卯月の章 1
――― 陽、朔、よく聞いて
あなたたち2人の名前は、私が大切な意味を込めてつけたもの
どうかその意味に気づいて
そして、朔、あなたは必ず【虹のかけら】を封印しなさい
あれを封印できるのは、あなただけだから ―――
それは華月神社の先代の巫女が、次代の巫女とその兄に残した最後の言葉だった。
華月神社には代々伝わる【虹のかけら】と呼ばれる七色に輝く石がある。
その石にはとてつもなく強い力が宿ると言われ、神社に封印されている。
しかし、その石に宿る強い力のためか、数百年に一度その封印は解かれ、石は七つに分かれて方々に飛び散ってしまう。
封印の解かれた七つの石は方々で災いを呼び起こすと言われているため、華月神社ではその封印が解かれた際には、巫女が七つの石を探し出して再度あらたな封印を施すことになっている。
そして、今より十五年ほど前、その封印は解かれ【虹のかけら】は七つに分かれて散らばった。
当時の巫女はその七年後、ようやく七つのかけらのうちの一つ【紅のかけら】を見つけ出したものの、その封印の際に力を使い果たし命を落とした。
その後唯一見つかった【紅のかけら】は当時5歳だった次代の巫女の手に委ねられたが、残りの六つのかけらは未だ見つからず、今も方々に散らばったままである。
そうして先代の巫女より使命を受け継いだ幼き巫女は、八年経った今も【虹のかけら】を探し続けている。
朝の早い時間、少女は華月神社の境内でうんと伸びをした。
「今日から新学期、私も中2かぁ」
そんな言葉を呟く少女は、黒いブレーザーとグレーのチェックのスカートに身を包み、ブレザーの内側に着られているブラウスの胸元には赤いリボンが結ばれている。
その服装はまぎれもない珪明学園のものであり、胸元の赤は彼女が言葉通り中等部の生徒であることを示していた。
「せっかくだから参拝して行こっかな」
ついでにおみくじも引いてみようか、なんて考えながら少女は拝殿に目を向けた。
同時に一人の女性の姿が少女の瞳に映る。
(こんな朝早くから参拝?しかもあんなに熱心に・・・何かあったのかな?)
朝の散歩の途中などという雰囲気ではなく、朝の早い時間から真剣に祈りを捧げている女性を見て、少女はゆっくりと女性に近づいた。
「こんなに早い時間からご参拝ですか?」
少女が声をかけると女性はゆっくりと少女を振り返った。
30代くらいのその女性は、目元にうっすらと隈をつくり、どこかやつれているようにも見えた。
「あなたは・・・?」
女性はぼんやりと少女を見つめ、首を傾げた。
すると、少女は慌てて自己紹介をはじめる。
「あ、すみません、私は華月 朔。これから学校があるのでこんな格好ですが、この神社の巫女です」
「かつき・・・?この神社の名前、かげつじゃないの?」
少女の名前を聞くや否や、女性の瞳が不安げにゆらゆらと揺れる。
「え?ああ、神社の名前はかげつですよ、私の苗字はかつきですけれど。漢字は同じなんですけど、読み方が違うんです」
朔は一瞬何のことかわからずに首をかしげた。
しかしすぐに自分の苗字と神社の名前の読み方の違いから、女性を誤解させたことに気がつき、慌ててそのことを説明した。
「じゃあこの神社は"かげつ"神社で間違いないのね」
その女性はなおも不安そうに訊ねる。
「ええ、間違いないですよ」
「そうよかった」
朔が力強く頷くと、女性は安心したように小さく息を吐いた。
「それで、あの・・・」
女性の様子に少し疑問を抱きつつも、朔は控えめに女性に声をかけた。
すると女性はハッとする。
「ああ、ごめんなさいね。私の名前は柊 みかげ。仕事をしているものだから、仕事に行く前に、と思ったらこんな時間になってしまって・・・迷惑だったかしら?」
