?」

「ばかな! 誰がそのような非人道的な行為ができるか!!」


 ミハイルは、迎撃用の魔術を準備する。

 ミハイルが考える通りならば、青年がいま行おうとしている事の先に、自分の死が待っている。

 そう、つまり――


「≪高位隠密/ダブルリライト≫」


 青年は狂ったように笑いながら、そう、つぶやいた。


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