ふたり
あれから、ユイに質のいい小盾と直剣、あと防具を見繕い、時刻は午前十一時。
魔物肉をポーチの異界収納に常備している私は、昼食をわざわざ買う必要もなく、そのまま私たちは街の外へと直行した。
軽く装備の確認と試し切り。のんびりと探索し、ユイの体の調子を確認する意図もある。
それを言ってしまえば、マナ濃度が三層に近いくらいに高くなっているこの二層に向かう必要はないのだが、強くなりたいというユイの希望に合わせて、どうせなら質の良い魔石が獲得できるこの地変のうちに、ユイに稼がせておこうという魂胆もある。
軽く金属があしらわれた軽鎧に身を包んだユイを先に歩かせて、私は周囲を警戒。
パーティを組んで探索する際には、パーティ内での役割が重要になってくる。
ソロ専の私は、そういったことを気にすることはないのだが、かといって集団戦の経験がないというわけでもなく。
直近で言えば半年前の十一層階層主討伐作戦に参加した際には、遊撃部隊のうちの一人として、アタッカーを務めていた。
今回の場合は、盾持ちであるユイが必然的にタンクということになる。
のが定石ではあるが、タンクを務めるのは、私ということになっていた。
というのも簡単な話、マナ適応が進んでいる私の体は、もはや超人の域を超えて怪物と言っても差し支えない。
ユイが盾で受けるよりも、私が体で受けてしまった方が防御力が高いのだ。
二層ハンターと十二層ハンターの、隔絶した身体能力の差とでもいうべきものだ。
ちなみに、今回私たちは二人のパーティで探索を行っているのだが、パーティを組んでの探索の定石は、四人から六人とされている。
前衛、中衛、後衛、補助役と、バランス良く配置できる最小単位が四人パーティ。
そこから前衛を厚くしたり、後衛をまとめて魔術による火力支援に力を注いだり、そういった方向でパーティを伸ばしつつ、お互いに状況を把握しきれる効率の良い人数が六人パーティ。
大体そんな感じだ。
そのような観点から見ると、一見私たちのパーティは、せっかく組むのならば、もう少しだけでも人数を増やした方がいいのではないかと提案されても、おかしくはないような構成であった。
といっても、何度何度も言うように、このパーティは二層ハンター二人のパーティではなく、私がいる。
過々剰戦力でしかないために、このような構成でも危なげはないし、そもそもユイだって二層ハンターの中じゃおそらく上澄みと言ってもいいくらいの実力を持っている。
十二層ソロ探索が可能な私がいるこの布陣で壊滅することがあるとしたら、十三層クラスの魔物が二層に出現することくらいだろう。しかしそんな事例は流石にない。
あまりにも順調といえる、そんな探索だ。
「……あの、いいんでしょうか…………いくらなんでもシアさんの負担が」
「いいよ。基本ソロだからいつもは全部一人でやってる」
北部森林地帯に向けて、私たちが足を進めている道中、小川に沿って北上していく中で、軽く振り返ったユイがそんなことを言ってきた。
というのも、今回の探索では、私はいくつもの役割を兼任しているのだ。
陽動者に索敵者に、補助術師に術師に治癒術師に指揮者、あとは複数戦闘の際はユイが戦いやすいように遊撃者になることもあるだろうか。
ただ、先ほども言った通り、基本的には陽動も攻撃も補助も治癒も、いつもの探索では一人で行っていることで、大して変わることはない。しいて言えば、パーティ戦で少々いつもとは勝手が違うくらいのもの。
これがもし下層や深層だったなら確かにユイを守りながらの兼任は厳しかったかもしれないが、そういうわけではない現状、まったく苦にならない負担であった。
「そう、ですよね。頭、どうなってるんですか?」
「考えてないよ。感覚でやってる」
そもそも戦闘中になにか冷静に考えながら動くってのは、相当訓練していないと不可能だ。
私だって、こうして上層で依頼をこなしているうちは思考しながらの戦闘も可能ではあるが、下層、もしかしたら中層でも完全に感覚頼りの戦闘になるかもしれない。
