≪第9話≫魔術講義
隠密系統。
匂いを消し、音を消し、気配を消し、存在を消す。
自分が動かす空気の動きさえ把握して、殺す。
自分を殺して相手も殺す。
そういう魔術系統だ。
生命感知や魔力感知、存在感知といった特殊技能を持った種族でさえ、あざむく。
その習得は本来容易ではないらしい。
相続効果あってこそのもだという。
≪低位隠密/サイレント≫
範囲指定:1
威力指定:100
音が消える。
指を鳴らしたり、地面を踏み鳴らしてみるが静寂は保たれた。
低位は一か月かそこらで全て習得できた。
≪低位隠密/マッド・ノーズ≫
範囲指定:1
威力指定:100
嗅覚を刺激する物質が消える。
服のすそに鼻をあてて、匂いを嗅ぐ。無事、香水の匂いは書き消えている。
魔術が発動してる感覚もある。
若干の精神の疲労感と、体の中心から外へ向かう放出感だ。
≪中位隠密/オーラハイド≫
範囲指定:1
威力指定:100
存在感の希薄化。
注意しなければ、存在は感知されない。
これで人間種はほとんど気づくことはないという。
だが、中位では特殊技能で獣族や獣人族には気づかれる。
≪高位隠密/ダブルリライト≫
範囲指定:1
威力指定:1000
誤情報を周囲にばらまき、存在ごと隠蔽する。
威力にもよるが、これで大半の種族は騙せるという。
高位の察知系魔術か、ごく一部の種族しか対抗できない。
高位になるにつれ、精神の消耗が激しくなる。
それに、高位の魔術は厄介だ。威力の上限がないから、どこまでも強めることができる。それこそ、自分が死に至るレベルまで。
だが、そのレベルまで引き上げても、どうしても感知される種族もいる。
精神生命体や一部の悪魔と天使。
あとは、どの種族にも最上位に君臨する者たちは対抗手段を持っている。
その絶壁ともいえる対抗手段でさえ、かいくぐる秘術。
存在値ごと限界まで削りつくす、危険な技だ。
これを試したのは一度きり。
あれを使うときは、存在値を戻すための時間を考慮し、慎重を期さなければならない。ガルディのおっさんでさえ使ったのは三度ほどだという。
存在値をゼロにする、それは存在の消滅を意味する。
この死を除外した世界で、消滅とはどういうことなのか。
隠密系の魔術は基本的に自分のほかに、他人にも効果を付与できる。
範囲を広げて、接触してから術を行使するだけでいい。
消費魔力は二倍だが、それでも使い勝手がいい。
それなら、秘術はどうなのだろうか。
「ああ、できるとも。だが、自分よりも存在値が低くなければ成功しない。人間種は特に存在値が低い。あまり有効な手段ではないだろう」
そう、ガルディのおっさんは言ったのだ。
この死なない世界で、殺すことができると。
それは肉体的な意味ではなく、存在の消滅になるが、それでも、殺す手段があると。
死。
世界の中心にいるという神様が決めたことを、覆す。
今の神様は領域間の移動規制でさえ、緩めようとしているらしい。
おかしな世界だ。
神様がいるのに、役所手続きとか戸籍管理とか、養子縁組とか、実にアナログなことをしている。
前の世界の貴族とかみたいなのじゃなくて、ここには明確な身分格差がある。
神様と眷属、眷属とその末裔、そして被造物である庶民たち。
この世界で、俺はどの立ち位置にいるのだろうか……
☆
一年で隠密系統を習得したあと、俺は本を読むことにした。
これから、習得していく系統を選ぶまえに、俺には魔術的知識が不足している、とガルディは言った。
そして、また机の上に山のような本。
著者にガルディの名前もまたあった。
『魔術計画論』
『始祖の系統樹』
『限界値算定法』
『魔法的見地からの魔術分析法』
『107の眷属たち』
『存在値の認証』
『後天的限界値の獲得』
『属性の分派』
『当代神概論・性格分析』
『すべての種族たち』
隠密系統の魔導書と違い、読破には困難を極めた。
10冊すべて読み切るのに、二年だ。
なにしろ広辞苑みたいな厚さがあり、文章がこれまた難解だ。
ガルディの文章もそうだったが、相続効果というのは末恐ろしい。俺はなんであんな分厚い本を二日で読めたんだ。
時間があったら読め、と相続効果の立証という本も渡されたが、ついぞ手をつけることはなかった。
10冊の本を読んで、俺は外に出たくなった。
人間種以外の種族と、他の領域。
メルティアの魔道具市場もそれなり面白かったが、俺を満足させるには程遠い。魔法学校も高学年からでいい、という。
だったら、あと六年くらい放蕩の旅にでも出るか、と思い至ったのは当然だろう。市場で生活必需品、多少の魔道具を買い集めた。
それからガルディには「6年くらい家を出る」「そうか」という会話だけで終わり、旅に出るために、ちょっとあいさつ回りに出た。
以前ならそんなことしなかったが、仲良くしてくれた人に何も言わず出ていくのはためらわれた。
ララナ、ユート、アンリ……
その数は片手で足りたが。
ララナにはとても心配された。ユートはしょんぼりしていた。
アンリには号泣された。
何て言っていいかわからなくなり、どうしようもなくなって、そのまま立ち去った。一週間には一回くらい遊んだっけ。あとは勉強も教えてやった。
さずがの俺でも小学生レベルはわかるというか、今の金髪フォルムが理解力が高いだけだが。
初等部では礼儀作法と初歩的な算術とか言葉、中等部では歴史、地理、初歩的な魔術、体術などを習うらしい。
高等部では応用的な魔術か。
ガルディは要らんと言ったが、メルティアの一般人が使うような操作系魔術を全く使えない。系統樹さえ派生しない低位の魔術を習う意味はない、らしい。
いや、あんた確か使ってなかったか、と思わなくもないが、魔道具さえあれば不便はしないしな。
なにはともあれ、俺は家を出ることにした。
人生初の一人旅である。




