千年樹の守護者
道中は、思っていたよりは案外すんなりと進んだ。
やはりユイはかなりいいセンスをしており、不安定な巨大樹の中という環境を、むしろ逆手にとって戦闘に活かすくらいの戦闘センスを見せつけるなど、これからの成長にとても期待が持てるような動きだった。
しかしやはり、慣れない環境、そして不安定な立体構造の千年樹を上っていくのは、なかなかに疲労が溜まってしまったようで、フォルティアの座す千年樹の頂点へと抜ける前に休憩をとっている今、かなり調子が悪そうであった。
といっても、許容範囲。
初めてこのランドマークを攻略するのなら、倒れていないだけで評価すべきである。
「まだ休む?」
そろそろある程度の動きのキレが戻ってくる頃合いだろうと、声をかける。
顔を上げたユイは、その目にしっかりと闘志をみなぎらせていた。
「いけます!」
「ん。じゃあ、頑張って。最低限サポートはする」
:終始順調だったね
:センスの塊だった
:頑張って
立ち上がり、その手に直剣を握り、ユイが頂点へと足を踏み入れる。
その先にいたのは、夜空をそのまま映し出したかのように煌めく、二対の翅。
真っ白な身体を持ち、まるで星光でも纏っているかのように、薄くマナを漂わせている、巨大な蛾。
:人によってビジュアル評価の分かれる蛾
:俺は好き。近くで見ると嫌い
:近くで見たらがっつり蛾やからな
:神秘的ではあるんだけどね……
どこか神秘的な雰囲気を纏う、この千年樹の守護者にて二層北部森林地帯の主こそが、今目の前に飛んでいる、フォルティアだ。
高く、そして澄んだ声が、千年樹に響き渡る。
それと同時に、フォルティアの周囲にいくつもの魔術陣が出現した。
水色に光るその陣の数は、六つ。
「魔力弾六!突っ込んで!」
水色の陣から繰り出される魔術は、速度が速く威力も高いが、射程が短く誘導性が限りなく低いという特性がある。
フォルティアの中で最も被弾を警戒すべき魔術ではあるが、しかし注意していれば、そうそう被弾することはない。
一度狙いを定めたら誘導できないという特性ゆえに、フォーカスされた地点から離れてしまえば、次の魔術を用意するまではこちらのターンとなる。
この魔術をどれだけ誘発できるのか。フォルティア戦の陽動者はそれが重要視されている。
:でた開幕射撃
マナドライバ起動。親機の腕輪と、子機の指輪に光が灯る。
コネクタによって視界に映し出された仮想ディスプレイの中に、現在アクティブ状態にある魔術演算ユニットが表示された。
その数は六。つまりは私の手札の全てが、使用可能状態にあるということ。
私の魔術は、主に攻撃用、補助用、治癒用で分かれている。
圧倒的汎用性を持つ氷属性初級魔術“氷穿”。
威力と範囲に優れる氷属性最上級魔術“絶対零度”。
機動力を底上げし、氷の足場を生成することが可能になる“氷精の舞踏”。
即時回復力に優れた、氷属性の治癒魔術である“雪月花”。
広範囲持続性に優れる、広範囲持続治癒魔術である“銀華流転”。
そして奥の手である、とある魔術。
その中から“氷穿”を選択。
マナはほとんど込めない。と言うのも、無意識に込めている量ですらかなりの量故に、もし意識的にマナを込めてしまえば、過剰な威力になってしまうかもしれないため。
同時に八つの氷の剣を生成し、フォルティアに向けて放つ。
ユイに向いていた注意は、私の方に向いたのだった。
「ユイ、行きます!」
耳元のインカムに届いた掛け声とともに、ユイが左手の直剣にてフォルティアに一撃を入れる。
攻撃のタイミングをわかりやすく示し、他の役割が動きやすくするための工夫だ。
流石に階層主攻略作戦などの、大規模な作戦の場合は、こういうのは部隊ごとになる。
攻撃によってユイに向きかけた注意を、思念法によって詠唱無しに控えさせておいた氷槍によって強引に私に向ける。
常に自身へと注意を向けさせ続ける立ち回り。これが陽動者の役割だ。
常に戦況を把握し続ける必要があるといった面から、陽動者が指揮者を兼任することも多く、またパーティのリーダーを務めることも多い。
フォルティアの周囲に、赤色の魔術陣。数は二つ。
:やばくね?
