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【配信中】投げ銭くれたら犯人教えます

作者: 黒沢
掲載日:2026/03/08

 とある動画投稿者が殺害された。

 大食い系の動画で人気を集めていた、大柄な男だった。


 死因は背後から左肩甲骨を刃物で刺され、即死だったという。


 殺害現場はハナダマンション四〇二号室のベランダ。

 そこには被害者の血痕が残されていた。

 ただ、心臓を刺された割には血痕が少ない。

 その点は疑問視された。

 だが、犯人が刃物を刺したまましばらく放置していたのではないか、という説明で一応の納得がされた。


 犯人は殺害後、遺体をベランダから落下させている。

 その落下を目撃した近隣住民が第一発見者となった。


 第一発見者は、遺体が落ちた直後に上を見上げた。

 第一発見者の位置からは、一階左端の一〇一号室から最上階右端の五〇六号室まで、マンションの全ベランダが見渡せた。

 だが、怪しい人物の姿はなかったという。


 この事件には、不可解な点がある。


 現場となった四〇二号室は、扉も窓もすべて施錠されていた。

 殺害現場であるベランダの引き戸にも、鍵がかかっていた。


 四〇二号室の鍵は、被害者のポケットから見つかった。

 このマンションの玄関は電子ロック式で、合鍵を作るには管理会社の承認が必要となる。

 しかし、四〇二号室の合鍵が作製された記録は残っていない。


 さらに、このマンションはオートロックでもない。

 被害者のポケットにあった鍵以外で、外から施錠する方法はない。


 警察が四〇二号室に入ったとき、部屋はもぬけの殻だった。

 つまり犯人は、密室の四〇二号室で被害者を殺害したあと、姿を消したことになる。


 遺体は四〇二号室の真下で発見された。

 被害者は仰向けで倒れており、そのそばには割れたカップが落ちていた。


 鑑識が破片を調べた結果、それは紅茶用のカップであることが判明した。

 だが、持ち手の部分だけが見つからなかった。


 さらに、そのカップには被害者の血液が付着していた。


 一部の破片は被害者の下から見つかった。

 つまり、カップが先に落ち、そのあとに被害者が落下したことになる。


 エントランスの監視カメラには、不審な人物は映っていなかった。

 警察は住人の犯行とみて捜査を進めている。


 被害者が有名な動画投稿者だったこともあり、この事件は大きな注目を集めた。

 いまや多くの人が、この不可解な事件を考察している。


 私はSNSでこの事件の考察を見漁っていると、一本のライブ配信が目に留まった。


 タイトルは――


 『【配信中】投げ銭くれたら犯人教えます』


 思わず手を止める。

 サムネイルには安っぽいフォントで『真相』と書かれていた。


 半信半疑のまま、クリックする。

 画面が切り替わり、ライブ配信が始まった。


 画面の中央には、青い髪の女性キャラクターが映っている。

 いわゆるVtuberというやつだろう。

 だが、動きや表情に変化はなく、ただの静止画が表示されているだけだった。


 画面の右下には、


 『推理力が上がるサプリ販売中!!』

 

 という、いかにも怪しい広告が貼られている。


「こんばんは。山田ヤマ子です」


 青い髪のキャラクターが、微動だにしないまま声を発する。


「今日は、いまネットで話題になっている――

 四〇二号室殺人事件について話そうと思います」


 少し間を置き、山田ヤマ子と名乗る配信者が言った。

 

