≪第16話≫狂気的な少女
「チッ、ちょっと実験したくらいで騒ぎやがってあのクソババア。いつか殺ス」
エレイン=エヴェレット。
魔の都・五大魔法学校の一つ、グーダスフィア魔法学校の二回生。
うざいから上級生とは関わらない。最近クラスメイトの一人もうざい。
悪魔族の父と、幻魔族の母を持つ混血種。
悪魔族の血が強くて、墨汁のような黒髪と黄色く濁った瞳。
髪は好きだけど瞳は好きじゃない。
背はあまり高くない。
でも太りにくい。胸も太らない。
使える魔法は、相続効果で習得した収縮魔法と儀式魔法。
成績はそれなり。模擬練ではかなり優秀。自信がある。
あともう少しで収縮魔法は上級。
そしてただいま停学中。
★
エレインは謹慎一か月をくらって、ぶらぶら愚痴りながらあてもなく歩いていた。
ワタシは悪くない。
どうして周囲はワタシの邪魔ばかりする。
ちょっと実験をしてみたかっただけだ。
得意の儀式魔法だ。
材料に級友を使ってみただけだ。
材料は再生能力をもつ獣人族。
少しばかり切り刻んだり、溶かしたりしたところで死にはしない。
あれは勉強、つまりは学びなのだ。
それを害するとは学校にあるまじき状況、そしてあの教師陣、学校上層部はクソで無能ばかりのポンコツだ。
ワタシをハーフだと腫物扱いするし。
噂じゃあと何年か移動規制がゆるめられる。
そうしたらワタシみたいなやつも増えてくる。
古いのだ。
考えが。
凝り固まった価値観だ。
やたらと形式にこだわるし、リスクを恐れる。
あんな弱腰では人間種にでさえ抜かれてしまう。
とくに魔術学校では優秀なところもあるという。
今では魔法と魔術の特性の違いから、優位に立つことができるが、数年後にはどうなっているかわからない。
現状に甘えている。
堕落している。
現状維持など退化なのだ。
「はぁあぁああ……」
何度ため息をついただろう。
ワタシ一人では何も変えられない。
うざってえ奴らを排除できない。
そんな鬱憤がどんどんたまっていく。
「はぁあ……ん? あれ、ここどこだ?」
日夜かまわず歩いていたせいで、よく知らない場所まで来てしまった。
途中メルティアとの境界未定地域、レッドラークを通過したところまでは覚えているが。
方角的にここはガルス周辺か?
「くんくん……」
いい匂いがする。
花の匂いだ。
それも猛毒の。
「悪魔の薔薇……?」
エレインはそこまで鼻が良いわけじゃない。
悪魔族の特徴として睡眠と食事が不要という特性がある。
エレインはそれを受け継いでいる。
が、幻魔族の方の幻影耐性は持っていない。
「近くに花畑がある……? ガルスの近くに? いや、罠か?」
ハーフ・デビルであるワタシをおびき寄せる幻の可能性もある。
悪魔族にとって、この猛毒の花の匂いは耐え難い。
無意識のうちに足が花畑の方に向かってしまう。
「ァ――ぁああっ……ウ、ウフフ……こ、これはやばい……イってしまいそうだ…テン」
父にはあまり嗅がない方がいいと言われていた。
だが、この欲望は抑えがたい。
悪魔族の血が強いために、本能が悪魔寄りだ。
草原地帯を抜け、でこぼこの岩石地帯にさしかかる。
たしかここらへんには双頭の魔獣がいるという噂だ。
その魔獣が育てていたということもある。
「フフフ、そのときは蹴散らしてワタシが摘み取ってやろう……」
ずんずんと岩石地帯を進んでいくエレイン。
その頭上。
夕闇の空には、何百匹というカラスが飛んでいた。
カァカァ――。
エレインは気づかずに、前だけを見て、そして見てしまった。
黒い花畑の真ん中。
何かもぞもぞと動く影がある。
金色の髪をもった生物がうずくまり、その背中が奇妙にうごめいていた。
ぐちゃりぐちゃり、と。
内部から何かにかき乱されているように。
背中がとがったり、血が噴き出したり。
そんな凄惨な光景のなか、一羽のカラスがその青年の肩にとまる。
吸い込まれていく烏。
まるでエレインの存在を教えるかのように、泣きわめき、青年の中へと沈んでいった。
ギョロリと血走った彼の目が、金色の輝きを持つ青年の左目がこちらを見つめてくる。
精神を誘惑してくる花畑の中、そんな熱烈な視線を受けて、エレインの口に笑みがこぼれた。
「ウ、フフフ……ッ」
無意識のうちに、エレインの肉体は絶頂に達していた。




