≪第22話≫暁の星
場末の酒場でセルゲイとひとしきり話し合った後、俺はセルゲイの家へと行くことになった。
これからは、セルゲイは出版活動と同胞集めにいそしみ、俺は独自に破壊活動にうつることになる。
狙う標的は、中流貴族と下流貴族の一部、それと上流商人たち。
人間種が住んでいる、学術都市メルティア、魔の都、農耕都市アンアーム。
この三地域を主な舞台としていく。
あと少しで冬の月に入る。そろそろ領域間の移動規制が緩和される。
だから、人間種でもいけないところがなくなるわけだが、他の地域で破壊活動をしても、俺がフルボッコにされるだけだしな。
破壊活動のやり方として、俺は分かりやすい敵をつくることにしていた。
おぞましい姿を化け物、神の手先か悪魔かどっちもでいいけど、勝手に名乗って、襲いまくる。
獣人族の”変化”をつかえば、それらしくもなるだろう。
「もうそろそろだ」
セルゲイの後をついていくこと三十分ほど、町の東側に一軒の民家があった。
周囲にいくつかの畑があって、今は麦が実っている。
そんな田舎道を歩くと、うすぼろの一軒家が見えてきた。
カァカァ。
夕闇の空に、カラスが飛んでいる。
三匹がぐるぐると空を旋回し、ブワッと翼を広げて、滑空し俺の肩に止まる。
まるで自分の足場であるかのように、カァカァと鳴き、俺のほっぺたを突っついて幾つ。
いってぇつうの。
「変わった生き物に好かれているな」
「いつものことだ」
「ポチもそうだが、君は人の好かない動物を魅了するのだな」
まったくもって嬉しくない。
獣人族になった時にカラスを捕食してしまったために、カラスの形質を取り込んでしまったのもある。
なんでカラスなんだ。
どうせならケロべロスがよかった。
「さあ我が家だ」
少しの花畑と、動物除けらしき柵に囲まれた一軒家。
麦色にそまった壁に、くすんで中の見えないガラス窓。
少しばかりの雑草と、家畜の匂い。
セルゲイが扉を開ける前に、勢いよく開かれた。
「にい!」
ベラだった。
言葉足らずの、ふくれっ面。
挑戦的な目つきでこっちを見ている。
「ただいま」
「む!」
「俺の友人だと言っただろう? リメルティだ。仲良くするんだぞ」
セルゲイにたしなめられて、眉をひそめるベラ。
とてとて、と俺の方に近づいてきて、
「ん~」
「ベラ?」
「む!」
俺の腹にめりこむ小さなコブシ。
グーだった。
みぞおちにクリティカルヒットしやがった。
「地味にいてぇぞこのガキ……ッ」
「む!」
バタバタと駆けていくベラ。
「ふだんはそんな乱暴な子じゃないんだが……」
「俺にだけということか」
「そうなるな。案外ベラは君のことを気に入っているのかもしれん」
「嫌な好かれ方だ……」
「すまないな」
言いながら、家に入っていくセルゲイ。
俺も続いて入ると、ベラと、ベラを優しくして大きくしたような少女がいた。
たれ目でこれまた朴訥な顔だちの、少女。
黒い目に、黒い髪。
とても好感がもてる。
「こっちはサーシャ。俺の真ん中の妹だ」
「サーシャです。兄がお世話になっております」
こちらは礼儀正しく腰を折る少女。
姉妹で対応も性格も正反対だな。
まだ家族の紹介があると思いきや、一階にいたのは二人の妹だけだった。
セルゲイと俺と、ベラとサーシャ。
たしかセルゲイには三人の妹と、両親、そして祖母がいたはずだが……。
キョロキョロと見回していると、それに気づいたセルゲイが、
「ああ、一番上の妹と母は出稼ぎに出ているよ。プリンシペラの貴族の家でメイドをしている」
「そういうことか……」
「二階に婆さんはいるが、あまり動ける状態ではなくてな。俺もサーシャも仕事に出たら、ベラだけで面倒を見なくてはいけないから」
「そうか」
「正直助かっている、君からの援助は。資金があってはじめて活動ができる。ここを動かなきゃ、同胞を探すこともできないし情報も入ってこなくてね」
「資金の援助は惜しまない。あいにくと金は使って余りあるほど余裕がある」
ククッ、とセルゲイは口に手をあてて笑う。
「君が言うとあまり嫌味にきこえないのが不思議だ」
「事実を言ってるだけだ。嘘を言っても仕方ないだろ」
「まあそうだが」
「さっそく今渡せるだけ渡しておくか。机を借りるぞ」
目を丸くしているサーシャを横目に、トランクをどかっと机に載せる。
ヴィンテージ物のトランクの留め具を外して、以前に無限財布から出しておいて、札束を並べていく。
たしか1000万ヴェルクはあったはずだ。
100万ヴェルクの札束を、10本綺麗に並べていく。
「当分はこれだけあれば足りるだろう?」
「文句のつけどころがないよ」
俺に金があっても、他に使うことがない。
魔道具を買い集めるのも飽きたし、旅費にしては有り余る。
野望を持つ友人にたいして投資したって悪くない。
「あ、あのっ」
ここでサーシャが口をはさんできた。
「なんだ?」
「こ、こんなに貸していただいても我が家には返せるだけの財力は……」
何やら勘違いをしているサーシャ。
俺とセルゲイはたがいに見合ってから、苦笑しつつ
「ククッ、サーシャ違うぞ。彼は金貸しじゃない」
「まあお嬢さんがそう言うなら貸しでもいいだが?」
「ええっ!? 本当なんですか兄さん!」
「だから本当だと言っている。これは彼の善意だ」
「そ、そんな……」
信じられないものを見るような目で、俺を見るサーシャ。
ベラもなぜかウルウルした目で俺を見上げてくる。
「さあて、今日は祝いの日だ。”暁の星”を創設する記念すべき日なのだから。サーシャ、市場に行って買えるだけ食材を買ってきなさい。ベラもその手伝いをするように、いいね?」
そんなセルゲイの柔らかな声で、ささやかな祝いの日はスタートした。
セルゲイの二人の妹は買い出しに行き、豪華な食事をつくった。
四人でテーブルを囲んで、ともに食事をとる。
魔術でつくられた光球ではない。
蝋燭の温かみのある光に照らされて、夕食の時間を過ごした。
「これからの人類の進化と、”暁の星”の栄光に!」
「ああ……」
「む!」
「乾杯です!」
四人息の合わない乾杯をしながら、ゆっくりと時が過ぎていった。
その場はとても幸福に満ちていた。