「私はこの事件を解決しました。犯人の目星もついています」


 コメント欄が一気に流れ始めた。


『まじ?』

『うさんくせえ』

『早く言え』

『また適当な考察か?』


 山田ヤマ子は軽く咳払いをした。


「もちろん後程推理を披露します。ただし――この先は有料です」


 コメント欄がざわつく。


『は?』

『金の亡者』

『怪しすぎる』

『いくらだよ』


「投げ銭、合計十万円。

 この配信でそれだけ集まったら、この事件のトリックと犯人を教えます」


 投げ銭とは、視聴者が配信者へリアルタイムで金銭を送ることができる機能のことだ。

 誰がこんな胡散臭い配信に金を払うのだろうか。


 またコメントが流れる。


『高すぎ』

『詐欺だろ』

『でも気になる…』

『密室トリック知りたい』


「安心してください、詐欺ではありません。

 十万円に到達したら本当に推理を披露します」


 コメント欄がまだざわついている。


 山田ヤマ子は少し間を置いてから言った。


「……ただ、信用を得るためにヒントくらいは出しましょうか」


 コメント欄の流れが一瞬止まる。


「この事件、警察もネットの考察も、みなさん勘違いをしています。密室や鍵の状況なんてどうでもいいのです」


 山田ヤマ子は続けて言う。


「重要なのは――カップです」


 コメント欄が一気に流れた。


『カップ?』

『遺体の周囲に落ちてたやつ?』

『持ち手ないやつ?』


「そうです。なぜ持ち手だけ見つからなかったのか――そこを考えてみてください」


 コメント欄で考察が流れる。


『犯人が持ち去った?』

『関係あるの?』

『凶器説』


 すると、色付きのコメントが流れた。


【投げ銭 ¥500】

『早く推理聞きたい』


 初めての投げ銭にコメント欄がざわつく。


『500円きた!』

『十万まで遠すぎる』


【投げ銭 ¥2000】

『事件の考察好きなので応援』


『お、増えた』

『集まるのかこれ』


 山田ヤマ子が投げ銭に反応した。


「あと九万七千五百円です」


 こんな胡散臭い配信にお金を払うなんて考えられない。

 そう思いながらも、なぜか配信を見続ける。


 コメント欄では考察が流れ続け、時折、視聴者が投げ銭を送る。

 そんな状況が十分ほど続いていた。


 投げ銭の合計は、九千八百円。

 残り、九万二百円である。


 一つ目のヒントを出してから黙り込んでいた山田ヤマ子が、再び声を発した。


「二つ目のヒントを出しましょうか」


 配信者の声にコメント欄が反応する。


『待ってました!!』

『はよ犯人教えろ』

『金の亡者』


「一つ、考えてみてください。

 なぜ犯人は、わざわざ被害者をマンションのベランダから落としたのでしょうか?

 遺体をそのままベランダに残しておけば、事件の発覚はもっと遅れたはずです。

 なのに、犯人は落とした。そこには必ず何か理由があるはずです」


 再びコメントの流れが速くなる。


『恨んでいたから』

『証拠を隠すため?』

『はよ犯人教えろ』

『間違えて落とした?』


 一つのコメントに山田ヤマ子が反応する。


「間違えて落としたとは考えにくいでしょう。

 ベランダの柵は胸の高さほどあります。

 しかも被害者は大柄な男性でした。

 頑張って持ち上げないと落とすことはできないです」


 コメント欄では考察が流れ続ける。

 しかし、核心を突くものは一つもない。

 やがて諦めた視聴者が、次々に投げ銭を送っていった。


 そんな状況がしばらく続いた。


 気づけば、配信が始まってから一時間ほどが経っていた。


 投げ銭の合計額は……九万九千円。


 コメント欄がざわつく。


『あと千円!』

『おしい』

『ここまで来たら行くだろ』

『はよ犯人教えろ』

『誰か頼む』

『千円!』


 ……馬鹿らしい。

 そう思いながらも、画面から目が離れない。


 もし、この胡散臭い配信者が本当に犯人を言い当てるのだとしたら。

 

 いや、そんなはずはない。


 だが――


 怖いもの見たさだったのか。

 自分でも理由は分からない。

 気づけば投げ銭のボタンを押していた。


 送金完了の表示が出る。


 コメントが一気に流れた。


『十万達成!!』

『いった』

『きたあああ!!!』

『犯人誰だよ』

『早く推理!』

『達成!』


 満を持して、山田ヤマ子が声を発した。


「では、答え合わせをしましょう」


 画面の中央で、青い髪のキャラクターが微動だにしないままこちらを見ている。


「それでは、この事件のトリックと犯人を説明します。

 