感覚というよりは、戦闘用に思考がチューンアップされており、戦闘時には認識に対して思考、行動のプロセスが高速化される、みたいな。
戦術だって、それがどのような効果をもたらすのか、それを行うことがどのようなメリットを生み出して、どうこの先に影響するのか。
そんなことを考えて一々とっているわけではなく、その場のアドリブがほとんどの場合が多い。
理詰めの戦闘に見えても、本人からしたらノリで戦ってる場合の方が多いのだ。
役割だってそう。
ハンターを続けていれば、なんとなく身につく能力を使って、戦況を見ながらアドリブでの判断を連続しているだけに過ぎない。
そこに理屈や論理を求めても、出てくるのは“なんとなく”のみだ。
歩き方を聞かれても、重心の位置がどうとか、どこに力を入れればいいとか、そういうのは答えられないように。
手の握り方を聞かれても、指を曲げる以上のロジックを示せないように。
私はハンターとしての行動、戦闘、判断のほとんどを“なんとなく”で片付けている。
「慣れ、ですか……流石ベテランですね」
なんてことをかいつまんで、軽く話してみれば、返ってくるのはそんな言葉。
流石に八年と半年未満で比べてしまえば、感覚の差も大きいといったもので、これに関しては経験を積んでいくくらいしか理解する方法はないだろう。
「ん。ついたよ」
そんなこんなで、危なげなく出てくる魔物を狩りながら、歩くことしばらくの後。
二層北部森林地帯に存在する、ダンジョンの中のランドマーク“捻じれた千年樹”。
頂点にはこの森林地帯の地帯主が住まう、二層の中でもかなりの攻略難度を誇る、ルーキーにとっては少々壁となる場所だ。
今回私たちは、この捻じれた千年樹、その頂点に座す“千年樹の守護者”の名を冠するフォルティアを目標にやってきていた。
フォルティアは、この大樹全体を巣として生きる、蛾の形をした魔物。
上層の魔物としては唯一、魔術を行使してくる魔物である。
そんなフォルティアの魔術は、多くのルーキーに辛酸を舐めさせてきた。
というのも、このフォルティアの魔術、防御困難なのである。
自由自在にフォルティアが操作する、礫型の純魔力弾。それがフォルティアが操る魔術の正体であり、そして純魔力弾ということもあり、同じく魔力弾をぶつけるか、付与された武器で叩かない限り、物質を透過してくる。
二層ハンターは、ルーキーとはいえまだまだひよっこだ。
彼らにまだ金銭的な余裕というものはあまり多くなく、付与を施された武具なんてものは、彼らにとってはなかなかに厳しい出費となるのだ。
それに、この巨大樹を頂点まで登るということも必要になってくる。
道中の魔物はもちろんのこと、足場の不安定な樹の内側を上っていく疲労もある。
消耗した状態で戦うことがほとんどであり、ゲームの様な休憩スポットというものもない。
そんな捻じれた千年樹。
私の氷精の舞踏を使ってしまえば、道中を完全にスキップすることができるのだが、ハンターとしては悪い環境の中攻略するなんてのはしょっちゅうであり、それに早くに慣れておくのは、大事なことだった。
ゆえに、今回は正攻法で攻略に臨む。
「ユイ、覚悟は?」
「できてます。本当に危ない時だけ、お願いします」
「おっけー」
正直、私が氷穿を周囲にぐるぐる回しながら歩くだけで、このランドマークは攻略できてしまうのだが。
今回の目的はユイの成長、あとは慣らしだ。
そんなことをしてしまえば、ユイが得るものは何もなくなってしまう。
ここは先輩らしく、ユイの成長を考えて動こうじゃないか。
「…………あ。配信。してませんでした」
「んぁ。しとく?折角ランドマーク攻略だし」
こくりと頷く、ユイ。
ポーチからドローンを取り出したユイは、耳に付けたコネクタを起動し、配信を始めたようだった。
それに倣って、私も配信をつけておく。
正直自衛や情報共有としてはあまり有用ではないのかもしれないが、なんだかんだいって私はリスナーのことを好ましく思っているのも事実。
:おは
:待って誰その子
:シアちゃんがパーティ攻略!?
「ん。捻じれた千年樹。いくよ」
私とユイ、二人のランドマーク攻略が、始まるのだった。




