≪第19話≫レナド
「消えろ。見世物じゃねぇぞ」
少女とはいえあまり見せていいものではない。
これは自分の力、手の内、切り札だ。
それを安々と見せるほど俺はアホではない。
黒髪の少女が引きつった笑いを浮かべる。
「ヒッ――」
その口の端からドロリとよだれがこぼれ、顎を伝っていく。
喜んでいるのか、恐怖で感情が振り切れてしまったのか、狂ったような少女が少し後ずさる。
黙らせなければならない。
存在を消さなければならない。
すぐさま意識を刈り取らなければならない。
そう思えば行動は迅速だった。
本能が教えてくれる。胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
膨れ上がる胸部、少女をどうにかするために、何も考えず、こうすればよい気がしたのだ。
吸い込んだ空気を吐き出すように、声を上げる。
『ァア――――――――――――――――――――ッ!!!!』
信じられないほどの高音が出た。
さっきまでなら自分の鼓膜さえ破けてしまいそうな雄叫びが、周囲の全てを振るわせていく。
空気、草木、そして少女でさえも。
あたり一帯から動物の気配がすべて消え去る。
唯一平然としているのは俺と、ケロべロスのポチだけ。
そのポチも、若干小さくうずくまっている。
ドサリ。
と少女が後ろ向きに倒れる。
意識を失った者の倒れ方だった。
これで問題はない。
近くに放った小包から邪鬼の笛を取り出す。
ねじくれた短い笛。本当に音が出せるのか疑問なほどねじくれている。
その黄色く濁った笛の先を口にあて、ゆっくりと空気を送り込んでいく。
【ゥスゥススススッ~~~~】
かすれたような笛の音が奏でられる。
それが成功だと俺はすぐさまわかった。
どす黒い雰囲気があたりを渦巻き、周囲の天候でさえ捻じ曲げてくる。
この悪寒、悪意、悪魔族だ。
間違いない。
俺はこの悪魔を従え、悪魔の種族を得る。
手に入れた獣人族と悪魔族。
どちらも魔法が使える種族だ。
慣れたら魔法の習得に入る。
そして魔法と魔術を組み合わせ、新たな系統へと到達させる。
それで俺は強者になるのだ。
☆
半年ほどガルスに住んでいたわけだが、旅の支度をするのに数分とかからなかった。
別に挨拶をする相手もいない。
会話したのなんて魔道具屋の店主とか受付の赤毛娘くらいだ。
名前だって知らない。
あっちから歩み寄ってきたこともあった。
でも俺はそれを突っぱねた。
鬱陶しかったのだ。
彼らと付き合うのが面倒だった。
俺が人付き合いが苦手なせいで受け身でいるわけではない。
人付き合いが嫌いなだけだ。
こっちに来てからすぐは変わろうと思った。
ララナやユート、アンリ、そしてガルディ。
俺にしては交友関係が広い方だ。
でも、それまでだった。
家にこもって本を読んでる方が気楽だし、魔術の方が彼らを遊ぶより何倍も楽しかった。未知の技術だ、魔術とは。
奥が深い。
それとは反対に、人間なんてつまらないものだ。
そうは思っても、俺はこの黒い手帳を捨てることができなかった。
運命の赤い本という魔道具だ。
聞けばガルスで発明されたという。
これを作った職人にはついぞ会わなかったが。
ルミエール。
こいつも彼らと同じ人間だ。
そして女。幼い女だ。
彼らと何が違う。
あの受付娘と何が違う。
何も違わない。
それなのに。それなのに捨てられない。
レナドへの道すがら、街道沿いの小岩に腰かけた。
もう秋だ。岩の上にも落ち葉がべったりとついていたが、風系統の魔術で吹っ飛ばす。
そう、俺は風系統の魔術を独学でならった。
庶民が日常で使うようなやつだった。
風系統低位。
獣人族の疾風効果か何かで手に入れた。
あまり詳細な情報は覚えていない。
中位に上げるのはたぶんあと五年くらいかかる気がする。
悪魔と獣人の力を得て五年だ。
一般人ならどれだけの時間がかかるのか、見当もつかない。
高位はその中位の10倍はかかるときく。
俺なら、五十年。
長い。
長すぎる。
庶民なんて低位を習得してそのまま人生終わりだろ。
それを子へ受け継がせても低位からだ。
中位にいけたら関の山。
上位なんて夢のまた夢だ。
なんで俺はこんなに力を追い求めていたんだろうか。
変えるため、守るため。
セルゲイの野望、ルミエールとの……。
「ルミエール、か」
久しぶりに羽ペンをもった。
もう二か月ほど話していない気がする。
このままいけば、まるで自然消滅だな。
恋人かよ。
『ルミエール』
返事は返ってこない。
『レナドへ行く』
昼の秋風が前髪をなびかせていく。
随分と髪も伸びた。
もう腰くらいまである。
そろそろ切らなければな。
そっと手帳を閉じようとして、気づく。
ちょっとルミエールにしては長い文章。
怒って、心配して、喜んで、最後にはちょっとしんみりしている。
五年経っても十年経っても、ルミエールは絶対に返事をくれる。
俺は手帳に広がった文字を見て、そう確信したのだった。
――――
名:リメルティ
種族:ヒューマン/ホムンクルス/ビースト/デーモン/?
属性:イーター/アンデス/?
魔法:肉体魔法
魔術:風系統低位/隠密系統高位
限界値:8
存在値:207
所持品:トランク/悪魔の薔薇製の葉巻/運命の赤い本/瞬足/全自動選択機能付き衣服