 まずは現場の状況を整理しましょう。


 四〇二号室の真下で、被害者の遺体が見つかりました。

 第一発見者の証言からも、被害者はハナダマンションのベランダから落とされたと見ていいでしょう。


 しかし、被害者は落下で死んだわけではありません。

 死因は刺殺です。背後から左肩甲骨を刃物で刺され、即死でした。


 そして、被害者の部屋――四〇二号室のベランダには血痕が残っていました。

 つまり、被害者はここで殺害されたように見えます。


 ……ですが、ここで一つ、どうしても説明できない点が出てきます。


 四〇二号室の状況です。

 玄関、窓、ベランダの引き戸――すべて施錠されていました。


 つまり、四〇二号室は密室だった。


 となると――犯人は殺害を終えた後、どこに消えたのでしょうか?」


 コメントが流れる。

『ベランダから逃げた?』


「いえ、それは不可能です。

 遺体が落下した直後、第一発見者がすぐ上を確認しています。


 もしベランダを移動していたなら、第一発見者が気づかないはずがありません。

 以上のことから、犯人は四〇二号室から脱出することができない。


 ですが、警察が四〇二号室に入った時、誰もいなかった。


 つまり――犯人は最初から四〇二号室にはいなかったと考えられます」


再びコメントが流れる。

『四〇二号室にいなければ被害者を殺害できないじゃん』


「殺害は可能です。

 なぜなら、被害者も四〇二号室にはいなかったのです」


コメント欄は疑問のコメントで溢れかえる。


「殺害現場は四〇二号室ではない。

 そう考えると、この事件のすべてが説明できます」


コメントが流れる。

『根拠はあるの?』


「もちろんあります。

 まず、ベランダに残っていた血痕の量です。

 心臓を刺した割には少なかったそうですね。


 そしてもう一つ。遺体の近くに落ちていたカップの破片です。

 そのカップには、被害者の血が付着していました。

 さらに、カップの持ち手の破片だけが見つかっていない」


 疑問のコメントが流れる。

『それで、どうして殺害現場が四〇二号室じゃないことになるの?』


 微動だにしない青髪のキャラは、淡々と解説する。


「分かりやすいように、犯行の流れから説明します。


 まず犯人は、自室に被害者を呼び出しました。

 そして背後から刺して殺害します。


 そのとき流れ出た血液を、あらかじめ用意していたカップに受けた。


 ここから犯人の現場偽装が始まります。


 犯人は、血液を入れたカップの持ち手にひもを結びつけます。

 そして自室のベランダから――

 被害者の部屋である四〇二号室のベランダへ、そのカップを投げ入れた。


 するとカップの血がこぼれ、四〇二号室のベランダに血痕が残る

 そうすることで、被害者宅を犯行現場のように見せかけた。


 あとは持ち手に結んだひもを引き、犯人はカップを自室へ回収します。

 つまり、血痕だけを四〇二号室に残したわけです。


 そして最後に、犯人は被害者の遺体を自室のベランダから落とした。

 

 すると状況はこう見えます。

 四〇二号室のベランダで刺され、そこから落とされた、と。


 これで現場偽装の完成です」


 疑問のコメントが流れる。

『じゃあ、カップが遺体の近くに落ちていたのは?』


「回収に失敗したのでしょう。


 ひもを引いて回収しようとした際、握り損ねてカップを下へ落としてしまった。

 慌ててひもを引き戻したものの、すでにカップは地面で割れていた。


 回収できたのは、ひもを結んでいた持ち手の部分だけだったのです」


 山田ヤマ子は続けた。


「だから遺体の周辺にはカップの破片だけが残り、持ち手の部分だけが見つからなかったのです」


 推理に夢中になり、思わず画面に顔を近づけていた。

 私は慌ててキーボードを叩く。

『犯行方法は分かったけど、結局犯人が誰かは推理できんの?』


 山田ヤマ子は無表情のまま答えた。


「はい。これらの犯行が、どの部屋の住人に可能だったのかを考えれば、自ずと犯人は分かります。


 まず、血痕の偽装について。


 被害者を自室で殺害し、血を入れたカップを四〇二号室のベランダへ投げ入れる。

 そんなことができるのは、四〇二号室に隣接した部屋の住人だけです。


 つまり可能性があるのは、被害者の部屋と隣接した四つの部屋。

 下の三〇二号室、左の四〇一号室、右の四〇三号室、そして上の五〇二号室。


 それでは一つづつ考えていきましょう。


 まず、下の三〇二号室の住人。

 下から上へ血液入りのカップを投げ入れるのは現実的ではありません。

 仮に成功しても、ベランダに届く前に、血液はほとんど飛び散ってしまうでしょう。

 したがって、三〇二号室は候補から外れます。」


 推理により犯人候補が絞られる。


「次に、左の四〇一号室と右の四〇三号室の住人。

 こちらの住人なら、先ほど説明した血痕の偽装は可能です。


 しかし――この二つの部屋の住人には、被害者を『四〇二号室の真下』に落とすことができない。


 被害者の体は大柄でした。

 自分の部屋の真下に落とすのが精いっぱいでしょう。


 つまり、四〇二号室と横にずれている四〇一号室と四〇三号室も候補から外れます」


 少しの沈黙の後、山田ヤマ子が声を出す。


「そして残るのは――五〇二号室。

 これら一連の犯行を行えたのは、五〇二号室の住人しかいません。


 四〇二号室の真上の五〇二号室であれば、遺体を四〇二号室の真下に落とすことができる。

 さらに、血液入りのカップを上から四〇二号室のベランダへ投げ入れることもできる」


 画面を埋め尽くすように文字が流れ出す。


 青い髪のキャラクターが、静かに告げた。


「―――犯人は、五〇二号室の住人です」



 推理を称賛するコメント、疑うコメント。

 大量のコメントが止まることなく流れ続ける。


 あれだけの情報から、犯行方法も犯人も言い当ててしまった。


 視聴者たちは祭りのように盛り上がっている。


 一万人以上の視聴者がいるなかで――


 怯えているのは、五〇二号室に住む私だけだった。


 そのとき。


 配信画面の向こうで、青い髪のキャラクターが――


 ほんのわずかに笑った気がした。

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