#0001 鋼の怪鳥 / Steelwing Colossus
少し短めです。
「この感じじゃぁ、かなりの大事だね……。
ハフィルのやつ、今度はどんな無茶を押し付けてくるのやら」
第二艦橋を目指し格納庫内を歩くセルンは、
これから起こることに少しばかりの不安を抱きつつ
軽く周囲の様子を観察する。
流光の格納庫──幅の広いまっすぐな通路を中心として
左右に駐機場と発進用カタパルトが配置されたこの空間では、
大勢のクルーがこれから行われるであろう軍事作戦に備えて
飛行機械や飛行兵の装備の点検や整備を行っている様子が窺える。
飛行機械はどれもあとは武装の搭載を行えばいつでも出撃可能な
状態に整えられ、ワイバーンの飛行兵たちの士気も良好だ。
見慣れない装備を纏ったセルンに興味を示すものもいるが、
正規の手順で着艦した彼を不審に思うものはいない。
セルンはそのまま中央通路脇にある最下層甲板へ続く階段を降り、
流光の腹側の第二艦橋構造体──地上作戦の指揮要員が集まる
逆さまになった塔へと進む。
そこからいくつかの通路を通り、階段でさらに下へ。
流光の内部構造はここが空を飛ぶ乗り物の内部であるとは
想像できないほどに複雑かつ広大である。
艦内にはクルーの居住区だけではなく医療施設や数百人が
集まれる食堂などもあり、"空中母艦"の名の通りに
その機能は充実していた。
目的地への道中では休憩中のクルー同士が種族を問わず
何気ない会話をし、ゴブリンの整備士が小柄な体を活かして
狭いメンテナンス用通路内で保守作業を進め、
ワイバーンの砲手は旋回砲塔に乗り込みその視力や空間認識力をもって
常に流光へ接近しようとするものへ睨みを利かせている。
巨大兵器の常ではあるが、
ここは空に浮かぶ小さな町と言っても良いものだろう。
入り組んだ艦内を数分歩き、
セルンはようやく第二艦橋構造体の基部へと到着する。
「セルンだな? ハフィル提督がお待ちだぞ。
ここから降りて対地戦闘指揮所まで行け」
そこで、彼は艦橋構造体との接続部を警備する
保安クルーに出迎えられた。
「対地戦闘指揮所ね。わかったよ、案内どうもね」
セルンは軽く礼の言葉を返し、向こうが呼んだのだから当たり前だが
しっかりと話が通されていることに安心しながら先へ進む。
そのまま階段を降り、"Anti-Surface Combat Control"の標識が掲げられた部屋へ。
隔壁を抜けた先にある大部分が厚いガラスの窓で覆われた
円盤状の部屋の中には望遠レンズ付きのゴーグルをかけて
地表を見張るワイバーンの監視員のほか、
人間の通信士官や航法士の姿があった。
対地戦闘指揮所は第二艦橋構造体の最下部にある視界の開けた
区画であり、地上の監視と底部砲塔群に対する発令を行う重要箇所だ。
そして、その部屋の中央には三つ星の階級章が描かれた飛行帽をかぶり
静かに前方を見据える巨大なワシのような姿の存在が。
「やあ、ハフィル。また会ったね」
だが、セルンはその特異な容姿を気にも留めず声をかけた。
「ずいぶんと早かったなセルン。お前もさすがに艦内の構造は覚えたか」
セルンのその言葉を受けゆっくりと後ろへ振り向き、
同じように親しげに返事をする彼こそがアジマ王国空軍中将、
特別戦略打撃航空団の"提督"を務めるハフィル・レム・レクタザである。
「そりゃあ何度も艦内まで呼ばれたらね、
嫌でも覚えるよ。それで、僕に頼みたいことというのは?」
セルンは翼を畳んだまま左右に広げるようなしぐさを見せながら
"早く本題に入れ"と主張する。
「ふむ、では単刀直入に言おうじゃないか。
お前に頼みたいことというのはそのものずばり要人の暗殺だ」
ハフィルの答えはその落ち着いた話し声とは正反対に
穏やかではないものだった。
「……はぁ。僕はまあ確かに傭兵ではあるけどさ、
暗殺者とは違うんだよね。君のことだから絶対物騒な
頼み事だとは思ってたけど、ちょっとこれは予想外かな」
セルンも飛行装具の装甲に覆われた長い耳を寝かしながら
ため息をつき、両翼を力なく床まで垂らす。
汚れ仕事には慣れている彼もこれには少しためらいが出たようだ。
「お前も覚悟のうえでこの艦に上がってきたのだろう?
