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Phase 0

僕は朝が嫌いだ。

朝は日差しが窓から差し込んできたり、太陽が雲に隠れていたり、寒かったり、暑かったり、僕にとっては目まぐるしすぎるほど変化する。

そして毎回憂鬱な1日を告げる。とても簡潔に、僕やその周囲をざわつかせる。

一生朝など来なければいいのに。いつもそう朝を呪う。


朝は毎回一人だ。一人で朝食、一人でテレビ、一人で新聞。

朝が一人というのをあまり感じさせないのは唯一の救いかもしれない。

両親が他界してからこの方なるべく色んな情報を持っておくよう心掛けている。新聞やニュースを通して毎日入ってくる情報を見ていくとまた憂鬱になってくる。誰かが死んだ、どこかの株が暴落した、どこかの誰かが捕まった、エトセトラエトセトラ。

これで憂鬱になるなというのが無理な話だ。

最後にコーヒーを一杯飲み干して出発をする。アパートの二階の自分の部屋の鍵を閉め、階段を降りる。

肌を刺すような寒空が目の前に飛び込んでくる。

ブルッと身震いをしながらコートのジッパーを一番上まで上げて学校までの通学路を進む。吐き出す息の色が白い。冬の到来を示すように粉雪もパラパラと降っている。

寒さもあって、自然と足は早くなる。ああ、ほんと、なんて憂鬱な日なんだろう。そのことで頭がいっぱいで、道中の風景なんて記憶に残らなかった。


学校に着いて自分のクラスに向かう途中、担任の先生に呼び止められた。どうやら周囲で変わったことがないか、ということだが、僕は特に心当たりはないとだけ答えて立ち去った。

何かあったのだろうか、と少し考えながらクラスの自分の席に着く。

ポケットから音楽プレイヤーを取り出し、ある曲をかける。何回きいても飽きない、少しアップテンポなロックだ。作者もバンド名も知らないが、よく父が聞いていた記憶がある。

この音楽プレイヤーは父の形見で、何故かこの曲だけは不明なアーティストとして登録されている。

しばらくするとクラスに人が入り始める。10分もしないうちにクラスが揃い、チャイムが鳴る。

総勢12人の、そこそこな規模のクラスだ。

担任が来て、今日のホームルームが始まる。

しかし今日はいつもと雰囲気が違うというか、異質な感じがした。担任は少し気まずそうな表情で口を開いた。

「ついさっき、例の生物の目撃情報が出た。皆、充分に気を付けて登下校をするように。それとそれに合わせて今日は特別講習を行う」

そう告げると、一瞬の静けさの後、教室がざわめく。

12人(自分は喋っていないので11人)のざわめきはその人数なだけあって、一つ一つの会話の内容は聞き耳をたてるまでもなく全て把握できた。

「またあの化け物?」

「やっぱりもう休講にしてくれないんだ」

「あの生物何回くれば気がすむんだよ!」

「また討伐隊くるのかな?来るなら一目見たいよね〜」

十人十色な反応がそこら中から聞こえてくる。

そのクラスメイトたちのさざめきが少し耳障りで、またイアフォンで耳を塞ぐ。


僕の両親が死んだのはつい半年前、最初にあいつらがやってきた時だ。うちの親は普通に仕事帰りで、その日は二人がたまたま同じ時間に帰れて、駅から少し明るい気持ちで歩いている時。

それが、二人の運の尽きだった。

生存者の話では、そいつは突然虚空から現れて、瞬く間に駅から続く商店街を歩いていた人の多くを殺した。その中には、勿論僕の両親もいた。即死だったらしい。

多分、危機が迫ったことすらもわからないうちに殺されたのだろう。二人の手は繋がれたまま見つかった。

この時の被害は60人程。帰宅ラッシュだったということもあり、たくさんの人が死んだ上目撃者もたくさんいた。その惨事を引き起こした生物は二足歩行の化け物だった、と、皆が口々に言った。

あとから監視カメラなどを駆使してその正体を知ろうとしたが、あまりにも速すぎてほとんど参考にならなかった。

唯一捉えられたのはブレブレの人らしき姿をした青みのある肌をした何か。それ以上はわからなかった。

この事件は数日間報道機関を騒がせたが、一週間も経たないある日ピタリと止んだ。うちのクラスでは政府による圧力という説が主流だったが、真実はわからない。

だがその努力は虚しく潰える。事件から一ヶ月後、奴等が現れてから。


昼のチャイムが鳴り、少し弛緩した空気が流れる。皆が弁当を広げたり学食へ足を運ぶ中、僕は身支度を済ませ一人クラスの後ろから出る。

誰も気づかないし、誰も気に留めない。そのまま下駄箱で靴を履いていると、息切れした声で呼び止める人がいた。

声のしたほうに目を向けると、同じクラスの河西さんだった。

「もう帰るの?」

そうきいてきたかと思うと自分の靴を履き始める。

「…今日は調子悪いから」

「あ、そうなんだ。私も一緒に帰っていい?」

「お好きに」

「ありがとう」

朝に降っていた粉雪は霙にかわっていた。もってきていた折り畳みの傘を差して家路につく。

後ろから河西さんが声をかけてきている気がしたが、霙が傘を打つ音で聞き取れなかった。


「あ、私こっちだから!」

T字路に差し掛かったところで突然河西さんが声を張り上げてきた。

「じゃあね!」

そう言って河西さんは手を振って帰っていく。

それを肩越しに見送って自分の家に帰る。

霙はもう雨にかわり、パラパラと降っていた。

冬の寒さが体の熱を奪っていって、それが少し気持ちいい。

しばらく歩いていると、雨が弱まる。もう降っているかどうかわからないほどになったので傘をたたむ。

すると、自然に目が地面にむいたところで指輪のような何かを見つける。

何か固いものでできているのだろうが、その色は黒く、普通の指輪とは違うのが一目でわかる。

何かの部品だろうか?そう思い、それを拾ってみる。

空にかざすと、かすかに光沢があることがわかった。

試しに指に嵌めてみると、するっと指にはまる。丁度良い大きさだ。やはり指輪だろうか?