:ユイちゃんはともかく、シアなら平気よ
赤色の陣は、ビーム状の魔力光線を放つ魔術。
こちらも直線的な魔術であり、避けるのは大して困難ではない、のだが。
撃ちっぱなしの状態から砲門を動かすことで、広範囲を薙ぎ払うビーム砲になるという点が非常に厄介。
特に近接戦闘が基本になるタイプの遊撃者は、立体的な動きで躱す必要があり、立体戦闘に慣れていなければ、これに被弾して大ダメージを受けるということも珍しくない。
これも、陽動者がその場で受けるのが最適解となる。
あまり砲門を動かさないように、なるべくこちらに向けて撃ちっぱなしの状況を作る。
その間に遊撃者や術師なんかの攻撃によってひるませ、魔術を中断させるのが攻略法だ。
「ユイ。お願い」
マナが付与された盾で受け止めるというのが、この攻撃に対しての陽動者のセオリー。
しかし私は、盾というものを全く持っていない。
二振りの短剣と、あとは異界収納にいくつか他の武器がある程度で、そもそも守りを固めるという思考があまりない私に、盾なんて選択肢はない。
だが、ダンジョンを探索していると、どうにかして躱しきれない一撃を受け止める必要性というものがたびたびに出てくる。
ではその際、ソロ専の私がいったいどうしていたのかというと、こう。
「“氷精の舞踏”」
機動力を補助する魔術ではあるが、しかしそのプロセスや仕組みを理解すれば、応用することで防御魔術としての運用も可能というのが、この魔術の強いところだ。
発動した瞬間に、全身にマナが巡る感覚を感じる。
この魔術は、姿勢制御をサポートしたり、脚力をブーストしたり、スラスターのようにマナを噴出することで推力を生み出したり、そしてなにより氷の足場を生み出したり。
基本はそのような魔術なのだが、しかしその基本の応用で、様々なことができる。
まず前提としてこの魔術は、全身に作用する魔術である。
主にこの魔術が補助するのは空中での機動。空中では足だけでなく、全身を使って姿勢を維持していく必要がある。
次に、氷の足場について。
この足場は『一度だけ衝撃を受け止める』ことによって成り立っている。
言い換えてしまえば、一度だけ許容範囲内の衝撃を完全に受け止める板を生み出している、ようなものなのだ。
そして最後に、魔術演算ユニットのプログラム上、機動補助と足場生成の作用地点を分けるよりも、一緒にしてしまった方が処理が軽く済む、といったもの。
「受け止める。叩いて」
直後、目の前に呼び出した盾に、フォルティアの魔術が着弾する。
二門同時。並みの二層ハンターならば、盾受けしたとしてもかなりの消耗は確実だろう。
が、しかし、私なら全くの無傷。
はたして盾が砕けるその前に、ユイはフォルティアに剣を叩きこむことに成功。
ひるんだフォルティアの声とともに、私を焼こうとする二つの魔術は、綺麗さっぱり消え去った。
:ナイスナイス
:いい感じじゃん
注意がユイに向きかけたところを、また私の氷穿が襲う。
今回は巨大な氷の槌へと形成した魔術が、フォルティアの頭上に振り下ろされた。
「やば。やりすぎた」
少々威力を出しすぎたようで、かなりの手ごたえとともにフォルティアが悲痛な声を上げる。
今回の私はユイのお付きであり、必要最低限のサポートしかしない予定だったのだが、加減を間違ってかなりの威力でぶっ叩いてしまったようだった。反省。
そんな私に向いたフォルティアが、また水色の陣を出現させる。
しかし先ほどとは違い、その中には緑色の陣も混じっていた。
:うっわ本気だ
:今ので完全に脅威判定されたね
緑の陣は、誘導性能が高く、さらに持続時間、射程距離も長い、フォルティアの意志のままに動く剣状の魔術。
またフォルティア自身のマナ消費も軽微であり、さらにこの魔術に被弾した相手に、体を蝕むマナを注入するのがこの魔術の厄介な部分だ。
そしてまたさらに、この魔術はフォルティアの魔術の中でも特別で、全てに反射するという特性がある。
迎撃しようとすれば、反射し想定外の方向へと飛来し、戦場をかき乱すことになるのだ。
この剣同士がぶつかることでも反射が起こり、ひどい時では反射した剣と反射した剣がぶつかり合う連鎖が起こり、続けるなんて事態にも発展する。
またこの魔術が場にある状態で、フォルティアは他の魔術を行使することもある。
そうすればさらにそれとも反射しあい、もはや手が付けられなくなるのだ。
有効な攻略法はない。
しいて言うのならば、躱すこと。
誰が言ったか“対策不能の理不尽魔術”。
千年樹の守護者が脅威と判定した対象へと襲い掛かる、最も厄介な魔術が私に向けて十二門振るわれていたのだった。