確かに今までと比べれば殺伐さの度合いは違う。それは認めよう。
だが、今回の件に関してはお前が適任なのだよ」
セルンは今までに何度かハフィルの下で働いたことがあり、
それはどれも危険で暴力を伴うものだった。
しかし、特定人物を名指しで殺せという仕事は今回が初である。
「うん……まあ、断りはしないけど……報酬とか、
サポートとかはしっかり頼むよ? ハフィル?」
誰かを殺すことそのものに抵抗を感じることはない彼だが、
やはり暗殺という仕事には純粋にリスクが伴う。
まだ詳細を聞いてはいないとはいえ備えは必要だ。
セルンはハフィルの側──つまりは王国空軍が提供できる
支援について話を持ち出した。
「ああ、もちろんその件に関してはすでに手配してある。
心配無用だ。私の権限で本作戦期間中に限りクルーにはお前に対して
補給や装備の点検に食事の提供などを無制限に行うよう指示している。
なのでな、消耗品の補給や休息はしっかりと済ませておくといい、
作戦の開始は明日だ」
「へぇ、そこまでしてくれるんだ。ありがとう。
で、作戦は明日……ね。まあ、こんな時間に航空作戦っていうのは
なかなか厳しいから当たり前か」
セルンは先ほどとは真逆にその耳を立てながら嬉しそうに話す。
魔工噴進機関の動力源、液化マナの消耗で大きな出費を
覚悟していたところへ舞い込んだハフィルの手厚いサポートに
セルンも気分が上がったからだ。
この手の軍からの依頼では消耗品の費用はクライアント持ち
というのが基本ではあるが、今回は何といっても"無制限"であり、
つまりは持てるだけ予備を"無料で"買い込んでおけることを意味する。
「うむ。詳細に関しては翌日0600時のミッションブリーフィングにて
こちら側の計画とともに説明される。
それまでは自由に過ごすといい。では解散だ」
仕事に関して概ね合意が得られたハフィルは、
セルンに明日に備え早めに休息を取るよう促した。
「わかったよ。あ、寝床の方はどうすればいいのかな?
空いているところを勝手に使わせてもらえばいいかい?」
「ああ、それで構わん。文句を言うやつもまあおらんだろう」
部屋はどうすればという問いに指揮官らしからぬ
何とも大雑把な答えを返すハフィルだが、
セルンはやはりこのことを気にかける様子はない。
お互いの信頼あっての簡略化、
ハフィルなりの合理性に基づいたものということだろうか。
「じゃあいろいろとタダで使わせてもらうことにするよ。それじゃあね」
そう言って部屋を後にするセルンの背中をハフィルもまた見送り、
彼はすぐに窓へと向き直り監督業務へと戻った。
[魔法の系統 - 刻印魔法]
刻印魔法、またはルーン魔法とも呼ばれるこの技術は、物体の表面に決められた文字を決められた配列で刻み、その溝に液化マナを流し込むことで刻印の内容に応じた効果を発揮させることができるというものだ。液化マナは魔法の媒体となる、空間中に満ちるエネルギーを凝集したものであり、様々な容器に格納して容易に保存や運搬が可能である。ルーンは現時点で256種類が存在しているが、刻印魔法に限らず魔法技術はすべて旧時代の文明の残骸からのリバースエンジニアリングによって得られており、魔法というものを作り出した文明による本来の刻印魔法においては65536種類ものルーンが存在していたとされている。これは限られたスペースに可能な限り多くの魔術命令文を書き込むための工夫であるが、その種類の多さゆえに65536種類からなるルーン"WORDルーン"または"16ビットルーン"を適切に扱える付呪師は当時でも希少な存在であったとされる。




