≪第15話≫悪魔
セルゲイの案内のもと、俺はガルスへと到着した。
どうやらケロべロス君に追いまわれているうちに、かなりガルスの近くへ来てしまっていたらしく、半日とかからなかった。
運が良かったのか悪かったのか。
普段人の通らない近道を突っ走り、予定の三分の一の時間で来てしまった。
ケロべロス君ことポチに街の外周部まで見送られ、俺は街へと入る。
関所はなかった。
まあ同じ眷属の街だしな。
腹が減ったので買い食いしながら中心部にセルゲイと向かう。
噴水広場まで着くと、
「レナドへ来たら町はずれの教会へ来てくれ。教会は一つしかないからすぐわかる」
「ああ、わかったよ」
「ではな」
「いや、ちょっと待て」
「ん?」
振り向いたセルゲイに、無限財布から札束を取り出し、放り投げる。
「とっておけ」
「すまないな」
「気にするな」
前世とは違い、今の俺には金がある。
おそらく100万ヴェルク以上、いやもっとある。
そんな小金持ちになった俺が、不幸なヤツを目の前にして、知らんふりするのは気が引けた。こうやって、前の俺をちょっと助けてくれた奴もいた。
世のなか悪い奴ばかりでもない。これは良くしてくれた奴への恩返しのつもりだった。
そのあとの資金援助は、自分の目で見てから判断することにした。
セルゲイの行おうとしていることを見届けたいという気持ちもある。
だが、俺はまず自分のことをしなければな。
「ふぅ……少し疲れたな」
セルゲイと別れて、俺はまず宿をとることにした。
まずは柔らかい布団で眠りたい。
☆
ガルスでは中級ほどの、一泊一万ヴェルクの宿に泊まることにした。
主に観光を目的とした旅行者が利用するだが、年老いた職人らしき老人の姿もたまに見かける。
スーラ亭。
悪くない。今日は軽く汗を流してからすぐ寝るとしよう。
目的の魔道具を探すための情報収集は明日からでいいだろう。
「部屋をとりたい」
受付へ行って、ドイツの民族衣装みたいな服を着た少女へ話しかける。
9歳といえど、この金髪フォルムの成長は早い。
日本人ならちっこいガキだが、今身長は150ちょいはある。
日本人なら中学生くらいで通用する恰幅だ。
ぎりぎり宿をとれるだろう。
「何人?」
珍しい赤毛の少女が訝しむように聞いてくる。
視線が後ろにずれてるあたり、俺の保護者でも探しているんだろうか。
「ひとりだ。食事は要らない」
「ひとり? あなた一人?」
「そうだ」
「そう、部屋のランクは?」
「一番下でいい」
「一泊一万ヴェルクよ。連泊なら少し安くなるわ」
「それなら一か月ほど泊まりたい」
「なら25万ヴェルクよ。割賦でもいいけど、前払いの方がいいわ。今払える?」
「払えるよ」
無限財布から25枚の一万ヴェルク札を出す。
その様子に、赤毛の少女が「ん」と反応するのを見逃さなかった。
「どうかしたか?」
「いいえ? でも気を付けた方がいいよ。それ、使うの」
なるほど。
この無限財布、あまり一般的じゃないのか。
通りで狙われるわけだ。
取り出すなら部屋でしたほうがいいな。
「ありがとう。ご忠告感謝する」
「べつに」
そっけなく少女は言って、後ろの棚から鍵を取り出す。
「案内するわ。ついてきて」
「ああ」
案内された部屋はそこそこの部屋だった。
シャワーのような魔道具もついてくるし、ベッドも清潔だ。
さっそくシャワーを浴び、寝間着に着替えてベッドに入る。
俺は泥のように眠った。
☆
無限財布は名前の通り、数えてもキリがなかった。
4000万ヴェルク取り出して、もうあきらめた。
全部万札じゃないからとても面倒なのだ。
まあ金には苦労しないことに気づいた。
「これ、おっさんの全財産じゃないだろうな……」
それでも一抹の不安は残るが。
息子に全財産を引き出せるアイテムを渡すか?
ガルディのおっさんはそこまで呑気でも馬鹿でもない。
逆にあの物静かさは物事を注意深く見て、慎重に物事を進めるタイプだろう。
まあいい。
前世とは真逆に、俺は金に苦労せず、容姿もいい。
もう少しこの世界に慣れれば、盗賊に脅されることもなくなるだろう。
そして、力をつけなければならない。
自分の身を守る力を。
この世界が甘く優しいものではないことは十分に分かった。
守ってくれる誰かも、俺の身を保証してくれる国も政府もない。
神様とその眷属、その眷属の末裔たちが支配する世界だ。
人間より強い種族なんて沢山いるだろう。
強くならなければならない。
俺が俺の手で俺の幸せをつかみ取るために。
この強くなるんだ。
俺みたいな不幸な奴を救ってやれるくらいに。
力があれば、好きになった女を守ることもできる。
英雄にだってなれる。
セルゲイに協力して、この世界を変えることだってできる。
この世界の神様は気に食わない。
セルゲイと話す前からおかしさを感じていた。
死をなくし、言葉の壁をなくし、今度は他種族との交流をすすめるために領域間規制をなくそうとしているそうだ。
住みわけられて十分だ。
言葉の壁もあってもよかった。
死は絶対にあるべきだ。
俺が前世で死ぬことさえできなかったら、精神がおかしくなっていただろう。
傲慢だ。
セルゲイが全て言葉にしてくれた。
資金援助を約束したのはそれが理由だ。
メルティアでは魔術が普及しているが、そうでもないレナドみたいな農耕地区ではどうなのだろうかという疑問があった。
だからレナドへ行こうとしたが、セルゲイの様子を見ればわかる。
おそらくは悲惨な光景が待っている。
力が欲しい。
理由はたくさんある。
そして、力を得るためにすべきことは何か。
人間が持てる力、特異な力。
そう、魔術だ。
俺は運がいいことに、魔術師の子どもとして生まれた。
隠密系統の魔術だ。
だが、習得できる系統には制限がある。
限界値だ。
簡単に言うと、種族値と属性値を足し合わせたもの。
厳密には違うが。
魔術を学ぶのはいいが、この限界値というのがネックだ。
自分の限界値がどれほどか分からないが、絶対に増やした方がいい。
そのために本を読んだ。
『後天的限界値の獲得』
著者、ガルディ。
ガルディ自身が試したものが一つ。
それはおそらく俺では意味がない。
だが、あと十五通り、人間種が後天的に限界値を会得する方法があるという。
机上の空論かもしれない。
きわめてリスクが高いとも書いてある。
それでも俺は強くなる必要がある。
魔道具であるい『邪鬼の笛』と『悪魔の薔薇』という植物を見つける必要がある。
俺は強くなってみせる。かならずだ。
それを実現させる自信が、この金髪フォルムにはあった。