「いえ、大丈夫ですよ。ただこんな朝早くから、ずいぶんと熱心に手をあわせていらしたので、どうかされたのかな、と」
女性があまりにも不安そうに訊ねてくるので、朔は安心させようと微笑んでみせる。
すると女性の強張ったような表情が、幾分か和らいだ。
「ええ、少し困ったことがあって。それで母に相談したら、母が昔こちらの神社の巫女さんにお世話になったらしくて、この神社を薦めてくれたの。その巫女って、あなたのことかしら?」
それにしては少し幼すぎる、そんな瞳で女性は朔を見つめてくる。
朔もおそらく自分のこではないだろうとすぐに悟り、首を横に振ってみせた。
「いえ、違うと思います。おそらく先代の巫女、私の祖母のことかと・・・」
「その巫女さんは・・・」
「今はもう・・・8年ほど前に他界しました」
「そう・・・」
朔の言葉を聞くと、女性はひどく落ち込んでしまった。
おそらくはその巫女、つまり自分の祖母である綾奈を訊ねてきたのだろうということは女性の反応を見れば朔にもすぐに理解できた。
だが、すでに他界してしまった巫女に会わせる、ということなど朔にできるはずもなく。
(どうしよう・・・)
落ち込んでしまっている女性を見つめながら、朔はしばし考えた。
そして意を決したように、女性に話しかけた。
「あの、私でよければお話、お伺いしましょうか?何かお悩みなら、話すだけでも少しは楽になるかもしれませんし」
「そうね、じゃあ聞いてもらえるかしら」
「はい」
少しだけ気分を浮上させたらしい女性の返答に、朔は笑顔でそう応えた。
境内にある華月家の扉がカラカラと音を立てて開かれる。
ちょうどその時その近くに居た陽は、開かれた扉からひょいっと外を覗き見た。
「ん?朔か?」
目の前に現れたのは紛れもない自分の妹。
その妹が外から現れたことに、陽は少々面を喰らった。
「あ、お兄ちゃん、おはよう」
視線がかちりと合って、朔はとりあえず挨拶を交わしながら靴を脱ぐ。
「ああ、おはよ。新学期早々、早いなおまえ」
今でも学校へ行くにはまだ早い時間だった。
そんな時間にすでに制服を着込み、外へ出ていたというならかなり早く起きたことになる。
前日まで長期間休みが続いていたことを感じさせないその速さに、陽は驚いたような感心したような、なんとも言えない声色でそう言った。
「うん、なんか目が覚めちゃったからね」
「それで境内を散歩?」
「うん、そんなとこ」
朔はそう言うと家の中へとスタスタと入っていく。
陽もまたそれを追うようにして中へ入っていった。
「ほら」
「ありがと」
陽はダイニングルームのテーブルに座った朔の目の前にことんとマグカップを一つ置いてやる。
その中にホットミルクがなみなみと注がれていた。
朔が一口飲んだのを確認すると、自分も同じものを持って朔の目の前に座った。
「お母さんは?」
朔はきょろきょろとあたりを見回しながら訊ねる。
「ん?まだ寝てんじゃないか?オレもさっき起きたばっかだからなぁ」
「じゃあ、お父さん・・・」
「も、寝てるんじゃねーか?もうすぐ起きてくるだろ、そろそろそんな時間だし」
「そっか」
陽の言葉に頷くと、朔はまた一口飲む。
それを確認して、陽は自分もマグカップに口をつけた。
「今日、仕事、なかったよね?」
確認するように訊ねるとすぐに頷きが返ってくる。
「ああ、今のところ何も入ってなかったぞ。よかったな、今日は学校も昼までだし、午後からゆっくりできるぞ」
「それが、そうでもないんだよねぇ」
にっと笑って言う陽とは対象に、朔は苦笑してみせる。
「ん?なんかあるのか?」
「さっき1個依頼もらってきちゃったから」
「へ・・・?さっきって、散歩中にか?」
そんなに長い時間ではなかっただろうその間に、さきほどまでなかったはずの依頼が追加されていることに、陽は少々驚きを隠せずにいた。
