IQ140だけど道に迷う天才さん、今日も論理的に破滅する。
「ふむ……なるほど。ここで私は“出口専用”と書かれた改札を“論理的に”通ろうとしているわけね」
美咲は腕を組み、顎に指を当てた。
IQ140。論文を英語で書ける。統計もAIも扱える。なのに——。
「出られない。」
ピッ。
改札は冷酷に赤ランプを点滅させ、彼女のSuicaを拒絶した。
周囲の通勤客たちは、朝の戦場を急ぎ足で抜けていく。
そんな中、ひとり哲学的に立ち尽くす女。誰が見ても“賢そうなバカ”だった。
彼女は東大の認知科学研究室に所属する大学院生。論理と因果関係を語らせたら三日三晩止まらない。だが現実世界では、電子レンジの「スタートボタンが壊れてる」と言って3ヶ月間、コンセントを抜いてただけだった。
改札前で唸っていると、後ろから声が飛んだ。
「……前、つかえてます」
「あっ、ごめんなさい! 今、“出口専用”の意味について再定義を……」
「定義しなくていいからどいてください」
肩を落とし、美咲は脇に退いた。
天才とは孤独なものだ。いや、孤独というより単に社会的に噛み合っていないだけだ。
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研究室に着くと、同僚の高梨が呆れ顔で出迎えた。
「また迷ったのか? 研究棟、駅から一本道だぞ」
「一本道とは哲学的には“分岐がない”ことを意味する。でも私の頭の中では無限に分岐があるの」
「それを世間では“方向音痴”って言うんだよ」
「ふふ、そう言うと思った。だが、もし方向音痴が“自己位置認知の多様性”だったとしたら?」
「いや違う。ただの迷子だ」
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その日の午後。
教授に論文の進捗を聞かれ、美咲は完璧な笑みで答えた。
「はい、進んでません!」
「……なんで誇らしげなんだお前は」
「なぜなら、進まないという現象は“停滞”ではなく“思考の再帰的深化”だからです!」
「要は手が止まってるだけだろ」
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夜。研究室を出た美咲は、自転車を押しながら呟いた。
「……私、世界の真理を解明する女になる。たとえ地図が読めなくても」
空を見上げる。星座の名前は全部言える。でも、帰り道は分からない。




