≪第8話≫ユート
僕には同い年の兄がいる。
リティだ。
リティはとても頭が良くて、運動が得意で、なんでもできた。
僕の義理の父であるガルディさんと一緒に住んでいて、期待されているみたい。
僕は純粋に嬉しかった。
立派な兄を持てて、誇らしかった。
リティはよく一緒に遊んでくれたし、勉強も教えてくれた。
来年、僕は10歳で、魔法学校に入学することになった。
初等部からだ。これでリティと一緒に学校へ行けるかもしれない。
そう思っていた。
「え……リティ、学校行かないの……?」
「ああ」
ぶっきらぼうだった。
鬼ごっこに誘う時よりも、そっけなかった。
「ど、どうして……?」
「父さんが高等部からと決めたからな」
高等部からだとあと六年後だ。
僕が学校に行く分、なおさら顔を合わす機会はなくなるだろう。
二年前から、リティは僕の家に食事を取りに来なくなった。
リティが自分でつくるようになった。僕と同じ年なのに、やっぱり凄いやとそのときは思っていた。
「そ、そっか。ガルディさんが決めたんならしょうがないよね……」
あまり話したことはないけど、怖そうな人だ。
リティでも逆らえないのは仕方ない。
「いや、従うのは俺の意思だ。誰かの言う通りに動くのも悪くないと思ってな。今までずっと一人で決めたから、その分安心感があってな……。それに父さんの言うことはだいたい正しいしな」
「…………?」
僕は首をかしげる。
リティはたまによく分からないことを言う。
きっと深くて難しいことを言っているのだと思う。
だって、リティは頭が良いんだから。
「父さんは別に絶対学校に行くなとは言ってない。俺が行かないと決めたんだ」
「そうなんだ……で、でも、分からないことあったら聞いてもいいよね?! 僕一人だとちょっと不安だよ……」
「うーん……」
難しい宿題なんかが出たら、リティに頼むつもりだった。
でも、リティはまた顔を渋らせた。
きっと嫌な答えがくる。そう思った。
「ユート。俺、家を出るんだ。しばらく戻ってこない」
「え……?」
家を出る……?
そんなこと思いつきもしなかった。
だって、僕らはまだ子どもで……
「明日には出発する。歩いて様々な領域を回るつもりだ」
「あ、歩いて?!」
「ああ、基本徒歩だ。自転車でもあればよかったんだが……あいにくとこっちにはないしな……いや車はあったが……。時たま、バスや大型車は使うくらいだろう」
「え、でも、ガルディさんは……」
「高等部までは何をしようが父さんは気にしないさ。むしろ、少し喜んでいた」
「え? ガルディさんは行かないの?」
「うん? 家を出るっていったら一人でだろう。父さんも一緒に行くんなら、家を出るなんて言い方しないだろう? それに、父さんが外に出るとは思えんしな」
「ひ、ひとり?!」
「そんなに驚くことか?」
リティはぶっきらぼうに言った。
リティはいつもこうだ。
僕が考え付かないことを平然とやってのける。
やっぱり凄い……でも……
「驚くよ! でも、リティとしばらく会えなくなるんだね……」
「六年なんてあっという間さ」
「…………」
六年なんて、僕らはまだ九年しか生きていないのに……
「寂しくなるね……」
「そうか? お前にはアンリがいるだろ? 俺がいない間せいぜいイチャイチャしていろよ」
「いちゃいちゃ……?」
まただ。リティは普段は難しい言い方をしたりするが、時に変に乱暴で、妙な言葉を使う。きっとアンリと仲良くしていればいいだろ、ってことを言ったんだと思う。
アンリ。
近所でよく遊ぶおさげの女の子。
最近僕はアンリとよく話していた。
でも、それはちがうのだ。アンリが僕を好いているというわけじゃない。
アンリが好きなのはリティだ。
遊ぶことがある他の女の子の何人かも、リティのことが好きだ。
リティはそれを知らない。
リティの持っている他人を寄せ付けない、近寄りがたい雰囲気が彼女たちの勇気をうばっていた。
そんなに付き合いがいいわけじゃないし、リティが話すのは僕とアンリくらいだった。
少しは話すアンリでも、いや気の弱いアンリだからこそ。彼女は悩んでいたのだ。そんなときに、これだ。
「ちがうよリティ、アンリはね……」
言おうとして声がしぼんでいった。
本当のことを言っても、大人びたリティは突っぱねそうな気がしたのだ。
なんでもない風に、「そうか」と言って、そのまま旅に出る。
それを知ったら、アンリはどう思うだろう。
それを聞いたとき、僕の心はどうなってしまうんだろう。
考えるのもいやだった。
「やっぱ、なんでもない。返ってきたら旅のお話しを聞かせてね、リティ」
「ああ、約束する」
言って、リティは僕の頭をなでた。
リティは僕に優しくしてくれた。とても頼りになった。
リティは家族として、弟として、僕を愛してくれていたと思う。
でもどうしてだろう。
こんなに心が離れ離れなのは、どうしてなのか。
僕はその答えがわからなかった。
母さんはそんなことないと言った。
僕は後になって知ることになるのだ。
リティは家族というものを知らなかった。そして不器用だった。
家族なしにずっと一人で生きてきた人なら、リティの心の隙間をわかってあげられたかもしれない。
その苦しみを分かったうえで、リティを包み込んであげる人が必要だったのだ。僕にとっての母のような人。
でもそれがわかったところで、僕はどうすることもできなかっただろう。
人の出会いと心をどうにかできるのは、神様くらいだ。
そして、このとき神様はわかっていただろうか。
僕とリティの約束が、守られなかったことを。