「うん」
「へぇ、で、今度の依頼はなんなわけ?」
「ええとね・・・」
少し身を乗り出すようにして訊ねてくる陽に、朔はさきほどの出来事を話し始めた。
「最近、どうも家の中がおかしいの」
柊 みかげと名乗った女性はそう切り出した。
「おかしい?」
「ええ」
「どんな風に、ですか?」
なにがどうおかしいのか、朔はとりあえず具体的なことを訊ねてみた。
すると、どう説明すればいいのだろう、などと悩みつつもみかげは現状を説明していく。
「上手く言えないんだけど、最近どうも家の中にいると落ち着かなかったり、イライラしたり、かと思えば急に悲しくなったり、落ち込んだりするの。それに家ではなかなか眠れなくなったし。それが私だけなら精神的なものかとも思ったんだけど、息子や娘もそうで」
「お子さんがいらっしゃるのですか?」
朔は目の隈はその所為か、などと思いつつも最後の言葉が少し気になり、そちらの疑問を口にしてみた。
すると子どもについて訊ねられた所為か、みかげの表情が一瞬だけほんの少し明るくなった。
「ええ、息子が5歳、娘が3歳なんです。通っている幼稚園では全然そんなことなく大人しくしているらしいのに、家では喧嘩ばっかりしたり、急に泣き出したり・・・」
最後の方はひどく心配そうな顔つきで、やはり子どもが大切なのだろうと朔は思う。
「他に何か変わったことは?」
他にも何かあるかもしれない、そう思って朔はそう訊ねてみた。
するとみかげは少し考えた後、思い出したように話し始めた。
「そうね、最近は家に人を呼ぶと必ずと言っていいほど口論になってしまうわね。お互いちょっとしたことでイライラしてしまって・・・」
「実際に行ってみないとわかりませんが、家に何かよくないものがいるのかもしれません」
朔はしばし考えた後、可能性のあることを述べてみる。
すると、途端にみかげの顔色が変わった。
「そ、それで、どうしたらいいの!?」
急に自分に詰め寄ってくるみかげに、朔はひどく焦った。
それでもまずはみかげを落ち着かせようと試みる。
「あ、まだはっきりといるって決まったわけじゃないですから・・・」
「で、でもっ、可能性はあるんでしょう!?」
試みはどうやら失敗したらしく、みかげはなおも朔に詰め寄った。
「ええ、まぁ・・・もしよろしければ、私が一度お伺いしましょうか?もしそうでなかったとしても、何か原因が分かるかもしれませんし」
あまりにもみかげが必死なのを見て、そう提案してみる。
少なくともそういう類のものが関係しているかしていないかぐらいの判断がつけば、それだけでも違うだろう、そう思って。
そして、その提案にみかげは瞳を輝かせた。
「来て、もらえるの?」
「はい、私でよければ」
「是非、お願いするわ。それで、何時来てもらえる?」
言外にその瞳ができるだけ早く、と告げている。
仕事をしているのなら、土日の方がいいだろうと思った。
だが、おそらく彼女は待てないだろうとも思う。
「そうですね、今日は学校が午前中までなので、午後からずっと時間があります。ですので柊さんのお仕事の都合に・・・」
考えた結果、少々時間帯が遅くてもみかげが仕事を終えて帰ってくる時間帯に行ってあげようと思い、朔はそう提案しようとした。
どうせ今日は学校も午前中だけだから、楽だろうし、そう考えて。
しかし、みかげは午後から時間が空いていると聞くと、またも朔に詰め寄る。
「午後からならいつでも来てもらえるのね!?」
「ええ、でも柊さんの方はお仕事が・・・」
朔が午後から空いていようとも、みかげが空いていなければ意味がない。
そんな意味を込めてそういうと、みかげはぶんぶんと首を振った。
