≪第1話≫世界へ
儀式魔術師、ガルディ=エル=ドラコ。
学術都市メルティアを統括する『二十六師』の第十二席、エル=ドラコ。
そのエル=ドラコ家の嫡男に、ガルディの名はある。
しかし、いまだ系図から抹消されてはいないものの、その関わりは希薄だ。
現在はガルディの弟が家督を継ぎ、資金的援助だけの関係となっている。
その背景に、ガルディと先代である父との不仲があった。
両者は全く価値観が相容れず、偏屈なガルディは父に反抗するように家を出、魔術的素養はあったガルディは魔法学院を卒業後、研究者となる。
だが、そこでも研究者どうしでガルディは軋轢を生み、研究所を自主的に退職。
自宅での研究に明け暮れることになる……。
「うーん……」
ガルディは無精ひげを撫でる。
鏡を見れば、四十過ぎのおっさんの姿がある。
クリームを下あごにぬりたくってから、刃を肌に滑らせる。
自宅の地下室、その儀式場でガルディはひげを剃っていた。
今から行う儀式で失敗は許されない。
そして、これから会うであろう”息子”に汚い身なりではいけない。
そう思っての行動であった。
儀式場に敷かれた魔法陣、触媒、結晶、すべて準備した。
「ふぅっと」
剃り終わって、つるつるになった顎をなでる。
寝癖を直しつつ、儀式の手順をおさらいする。
ようやくここまできた。
あともう少しだ。
魔結晶を魔法陣に各所設置する。触媒である血肉をふりかける。
おのれの手のひらにナイフをつきたて、血をたらす。
最後に、懐から試験管を取り出し、中に入った髪の毛を中央に置く。
黄金の輝きを放つ一本の髪の毛。
それはガルディのものではない。
ガルディの黒い毛は若干ちぢれているが、それはまっすぐに伸びていた。
「≪最上位召喚/サモン・リヴィング≫」
性別指定:男。
月日指定:72か月。
淡い翡翠色の光が瞬いていく。
視界がじょじょに光の玉に埋め尽くされていき、何も見えなくなる。
ほんの数秒の出来事だった。
「おお……成功だ……」
かき消えていく魔法陣の上、裸の男の子がいた。
均整のとれた肉体、きらびやかな金髪。
ゆっくりと、ゆっくりとまぶたを押し上げていく。
金色の瞳。調和のとれた宝石だった。
何を話しいいかわからず、両者は見つめあっていた。
(……そういえば、これからどうすりゃいいんだ……?)
そう、ガルディは何も考えていなかった。
想像ができなかったのだ。
今まで赤ん坊と接したことはないし、女性に縁のないガルディには頼める相手もいない。
だからこそ、子供の肉体を創造し、魂を召喚をしたのであって、ガルディ自身でどうにするしかない。
まずは言語だ。そのあとに生活様式を教えてこんでいくか。
そう思ったときだ――
「……だれ?」
(――な)
耳を疑った。赤ん坊と接したことのないガルディでもわかる。
これは異常だ。
生まれたての赤ん坊が言葉を話すはずがない。
肉体は成熟していても、記憶はないし、あるのは魂だけだ。
精神的には赤ん坊となんらかわらない。
少しでも自分でやらせることができるようにと、6歳児の姿をつくっただけだ。
つまり、おむつをかえるとか、母乳を与えるのが面倒だったのだ。
(6歳児の肉体だから、少し教え込めば、すぐ上達するとは思っていたのだが……これは一体……)
「私はガルディという。見ての通り、魔術師であり、そなたの創造主だ。つまりは、君、いや、名前をつけねばな。ふむ……ではリメルティ、でいいだろう。リメルティよ、私は父だ。なんと呼んでくれてもかまわんが、父上と呼んでくれたら嬉しい」
そう言って、ガルディはリメルティを観察する。
言語を理解しているか、言葉の意味を知っているか。
言語を理解しているくらいなら、使用した触媒の残滓と判断しなくもない。
「リメルティよ、そなたの名の意味がわかるか? 『メルティアよ、再び』という意味合いを込めているが、メルティアの意を理解するか?」
リメルティの視線をたどる。
どうやら地下室を見回している。儀式場よりも、棚の魔結晶が気になるのか、視線が散っている。
返事は返ってこない。
まだぼうっとしているのか、ガルディの言葉を聞いていないような雰囲気だ。
「ふむ……いや、父上はやめておくか……」
(どうしたものか……)
と、半ばあきらめていた時だ。
「ちちうえ……?」
リメルティが、口を開いた。