あたりを見回してみるが、誰もいない。

はあ、とため息が出る。拾ってしまったのはしょうがない、交番に届けるか。

指輪を外して右手の中に握ると、

「ッ!!」

ジュッと熱したフライパンに触れたような熱さが右手全体に広がる。

たまらずその場にうずくまる。

あっという間に全身に熱が広がる。自分の体があたかも燃えているような錯覚に、地面に寝そべりのたうちまわる。

それから数秒すると、すっと熱が収まる。

はあはあと細切れの息が静けさの中で聞こえる。

感じるのはアスファルトの地面の冷たさのみで、さっきまでが嘘みたいに体は冷え冷えとしていた。

熱源だった右手を見てみるが、特にこれといった変化はなかった。

(何があったんだ?)

まったく見当もたたず、ぼーっとした頭でゆっくりと立ち上がる。

はっきりとしだした思考で考えると、やはりあの指輪が原因としか思えなかった。

落としてしまったのか、その指輪はどこにも見当たらなかった。

もう一度探して交番に届ける気力もわかず、一つ深呼吸をおいて再び帰路に着いた。


「ただいま」

そう声を掛けるが、返事は返ってこない。

それは当たり前だし、度々虚しい気持ちにさせられるが、毎日の習慣だったためそれを崩せずにいる。

六畳の狭い部屋。以前両親と住んでいた家は引き払い、僕の生活費にしている。両親は保険に入っていたのでそれでもなんとかなるかと思ったが、独自に計算してみた結果それだと学費が少し厳しくなることがわかったため売ったのだ。

また、両親と別れを告げるという意味でも、自分にとっては大切な儀式だった。

疎遠なのか死んだのか、両親から両親の親兄弟の話は一切聞かなかった。なので、正確かはわからないが僕は天涯孤独、ということになる。

家も引き払ってしまったため、近くに顔見知りの隣人もいない。一人で生活すると決めた以上覚悟はしていたが、やはり孤独感は拭えない。

自分で学校に行こうと思うのはそれを紛らわすためなのかなと思いつつ、今日の新聞を漁る。欲しい情報は、数ヶ月前に発生した奴等の二回目の襲撃のことだ。


奴等と形容するからには、複数の何かがそこにはある、ということだ。事実、僕の両親が死んでから一ヶ月後、奴等は現れた。

場所は新宿、帰宅ピーク時だった。

今度は多くの目撃者と共に多くの映像が残った。それもそのはず、奴等が現れたのは新宿駅の、すべての路線の入り口だったのだから。


頭がズキズキと痛む。頭が割れそうに痛い。

早鐘が鳴るような、脳が揺さぶられるような感覚が全体に巡る。

痛みがなんなのかわからない。苦しい、辛い。

痛い、痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!」

そこで自分の声で目がさめる。上体を起こして布団を跳ね除け、鏡へ向かう。

電気をつけると、そこには冷や汗がビッショリと濡れそぼった自分がいた。そして、頭はちゃんとそこにある。

少しホッとするが、病気かもしれないと思い至る。

手を心臓に当て、脈拍を確認。だが、そこはいつもと変わらない。

少し首をかしげ、身体全体を見てみるが、目立った外傷はない。意識はハッキリしている。脳出血も考えたが、今は痛みが全くないということを考えると、それもないか、と思う。

異常が全くなかった、ということは、

(夢?それにしては痛みがリアルだったけど)

と、自問自答する。

唯一原因らしい原因は昨日経験したあの謎の熱だが、それも幻覚であったかのように何の痕跡も残らなかった。

ここ数ヶ月色々ありすぎて疲れたのかもしれないと、シャワーを浴びて寝ることにする。

服を脱いでシャワー室に入ろうとし、ちょうど鏡に上半身が映ったところで、自分の目が大きくなったのがわかる。

鏡に映る自分の上半身には、黒いタトゥーのようなものが書かれていたのだ。

すかさず自分の上半身を確認するが、そこにタトゥーは見当たらない。再び鏡に顔を向けると、くっきりとそこには何語ともとれない文字でタトゥーが刻まれていた。

少し不気味に思うが、この状態をどうにかできる人に検討がつかず、忘れることにした。

シャワーを浴びてスッキリして出てきても、やはりタトゥーは鏡越しにくっきりと残っていた。

頭をフルフルと降り、再び布団に入る。

その日は、久し振りに両親の夢を見た。


翌朝、再び学校へ行くと、玄関口の掲示板に張り紙があった。

『今日は校長から大事な話があるので、ショートホームルームの後講堂へ向かうこと。またクラス委員は配布物があるので職員室に取りに来てください。

校長より』

ただならぬ何かを感じ、少し落ち着かなくなる。この報せは見たことがあったのだ。

僕の両親が死んだ、その翌日に。

そして僕は知った。校長の話から。そして担任の口から。

河西さんが、何者かに殺された、と。

――End of Phase 0

まだ始まってすらいないのはご了承ください。これから会話を増やしていけたらな、と思います。読了、お疲れ様でした。

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