「仕事なんかしていられないわ。こっちの方が大事ですもの。午後からは仕事を休んで待っています。ですから・・・」
あまりにも必死なので、朔はそれに応えるように頷く。
「では、午後、できるだけ早い時間にそちらに伺いますね」
「ええ、ええ、お願いね」
朔の返答を聞くとうれしそうにみかげはそう言った。
「それで、住所を・・・」
そう言って朔はみかげに紙とペンを差し出す。
「あ、一応電話番号も書いておいてください」
サラサラと住所を書いていくみかげにそう告げると、みかげはすぐに頷いて電話番号もその下に書き記した。
「それでは、お待ちしていますから」
「ええ、必ず伺いますので」
みかげは何度も朔に念を押してから、その場を去った。
「と、いうわけ」
「必死だな、その人」
朔の話を黙って聞いていた陽は、率直にそう感想を述べた。
その言葉に、朔もうんうんと頷く。
「うん、かなりね」
「で、その住所は?」
「あ、はいこれ」
朔はみかげに住所を書いてもらった紙を、陽に手渡す。
すると陽は地図を引っ張り出すと、ページをペラペラと捲りみかげの家が載っているページをコピーした。
そしてコピーした地図のちょうどみかげの家のところに、ピンク色の蛍光ペンでマークすると、その地図を先ほど渡された紙を一緒に朔に手渡す。
「ほら」
「うん、ありがとう」
これは仕事のある朝、いつも行われるやりとりだった。
そしてまた、仕事の依頼の管理なども実は陽がやっていたりするのである。
「ここから少し遠いみたいだけど」
「大丈夫、この辺りは前にも行ったことあるし」
「そういや、そうだったな」
2人がそんな会話をしていると、パタパタと足音が響いてくる。
「お、父さんも母さんも起きたみたいだな」
「みたいだね」
こっちへ向かってくる2人分の足音を聞いて、朔と陽は微笑んだ。
「お父さん、お母さん、おはよう」
「おはよ」
朔と陽がそれぞれに挨拶の言葉を投げかけると、2人の父と母である雄一と沙耶は微笑む。
「ああ、おはよう、陽、朔」
「おはよう、あらあら2人とも今日は早いのね」
いつもよりも早い時間に起床している2人を見て、沙耶が少し驚いたように言う。
すると、すぐに陽が口を開いた。
「オレはそうでもないよ。早いのはこいつ。散歩までして来てんだぜ。まるで祖父さん並みだよ」
朔を指さしながら言う陽に対し、朔はふるふると首をふる。
「残念だけど、それはないよ」
「は?なんで?」
朔の言葉に、陽は当然のように首を傾げた。
その瞳が、理由を説明しろと言っているのが朔にはありありと感じられて、朔は苦笑しながら話を続けた。
「だって、私が起きたときには、お祖父ちゃんはすでに境内のお掃除をほとんど終わらせてたもん」
「げぇっ!いったいいつ起きてんだ!?」
朔の言葉を聞くや否や、陽はそれはそれは驚いた声をあげた。
朔が今日起きた時間帯は推測するにかなり早い時間帯である。
それなのに、その時間にすでに掃除を終えていた自分の祖父はいったいいつ起きたのか。
そう考えると陽は驚かずになどいられなかった。
自分の祖父が早起きなのは知っていたが、そこまで早いとは思っていなかったのである。
「昔から朝が早い人だからなぁ、父さんは」
「それにしたって早すぎだろ!」
苦笑しつつものんびりとそれが当たり前のことであるかのように言う、祖父の息子、つまりは自分の父親に、陽は声を荒げずにはいられなかった。
「あら、いいじゃない。早起きは悪いことじゃないわよ」
声を荒げた陽に対し、沙耶が穏やかな声と表情でそう言った。
その一言で、その場の雰囲気が柔らかくなり、陽はどこか勢いを削がれたように大人しくなった。
「まぁ、そうかもしれないけどさ・・・」
「ふふ、ところで2人とも早く起きたからお腹空いたでしょう?すぐに朝ごはんにするわね」
沙耶が朔と陽を見ながらそう声をかけると、陽がすくっと立ち上がる。
「ああ、じゃあオレ先に着替えてくるよ」
「ええ、そうね」
すでに制服に着替えてしまっている朔、あとはネクタイを締めてスーツのジャケットを羽織るだけでよい雄一、エプロンをし料理する準備万端な沙耶とは違い、起きたばかりで朔に出くわした陽は未だに部屋着のままであった。
沙耶はそんな陽が部屋を出て行くのを穏やかな表情で見送って、それから朔に声をかける。
「今日、お仕事は?」
これは毎朝沙耶が朔に訊ねることである。
一応前日までに入っている予定を、沙耶は全て把握している。
それでも確認するかのように、毎日欠かさず訊ねるのである。
「さっき1個入った」
「そう。何時から?お昼はどうするのかしら?」
今日は本当ならば何もなかったはずなので、沙耶は少し驚いた様子を見せた。
だが、それはほんの一瞬のことで、沙耶はすぐに表情を戻すと仕事に関する予定を朔に訊いた。
「一応午後からなんだけど、なるべく早く行きたいの。でも、一旦戻るつもりではいるから、お昼は手軽にすぐ食べられるものを用意してくれてるとうれしい」
「なんだ、急ぐのか?」
朔に話を聞く限りでは、お昼をゆっくりと食べる時間さえなさそうな雰囲気に思え、話を聞いているだけだった雄一は思わず朔に訊ねる。
すると朔は苦笑しつつもその言葉に頷いた。
「うん、相手ができるだけ早く来てほしいみたいで」
「そう、じゃあ帰ってくるまでには何か用意しておくわ。そうね・・・おにぎりとか、サンドウィッチとかだと、手軽にすぐ食べられるかしら?」
朔の言葉を聞いて、沙耶は少し考えながら朔のリクエストに沿えそうなメニューを考える。
そうして弾き出されたメニューを口にすれば、朔もすぐその案に同意の色を示した。
「あ、うん、そういうのだとうれしいかも。でも、お兄ちゃん・・・」
「ああ、陽の分はちゃんと別に用意するから大丈夫よ」
沙耶の言う通り、おにぎりやサンドウィッチならばパッと食べてパッと出かけられそうだと朔も思う。
だが、陽はせっかく自宅で食べる昼食なのだから、もっと別のものを食べたがるのではないかと朔は心配した。
だが、そんな朔を安心させるように、沙耶は笑ってそう言ったのだった。
「そっか、ありがと」
「今日も頑張ってね、朔」
これも仕事のある日、沙耶が毎日朔にかける言葉である。
「うん!」
いつもかけられる言葉に、朔もいつものように笑顔で返事を返して、巫女としての仕事に関する話は終了した。
「じゃあ、そろそろ朝ごはんの準備もできるから、お祖父ちゃん呼んできてくれる?」
「わかった」
いつも朝早くに起き神社の本殿の方に居る朔の祖父、脩造を呼びに行くのは朔の仕事だった。
そうしても今日もいつもと同じように、立ち上がって本殿に居るであろう脩造のもとへと向かう。
そうしてその場に残った雄一は新聞を広げ、沙耶は朝ごはんの仕上げにかかった。
「お祖父ちゃん、もうすぐご飯できるそうです」
「そうか、では行こう」
朔が本殿の方を訪れ、祖父である脩造に声をかけた。
すると脩造は朔の方を振り返り、そのまま朔とともに家の方へと向かった。
「今日は?」
「さっき1件入りました」
「そうか。今日も気を抜かないように」
「はい」
家までの短い距離の間に、脩造も毎日こうして朔の仕事についての予定を訊ねる。
華月神社の神主でもある脩造にとっては、当然巫女の予定を知っておかなければならないと思っているようだ。
そして、脩造の方に依頼のあった話でも脩造はすべて自分よりも高い霊力を持つ朔へと話を向ける。
そのこともあってか、常に朔の予定を気にしているようである。
「そっちには何か入りましたか?」
「いや、今はとくにない。それより今日の件は・・・」
「ああ、朝お会いした柊みかげさんという女性からの依頼で・・・」
朔はみかげとの朝の会話と脩造に話す。
すると脩造は少し考え込んだ。
「負の気を呼び寄せるような何かがいる可能性はあるな」
「はい、私もそう思います」
「うむ。それでは解決次第、また報告に来なさい」
「わかりました」
そこで2人は家へと到着し、会話は終了する。
ダイニングルームへと向かえば、そこにはすでに着替えを終えた陽が居て、そしてテーブルには温かな食事が並んでいた。
「「いってきまーす!!」」
朝食を終えて、華月家にそんな2つの明るい声が響く。
そんな元気な声とともに、陽と朔は学校へと向かった。
「あーあ、お兄ちゃんももう高校生かぁ」
「なんだよ、突然」
まじまじと自分を見つめながら呟いた朔に、陽は訝しげな視線を向ける。
「う〜ん、なんえいうか歳の差は変わってないはずなんだけど、小学校と中学、中学と高校、なんて離れちゃうと妙に差ができちゃった気がするんだよねぇ」
そう言って朔は陽をじぃっと見つめた。
陽の来ている制服は黒いブレザーにグレーのチェックのズボンで、基本的には前年度、つまり先月まで着ていたものと特には変わってはいない、ただ一箇所を覗いては。
白いカッターシャツの胸元へと締められたネクタイが、先月まで朔の胸元に結ばれているリボン同様に赤だった。
しかし、今年度、つまり今月からはそれが水色へと変化した。
朔と陽の通う珪明学園では、幼等部から高等部まで制服は同じで、リボンあるいはネクタイの色によってのみ見分けられるようになっている。
幼等部はピンク、初等部は黄色、そして朔の通う中等部が赤で、今月から陽が通う高等部が水色である。
だから陽の胸元に結ばれたそのネクタイは、朔にとっては何よりも彼が高校生になったことのように思え、また自分と違う色になってしまったことに酷く大きな差を感じてしまったのである。
「あ〜、それ分かるかもなぁ」
「え?」
呟かれた言葉に、朔は少々目を丸くする。
そんな朔に陽は苦笑を漏らしながらも話を続けた。
「オレもさ、去年朔が中学生になったときとか、ちょっと似たようなこと考えた」
「どういうこと?」
「ん?なんかさぁ、こう追いつかれちゃった感じするなぁって。決して歳の差が縮まったわけじゃないんだけどな」
「なぁんだ、上でも下でも似たようなこと考えるのか」
自分だけかと思っていたが、陽も同じようなことを考えていたことに、朔はちょっとだけ安堵感を覚えた。
「はは、兄妹だから考え方も似ちまったかなぁ」
「え〜それはちょっと嫌だなぁ」
そう言って二人でくすりと笑ったりしながら、2人は学校までの道のりに他愛の無い話を繰り返していた。
「お兄ちゃん、今日は入学式だね」
「ん〜入学っていってもなぁ、メンバーの大半は知ってるやつだし、学校も校舎がちょっと変わるだけで同じ場所だし、なんか気持ち的には学年が1つ上がるだけって感じだなぁ」
ずっと同じ学校に通っていれば、今更入学という感覚もないらしい。
陽はそう言って苦笑する。
「ふ〜ん、そういうもんなんだ」
「お前だって去年そんな感じだったろ?」
「うん、確かに」
問われて朔は去年のことを思い出した。
周囲の人間はほとんど見知った人間ばかりで、校舎は変わったものの環境的にはほとんど差がなく、確かにそんな感じだったと思い返す。
「で、そっちも入学式はあるんだろ?」
「うん、在校生として入学式に参加して、HRでいろいろ決めて今日はそれで終わり」
「こっちも似たような感じだなぁ。まぁ、早く終わるのはありがたいけどな」
「そうだね」
陽の言葉に朔がうんうんと頷けば、2人の目的地である学校の正門が見えてくる。
「おっ、じゃあここで」
「うん」
互いのひらひらと手を振って、朔は中等部、陽は高等部の校舎へと向かった。